16.お前は誰だ 前編
ここに来るのは初めてだ。呪物の声が聞こえるために避けていたのだが、改めてここに来ると迫力が凄かった。向こうからもこちらが見えているのか、様々な反応をしている。
――お前誰だ。何故ここにいる。
――邪魔するな、さもないと殺すぞ。
――私は一族を苦しめた。来るなら殺るぞ。
こんな奴に構ってる暇はない。正面に唯一の扉がある。そこを目指してドアノブを握ろうとするが、指が意図も簡単にすり抜けた。一切触れない。霊体であることを忘れていた。
女性も掴もうとするが、同じようにすり抜ける。
「私、死んでるの?」
「気づいてなかったの?」
乾いた笑いを零した。
「罪も償えないね」
なんだか妙な違和感が生じた。人形の中にいたときは逃げることに必死だったが、この時に改めて気づかされる。
「待って、あなた本当に幽霊?」
「なんでそんなこと聞くの? 触れないんだから死んでるんでしょ?」
「どうやって死んだか覚えてる?」
しばらく悩んでいた。覚えてなくて当然だ。生霊なのだから。しかし、よくよく考えてみれば、あまりに不自然である。
凛子の件の時に飛ばした人間は普通に生活もしていて、恨みが消えてスッキリしているかとも思いきや、それすらもなくまた思いを募らせていた。二重に掛けた呪いでも生霊に自我が芽生えることもなかったのだが、今回はしっかり自我を持ち合わせている。
「ごめん、やっぱり思い出せない」
「事故にあったとか、自殺したとか」
「ないよ。自殺なんてしないし。そもそも、あの時は楓を恨んで躍起になってたから、それが生きる活力っていうか、死にたいって思ってもいなかったし」
「そう、だね。確かに」
この辺りは生霊と考えば、確かに納得がいく。だからこそ余計に、この矛盾が頭にこびりついて離れない。
「ねぇ、早く出ようよ」
現実に戻される。辺りを見渡してみると、早優が昔閉じ込められていた部屋を思い出した。中央に祭壇があり、その上に人形やら首飾りやらのアンティークが並べられ、それを囲うようにコの字に棚が並べられている。
部屋の角に結界を張って、封印しているのだろう。これを飛び越せないということは、早優は単なる幽霊であるとこいうことの証明であり、出られないことを意味する。
こんな時に届くのは、麗乃や紫苑しかいない。
とりあえず、無我夢中に叫んだ。呪物に罵られようとも懸命に。女性も同じように叫ぶ。現実の世界では皆がなにをしているか、はたまたどれくらい時間が経ったのかもわからない。
「なんやうるさいなぁ」
紫苑の声が聞こえる。辺りを見回しても、紫苑が見当たらない。
「お前さんなにしてはるん? 突然倒れてしもて、皆大慌てやったんやで?」
「紫苑さん! ここから出して!」
「合言葉は?」
「そんなこと言ってないで早く!」
扉が開かれる。紫苑の姿を見て安心した。
「良かった」
反射的に足が動いて外に出ようとしたが、結界のせいでそこから出られない。女性は宗司の能力によって作られた呪いだけを抽出した生霊という体ではなので、ここを通ることが出来た。
「どうしたの? 出ないの?」
「結界が張られてるから出られない」
「結界?」
紫苑から黒い靄が出現し、女性を内側へと追いやった。
「なにするの!」
女性は紫苑を問い詰める。
「あんさんは誰や?」
紫苑の表情が変わる。突然鋭い目つきに変わった。
「あの人形の中にいた女性」
早優はすぐにそう答えた。上から下に顔が動いたのがわかる。まじまじと見ているようだ。
「そいつは結界の中に置いとき」
「なんで?」
「お前さんをこんな姿にした霊やろ?」
「だからなに?」
「まぁ、そやつを助けたい言うんやったら、自力でなんとかするんやな。お前さんだけなら助けてやってもええけど」
早優にも命力があることを思い出す。術などの鍛錬もしていないが、見様見真似でやろうとしてみる。
「うちと戦う気か? お前さん、境界扉以外の力を使うたことあるん? そんなでうちに勝てると思うんなら、わからせたるさかい、来てみ」
そんな調子で脅されてしまって、怯んでしまう。だが、ここで引き下がるわけには行かない。
「いいよ、早優さん。ここから出て」
女性からそう止められるが、それを無視して命力を荒ぶらせてみる。早優に黒い靄が伸びてきて、残っている手足に靄を包まれ、ぐっと掴まれた。一個の靄を鋭くさせ、鋭利な先端をこちらに向ける。
「やめとき」
「どうせ死んでる、怖くもなんともない」
紫苑は悲しげな表情をしてため息を吐いた。




