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閻魔と狐――閻魔を継ぐ娘と美人の妖狐――  作者: 瀬ヶ原悠馬
第二章 人形は私の家。体はまだない。
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13.腕のない亡霊が経験したもの

 自宅に帰ってきた一行。松葉杖で階段を上り、ようやく寺の前にたどり着く。

 麗乃と桔梗はどんな思いで待っていてくれているのだろうか。大して心配もしていないかもしれないが、お世話になったお礼を言えていなかったな、と今更感じてしまう。余裕がなかったとはいえ、こんな大事なことを忘れるなんて。一茂が留守番を頼んでいたはずなので、二人を見つけたらすぐに言おう。慣れない松葉杖で家へと向かい、扉を開けた。玄関を出迎えてきてくれたのは麗乃だった。後に続いて桔梗が来る。


「どうだった?」

 病院でのことを説明した。

「そっか。まぁでも、これで不運を回避できたわけじゃないからね、足が治るまではいるから」

「ありがとう」


 二人の表情が綻んだ。

「い、よ。気、しないで」

 いいよ気にしないで、なのだろうが、あの時よりもかなり酷くなっている。進行が速いような気がした。やはり、悪霊が足を奪い取ったために、なにかしらの事が起きているに違いない。それが身体的に異常があって起きたことではなく、確実な怪異として。

「ど、したの?」

「なんでもない」


 自分の声だけは、欠けることなく自分の耳に届いている。

「ちょっと休む?」

「うん」

 ゆっくりと玄関の段差に腰を掛け、靴を脱ぐ。玄関のわきに松葉杖を寝かせ、壁伝えに二階に向かおうとした。花蓮も肩を貸してくれるが、どうも平衡感覚がつかめない。


「一茂さん」

 と、背後で麗乃が呼んでいた。

「なんか、か、で京子さん? って人が、訪ねて、ましたよ」

 楓が今更なんの用だろう。その話が気になるが、眩暈が止まらない。

「さ、さん?」

 花蓮から声を掛けられている。名前を呼ばれた気がした。自分自身では、もうどうなっているかさえもわからない。体がうまく力が入らない。眠くもないのに、体がだるくて視界が夢で見た家で寝食されていく。


 時折、その家が表示されたまま明滅しているのだが、明かりで照らされているときは、赤い光で荒れ果てた様子を見せていた。もう意識を保てない。抗えずに視界が低くなった。

「さ、さん! ん!」

 言葉もうまく識別できない。視界が暗転した。


     ・ ・ ・


 目を覚ますと、とあるリビングにいる。ここは見たことがある。楓京子なる人物が旦那と話していたリビングだ。しかし、この家はあまりに凄惨。夢で見たような光景ではない。血で汚され、頭上で光っている明かりは辛うじて命をつないでいる。


 普通のライトであるのに赤くコーティングされていて、周囲はさらに混沌としていた。地面に広がる血液はなにかに引きずられたように軌跡をたどっており、壁にも飛び散っていた。ソファーも赤く染められている。テレビとソファーの間に挟まれたテーブルは乱雑に倒され、それに付随した座布団からは綿を吹き出している。リビングの扉は開きっぱなし。斜め左に見えるキッチンも、ここからでもわかるほどに荒れ果てていた。


 皿は片づけられておらず、添えられてある塩やチーズが散っている。何故こんな状態になっているのか、気になって足を動かしたら、思うように動けなくてこけてしまった。痛みは感じないものの、感情ははっきりと生気が宿っている。そこに違和感や気持ち悪さが確かにあった。


 座ってみると、それがすぐにわかる。右足の鼠径部から下がない。体が透けていることもその時に知る。そうか、死んでしまったのか、と思って悲鳴がこぼれた。そんな時に、リビングの外から駆ける足音が聞こえる。ドスドスという音ではない。人間の足音に近い。開けられていた扉の先に、その正体が姿を現した。


 女性の姿を模しているが、半袖から伸びた腕は透けていて、煤と血が混じった(ただ)れたような肌をしている。髪のせいで顔が隠れているように見えて、その奥の瞳を観測することはできない。長い髪を前に垂らしているわけでもなく、前髪が長いわけでもないが、確実にそれを確認できないと言える。顔が分からないのだ。


 それでも女性といえるのは、胸のふくらみを感じるからだろう。

 気持ちが逃げろと訴えてくる。しかし、逃げろの一文字目の時点でこの悪霊は目の前に到着し、爪を立てて襲い掛かってきた。殺されると認識した後、視界が暗転する。視界が開けたと思ったら、キッチンに立っていた。どうなっている。感性も理解も追い付かない。


 とにかく怖い。助けて。そんな気持ちが心を支配した。そうか、これが腕のない彼らが経験した恐怖なのだろう。早く、早く何処かに隠れなければ。あたりを見回した後に、足元付近に視線を落とす。血の跡もある上、海苔の入れ物や計量器、計量カップやトングなどの物が散乱していた。足音が近づいてくるのがわかったので、急いでキッチン下の扉を開けて、その中に避難した。


 明かりは唯一、リビングで生殺しになっている明かりが隙間から侵入してくるのみ。点滅しているときの消灯がなによりの恐怖で、明かりという明かりが無くなるからだ。まともに歩けない、視界も悪い。こんな状況で神に祈らない方が異常だ。


 心臓の鼓動のせいで荒くなる息を必死に抑え、息をひそめてなんとかやり過ごせないか、と必死に祈りを込めた。


 足音がどんどん大きくなった後、悪霊はリビングに入っているのがわかった。耳に入ってくるなにか声。ごにょごにょ言っている間に、ドラマチックな音楽が混ざっている。これはドラマだろうか。あの霊はテレビを楽しんでいるというのか。日常的な生活をしているだけなのに、生きた心地がしない。こんなところに居座られたら、休むことすら許されない。遠ざかっているときが一番の安らぎだというのに、同じ空間にいることが信じられない。


 感情が一気に溢れ出してくる。何故、自分がこんな目に合わなくてはいけないのか。ここまでの事をされるほど、あの霊にはなにもしていない。復讐なら受け入れようと努められるが、ここまでの理不尽は耐えかねる。これも身に降りかかった不幸か、それとも天罰か。


 涙が自然と溢れてくる。全くスッキリしないが、声を殺して乾いた息を吐き出した。

 そんな時、リビングからテーブルに足を引っ掛けたかなにかをして、ガタッと大きな音が鳴った。手で口を塞ぐ。息すら指の間から漏れてほしくない、そこまで過敏になったのは初めてだ。息をしたいのに、息をすることも苦しい。


 足音がどんどん大きくなっている。一歩一歩着実に近づいている。既に足の先。右から左へと足音が続き、そこで止まった。


 冷蔵庫を開いているのだろう。なにかを物色している様子だ。冷蔵庫の扉が閉められ、次にこちら側へと近づく。足音が通り過ぎている気配がない。この扉の先に脛や膝があるのだろう。


 皿同士がぶつかる音がして、水の注がれる音が聞こえる。コップになにかを注いでいるようだ。喉でも乾いたのだろうか。ところどころ、締まりの悪い蛇口のようにポタポタと水が床に落ちている。


 音が止み、シンクにコップを置いたようだ。ここの音と、排出口のホースに流される水の音がはっきりとわかる。シンクにコップを落としたのだろう。この音だけでも身体が跳ね上がってしまった。


 倍音が効いたしゃがれた唸り声を出す。癇癪を起こしているようだ。扉を思い切りドンと蹴られる。意図に反して、僅かな声が口から漏れてしまった。全身が凍りついたように感じる。また殺されるのかもしれない。この悪魔のループから抜け出したい。


 キッチン下の扉ゆっくりと開かれた。

 もうその扉から目が離せない。あの悪夢の再現だ。思い出したくもない、恐ろしい顔をのぞかせる。確実に目が合った。

「やだやだやだやだ!」

「オマエダレダ。コロス!」

 がむしゃらに抵抗しようとしうとしたところ、その手が相手の目に直撃したらしいが、一切の血を出さずに断末魔を響かせてのたうち回った。


 無我夢中でそこから出る。匍匐(ほふく)前進以外の方法がないため、地面を這いつくばって残された足と両腕を使って出来るだけ遠くに移動する。


 背後から走るのを感じ、首根っこをぐっと掴まれて仰向けにされる。掴んだ首をあまりに押し付けるものだから、海老反りになってしまった。苦しさの中で吐かれる息には痰も混じっている。そして、僅かに確認できる視界から、右手に握られた包丁がキラリと光るのがわかる。

「マダワタシヲクルシメルツモリカ!」

 包丁が振り下ろされ、視界が暗転する。

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