16.お前は誰だ 後編
「お前さんも頑固やなぁ。こやつにそこまでする気持ちがある言うことか。ええわ、少し話そうやないの。
うちがそやつを助ける理由はない。お前さんは理由があるようやけど。だから、お前さんが助けたい言うんなら自力でなんとかせぇ言うとる。それは理解出来るか?」
「それが出来ないからあなたに力を借りたいの」
「ほぅ、なら代償がくれるか?」
「いいよ。なに出せばいい?」
「なら、そやつの魂を喰らう。ええな?」
「言ってることおかしいでしょ! 私は助けてってお願いしてるのに、なんで命を捧げろって」
女性がごちゃごちゃ言っているので、早優はうるさいって言って強引に黙らせた。
「助ける意思がない言うことは伝わったか?」
「だからなんでか教えてよ!」
「お前さんこそ、自分がなにを言うてるかわからへんの? そやつが」
と言って裾を女性に向ける。
「本当に今回、楓はんを追い詰めるために呪いをかけた女やと思うとるん?」
唖然とした。確かに、早優が抱いた矛盾を解決する手立てにはなるだろう。だが、それを否定する根拠はなくはない。早優が夢で見た怨念の内容と、この女性の独白で知ったパワハラという内容。二つをつなげると、夢の内容の感情に説明がつく。
だからこそ、困っているのだ。別の説を提示されてスッキリしたはいいものの、夢で見たようなあの話はなんだったのか、と。単なる夢として処理すれば、紫苑が言った説をそのまま賛同できるが、そんな簡単に認めてしまっていいものだろうか。
女性の顔が変化していることはない。なにも答えずに黙っている。詩音が言葉を発した。
「生霊は自我を持たへん。それはわかるやろ? だが、こやつは言葉を発した。考えを持ってここにおる。なら、こやつは誰や? その答えを出すまで、お前さんをここから出すわけにはいかへんなぁ。道理やろ? 変なことを言うてへんで?」
頭を巡らせろ。必死に考えろ。確かに紫苑の言うように不自然な点も多い。それを否定するだけの現実を、あの人形の中にいた空間だけでは不可能だ。しかし、それでもなにかを言うしかない。言い返さなければ、ここから出ることは永遠に訪れない。もう屁理屈でもなんでもいい。
「紫苑さんこそ、この人が誰かなんて答え出せてないんでしょ? ここから出ればいろいろ調べることだってできるのに。なにを怯えて閉じ込め説くつもりなの? っていうか、荒牧さんはこの結界を突破できる。私を閉じ込めてく気なら別にいいけど」
紫苑は愕然としてため息を吐いた。
「変なことを思いつくんやなぁ。うちの意志でこの結界を強力にして、触れただけで命切れるくらいにしたろか?」
「こんな時でもそうやって!」
語気を強めて「もう一度言うで?」と早優の声を遮るようにして言った。
「こやつになにをされたか自覚しとるん? お前さんはどこまで甘いん? まぁ、それでもええけど、案外よかったかもしれへんな。お前さんに閻魔は無理や。燃えてよかったんとちゃう?」
尖らせた靄と縛っていた靄を解き、結界に伸ばした。自分に次期当主は荷が重すぎるなどという、そんなくだらない理由で燃やしたわけではない。親からされる仕打ちに苦しみ、愛されていない、必要とされていないと感じたからこそ、火をつけてしまった。
罪を犯した人間だから、それこそ被害者のように振舞って怒る資格はないだろうが、これまで自身と向き合った感情まで否定されたように感じた。そんな言われ方をして、頭に血が上らないわけがない。
「お前になにがわかるんだ! 自由気ままに人に悪戯して、自業自得のくせに自分と向き合うこともしないで!」
「あぁ、わからへんよ。お前さんの気持ちなんてな。お前さんは人間でうちは妖怪と言うとるんちゃうで? そんなもんどうでもええ。うちが言いたいんはな、こやつがどんなやつかわかるかわからへんのか、ということや」
なにも言い返せなかった。いろいろ話したいことがあるが、今はその気持ちを抑えて二択のうち一つを絞り出した。
「わからない」
「最初からそう言えばええのに」
わかる言い方をすればいいだけな話だと思ったが、思ったままにしておく。紫苑は隣の女性に向いて、口を開いた。
「あんさん、名前は?」
「答える必要ある?」
それに一切動じず、ただじっと女性を見るのみ。
「荒牧夏菜子」
観念したのか、素直にそう答えた。夢の内容で聞いた苗字と一致する。やはり、単なる夢で片づけるには早計だったようだ。
「あんさんがそうなった最初を知りたい。一番古い記憶はなんや?」
復唱して黙ってしまう。思考を巡らせているようだ。やがて口を開く。
「ある家で、楓夫婦を見てて、ずっと恨んでて」
早優は驚いてしまった。
「ほぅ、人形に恨みを込めたことを忘れてはるん?」
「なに、言ってるの?」
なんらかの形で呪いを込めた生霊が人形に収められたとすれば、当然今のような回答になる。しかし、この女性には先ほど話したように自我があるため、単なる生霊からなんらかの形で亡霊のような存在になってしまったと推測できる。
そうと仮定すれば、本体が持っている古い記憶は込めた事まで覚えてるはずなのに、この女性はある家でずっと憎んでいたが最初だと言う。ただ、荒牧であるという説は間違いない。となれば、後は現実の彼女が死んだ、としか。
「本当に、あなた覚えてないの? 自分が死んだこと」
「え?」
「いや、呪いが勝手に荒牧さんを演じてるだけかもしれないけど」
「ば、馬鹿言わないでよ! 私は私よ! 楓にあれ出来ないのこれ出来ないの、こうすれば効率よくなるって散々馬鹿にされて、でも私は一人暮らしの1kに住んでて独身。家でさみしくカップラーメン食べて恋愛ドラマ見て泣くだけの毎日。あいつは、家庭もあって旦那とラブラブ。二人で出かけたり、リビングですごく愛されてエッチしてたりしてた。この気持ちは本物よ!」
「ほぅ」
と、声を漏らしたのは紫苑。
「具体的な記憶はあるようやな。本人や言うことは間違いあらへんようやけど、まぁそれはそれとするか。信じる信じない言うんは置いといてな」
「あんたになにが分かる!」
「が、それならなおさらここから出さへん」
それに早優が食って掛かった。
「わからへんの? 守護霊はんとの約束。忘れたとは言わせんで?」
なにが言いたいというのか。呪詛を返すな、そう言いたいのはわかる。そんな想像が頭をよぎった時に、あっと声を漏らしてしまう。
「呪いが、人形の中で育った?」
「その辺の細かいところはよーわからへんけどな。たぶん、封印されとるばけもんの方を見ればわかると思うで。単に思っとるだけならよかったのになぁ、生き方が下手なやつや」
紫苑を睨みつける荒牧。今回はびくともしない。
「今のあんさんの力じゃ、怖くもなんともない。それとも、うちがわからせんと理解できひんか? それでもいい言うんなら試してもええんやけど、どないする?」
足を進めるかと思いきや、荒牧はきつくした表情でさえすっと力を抜いた。
「止めとく。あなたが強いとか、勝てないとかそういう理由で止めるわけじゃない。自分の罪とは向き合わないといけないから」
紫苑はずっと荒牧を見つめる。迷っている気配があるので、早優が一押した。
「意志を持って自分の体に戻るまでの存在だと思ってるなら、私がしっかり監視してるから。それでいい?」
紫苑と視線が交差する。絶対に目をそらさず、しばらく見つめ合っていた。しばらくしてこの部屋に入ってきて、黒い靄が扉側の結界だけを包み込み、部屋から出られるようにした。そうして早優を結界から出すと、靄を外して結界を閉じた。




