17.化け物の真相
本堂から出ると、そこでは結界の準備をしていた。こちらの存在に気がついた麗乃と視線が合う。麗乃の隣には、見らぬ男性も一緒に立っていた。やせ細った体系に、長身の短髪。センター分けにした前髪に、ピアスもなにもしていない。
「早優!」
麗乃がそう叫ぶ。男性もこちらを見ていたが、真っ先に辺りを見渡したのは花蓮だった。どこにいるのかという反応だが、霊感がない花蓮は姿を捉えることが出来ない。
「ここにいらっしゃるのですか!」
「はい。いますよ」
麗乃は曇った表情するが、明るく元気に答えた。右足のことだろうが、もしかすると隣の女性の霊も気になっているのだろう。
「これは、なにしてるの?」
と、早優が紫苑に問う。
「お前さんの足を取り戻すためや」
「本当にできるのかな」
「出来ひんかった時は、うちと晴れてお仲間や」
心の底からの笑顔を見せる。全く憎たらしい限りだ。
「借りはぎょうさん返してもらうからな?」
「え?」
真剣な表情をして、紫苑はそう答える。今まで見たことない気迫で、面食らってしまった。
あの時の戦闘のように結界を整えている。その中には、紫苑と麗乃。そして男性が立っていた。何者なのだろうか。なにか妖怪などを引き連れているわけではないが、結界の外側で男性を心配そうに見つめる女性の姿があった。男性より背が低く年が近いように感じる。
外で待っているということは、この状況に対して理解があるということだ。会の人間であるならば、女性の霊を視認しているだろうし、成仏させないで引き連れているということは、生前に距離が近かったと考えてもいい。それなりの力の持ち主であるならば、単純に異能者で守護霊のような存在とも言える。
他の霊の気配が全くもって感じないのは、定期的にお祓いをしているのだろうから、あの女性だけ残っているのは、なおさら意味があって残しているということだろう。
麗乃から準備ができた旨を伝えられる。枠の中に麗乃と紫苑が入り、その後に結界を張った。麗乃が持っている封印されていた神木を持ち、そこに傷をつけて中央に投げる。すると、そこから例の化け物が出てきた。
しかし、姿形はまるで違う。あれだけ化け物の形相をしていたのに、今や完全に人とまで言えるだろう。両腕と右足は服の上からつけられたような姿になっており、短髪の男だった。殆ど薄黒くなっているために、どんな服を着ているかはわからない。
現代で亡くなった人間のように感じる。年齢は四十代くらいだろうか。
「なんや、本気出して殺そう思うたのに、拍子抜けやなぁ。お前さんなら簡単に捻り潰せる。さっさと終わらせるで?」
紫苑から袖を上げ、すぐさま攻撃する体勢に入ったが、麗乃がそれを制止した。
「あなた、誰?」
「それはこっちの台詞だ。ようやく現世に戻れると思ったのによ」
「答えになってないけど」
「名前なんかもう忘れた。元はこの人形、俺の住処だからな。そこにあの女」
と、言って早優の隣にいる荒牧を指さした。
「が入ってきた。人形を買った人間がなんのつもりかと思ったが、相当な恨みを抱えていて、その思いだけで部屋を再現しやがった。相当な力があると思ったよ。こいつを弱らせてじっくり奪っていこうって狙ってたんだけどな、こいつと手を組んだ方がもっと早くに集められるとふんでな。そしたら、あれだけの力が手に入った」
すぐさまそれに食いついたのは荒牧。あんたのせいで、と怒鳴っている。荒牧自身が不幸になったのもこの人形のせいだったからなのかと考えたのかはわからないが、だからと言って自身がやったことが消えるわけではない。
「あれだけの力があるんだ。俺と協力しなくても人を殺してたさ。そうだろ?」
麗乃や紫苑に目を向けている。それに口を開いたのは、麗乃だった。
「あの化け物に理性がないように見えたけど、自分でちゃんと操れてたの?」
「さぁな。恨みだけで頭が支配されたが、俺たちの願いだけはしっかり汲み取っていたようだ」
紫苑は失笑した。
「呆れた話やなぁ。つまるところ、荒牧はんは呪物に自分の呪いを込めたことによって、想定外の大事になったということやな。あんさんはわかっとってしたんやろ?」
「違う!」
「たまたま呪物に入れてしもうたと言いはるん? うちが素直になるよりもありえへんなぁ」
ニヤニヤしながらこちらに目を向けている。紫苑のへそ曲がりな性格は、早優が一番よく知っている。荒牧から声が聞こえることはない。目を向けると、歯を食いしばっている様子だった。
「あらあら、そんなに我慢しよって。はよ決着つけんとあかんなぁ。ここで粗相があったらかなん」
隣から異様な気配を感じる。足元から湧き上がる黒い力。霧より薄く、それが徐々に上っていく。しかし、その場から動かない。その事態に驚いている様子で、力がすっと引いた。紫苑はなにかに気が付いて一人勝手に納得している。
「そっちに力を使うとるせいか。お前さん、よかったなぁ。命拾いして」
早優の目を見て、そう言った。
「なんのこと?」
「まぁ、そのうちわかる。さっさと片づけようや。麗乃はん、もうええやろ? 聞きたいことは済んだはずやで」
「この悪霊がどうのなんて、今はそんなことどうでもいいもんね。自分の名前なんて思い出せないようだし」
あの悪霊が逆に怒りに満ち満ちていた。
「聞け! 俺は」
「喋らせんよ」
黒い靄が素早く悪霊の足元に移動し、閉じ込めるように囲った。そこから素早く体に向かって棘に変形し、突き刺そうと先端がより鋭利に尖らせていく。飛んでいる蠅を一瞬にして食べるように、無数の針が体を貫いた。声も血も噴き出すことなく、そのまま固まっている。
さぞ無念なことだろう。あれだけの事をしたのだ。紫苑はその意思を持ち、加えて相手の心を読み取ってこの選択をしたと察せられる。良くも悪くもどんな幽霊であれ、自分の願いを聞いてほしい。その願いを主張して、人間にあらゆる影響を与えてきた。生前に非道なことをした霊が現世に残った場合、供養しない人間もいるだろう。
だが、恐らく霊に一番効く復讐は、このまま誰にも自分の思いを話せずに消されることだろう。
悪霊の姿がすっと跡形もなく消えていき、靄も紫苑の体に戻って行った。結界も解除される。会からやってきたであろう男性と、その人についていたであろう女性が言葉を交わしていて、後片付けをしている花蓮や麗乃、そして桔梗を尻目に紫苑がこちらに向かってきた。
「もう歩けるんやない?」
足元に視線を戻すと、足が元に戻っている。自分の意思で動かせられ、晴れて望んだ通りになった。ただ、まだ残っている問題がある。それは、こうして霊体になってしまった早優が、元に戻れるかということだ。それだけがずっと不安だった。
「私、生き返れるの?」
「安心せぇ、体が死んでへん限り、なにも問題ないで」
ホッとした。霧で前が見えなかった光景がこれほど美しく、あらゆる不安を消すほどの清々しいものだと思わなかった。
「ありがとう」
「さ、はよ病院に行くか」
「病院?」
「当然やろ? お前さんが倒れたんやから」
紫苑がその場を後にして、麗乃のところに向かう。
「紙、忘れんように。それと」
と、ここから先は声を潜めて話してるようで、なにを言っているかは具体的に聞き取れなかった。
「わかった」
麗乃は早優の隣まで移動してきて、潜めて息を出した。
「早優が倒れたとき、必死だったんだよ? 紫苑さん。自分が全力出すから、会の人間なんて呼ばなくていいってまで言ってて」
薄っすらとえくぼを作って結界の片づけに戻る。やはり如月の会から来た人間だったか。
それよりも、あの紫苑が心配していたとは夢にも思わなかった。それこそ、言葉通り単なる命力を復活させるためだけに傍にいると思っていたので、なおさら衝撃だった。
だとすると、荒牧の存在を証明する時に軽い言い争いになった落胆は、もしかしたら身を案じていたからこそだったのかもしれない。確かに、妖怪という目でしか見ていなかったと気づかされた。




