表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
閻魔と狐――閻魔を継ぐ娘と美人の妖狐――  作者: 瀬ヶ原悠馬
第二章 人形は私の家。体はまだない。
26/28

8.ヤツの姿を彫る

 バイクで二人乗りして早優の家へと戻り、慌てて家の中に駆け込む。入ってすぐその惨状に気がついた。辺り一帯薄い血の跡が無数にあり、霊がどう動いたかを物語っている。


「なにこれ」

 麗乃も反応からして想像以上だったようだ。声色からもそれがうかがえる。行儀の悪い靴の脱ぎ方をしてリビングに向かうが、そこには花蓮の姿がない。床には血の跡がないので、霊はこちらまで向かっている様子はない。


 振り返ると、麗乃の姿がない。二階に向かったのだろうと思った矢先、上から唸り声が聞こえ、どんどんとなにかを殴りつけている。急いでそちらに向かった。階段の下から見上げると、麗乃が尻もちをついて倒れている。持っていた人形はそこにはない。


 階段には血がベッタリと床についており、壁にも飛び散っていた。駆け上がって麗乃の元へと向かう。

「大丈夫?」

「うん」

 花蓮が早優の部屋から出てきた。襲われていないようだ。そちらを見たときに視界に入ったのだが、問題の霊は見当たらない。倒れた人形が麗乃の足元よりも少し先にある。


「なにもなかった?」

 花蓮を見てそう問う。

「早優さんの部屋が荒らされているくらいですね」

「怪我がないならいいよ。よかった」

 心底ホッとする。麗乃もよく無事だった。悪霊と直接相まみえた時に、紫苑があれだけの傷を負ったというのだから。人間に及ぼせる影響と、霊体に及ぼせる影響に違いがあるのだろうか。


 麗乃はゆっくり立ち上がる。

「ふぅ、まるで妖怪みたいな力ね。壁を叩いて暴れてた。私を見たと思ったら、突っ込んできて。腰を抜かしちゃったよ」

 禍々しい気配が人形の中から感じる。かすかな声も感じたが、次第にそれは大人しくなった。

「姿は見た?」

「自信はないけど、ちゃんとは見たよ。ちょうど良かった。言ってたようにすごいね」

「でしょ?」


「想像以上だった。血の跡もすごいし」

 床を見て、麗乃はそういった。視界の端で花蓮がゆっくりとお辞儀する。

「今回はありがとうございました」

「いえ、そんな」

 と、明るく麗乃は答えた。そう言って花蓮は階段を降りていく。


「早速取り掛かるね」

 早優は頷き、倒れた人形を優しく抱えて麗乃の後をついていく。


     ・ ・ ・


 あれから数時間。今は退魔刀を持って寺の本堂で人形とにらめっこしていた。


 一茂に探してもらった神木に麗乃は掘っているようで、入念に掘っているのか結構時間が掛かっている。桔梗が探しているとされている場所についてもそうで、一向にいい場所が見つからない。というのも、大抵が敷地内なのと、騒音が避けられないために出来るだけ人が少ない場所を選びたいということだった。


 まさかとは思うが、心霊スポットなどを選びやしないだろうか。人気(ひとけ)が少ない場所で騒音も邪魔にならないという要素は当てはまってしまう。そんなことはないと願いたい。そもそも、肝試しとして不法侵入する人間もいる可能性があり、誰かに迷惑のかからない場所というのは非常に難しいのではないかと思うので、そんなことはしないはず。


 場合によっては一茂が所有する道場か、家の中ということにはなるであろう。ここであるならば、周囲は森に囲まれているために騒音も多少なりとも問題はないはずだ。


 人形は至って静かだ。前回見たく実は入っていなかった、みたいなことがなければと思い、念の為に神経を研ぎ澄ませたが、そんなことも必要がないくらいわかりやすい寝息を立てている。


 それ以外は特に異変もない。倒れる、臭いを発する等のこともなく、ただそこに佇んでいる。部屋の端から指で突付く音が聞こえた。そちらに目を向けていると、誰も見当たらない。すると、突然目の前が真っ暗になった。暴れると暗くなったり、眼前が見えたりする。


 体を引くと、早優の眼の前に二つ袖が見えた。見たことのある着物である。振り返ると、そこにはいつもの紫苑がいた。元気そうでなによりだ。口元に笑みを浮かべる。

「元気しとったか?」

「こっちの台詞だよ」

「うちはもう回復したで? 見るか?」

 尻尾を感じたので、思わず目を瞑る

「大丈夫、大丈夫だから」


「なに怖がっとるん? ちゃんと元通りやで」

「いい」

「うちの元気な姿を見たないん? 悲しいわぁ」

 それでもぐっと目を瞑る。

「まぁ、ええわ。引っ込めたる」

 目を開けると、そこには綺麗な尻尾があった。顔を思わず背けてしまった。


「嘘つき!」

「嘘ついてへんで? お前さんが目を開くのが早かったんや」

 相変わらずの調子だ。

「ほんで、これからどないするん?」

「聞いてないの?」


「回復しとったからなぁ。さっぱりや」

 一から全て説明する。

「ほぅ、そんな状況か。ならうちも手伝わんといかんなぁ」

「いいの? 怪我したのに」

「一人でやるつもりやったん?」


「だって」

「うちを侮り過ぎやで」

 自信満々にそういった。なにかしら代償を求められるかと思ったら、今回は率先して助けてくれるようだ。素直に感謝する。


 紫苑は微笑むだけで、なにも言わなかった。

 本堂に入ってくる一人の姿、それは麗乃だ。

「出来た?」

 声をかけたが、その視線は紫苑に向けられていた。

「あなたが九尾の狐?」

「おぉ、お前さんが麗乃とやらか」


 麗乃は紫苑に改めて自己紹介をした。

「礼儀正しいなぁ」

「一応、ちゃんと挨拶しておかないと」

「あんさんに悪さするかもしれへんで?」

「どうぞかかってきなさい」


 紫苑はどこか楽しそう。早優に見せない表情を見せている。この妙な感情に戸惑いを感じた。紫苑のことなど好きでもなんでもないはずなのに”なぜあの人にはああなんだ”というくだらない感情が、意図せずに湧き上がってきている。

「おや、嫉妬しとるん? めっちゃかわええなぁ」

 声を潜めて耳元でそう囁いてきた。

「馬鹿言わない」

 声を潜めてそう否定した。


 麗乃がこちらに近づいて、神木を見せてくる。

「これで封印できるから、後は場所かな。一応早優さんのお父さんが撮った映像も確認して、そこに映ってる姿と照らし合わせて念入りにね。二人もバッチリだし、弱らせることは簡単よね」

「まぁ、たぶん」

「おや、随分自信がないやないの」

 と、紫苑がそういう。


「だって、昨日あんなに」

「まだ言うてんの? 人間に心配されるんも、うちも落ちぶれたなぁ。悪さなんかせぇへん方がよかったわ」

「そこで後悔する?」

 麗乃はくすっと笑った。


「仲いいんだね」

「良くないよ。こいつ嫌味ばっかいうし、からかってくるし、助けてほしい時に代償だなんだと」

 麗乃は軽く微笑んだ。

「まぁまぁ」

 そんな時、麗乃がポケットからスマホを取り出して、耳に当てる。桔梗からの連絡だろうか。しばらくしてからポケットに戻した。


「見つからなかったって」

 仕方がない。むしろ、短い時間の中でいろいろ探してくれたことの方が素晴らしい。

「探してくれてありがとう。うちでやるか。いつ出てくるかわからないし」

「いいの?」

「うん。大丈夫、見つからなかったときに考えてたし」

 案の定、早優の家でやることとなった。後は桔梗が早優の家に来てもらい、結界を張ればすべての準備が整う。場所の候補が気になっていたので、麗乃に尋ねた。


「その中にさ、心霊スポット使うって考えはあった?」

「流石にしないよ。三神の(つて)を使って力借りられそうなところ探したんだけど、やっぱ難しかったな」


 如月の会に連絡すればと思ったのだが、ふと頭によぎった。

「ありがとう。気を遣ってくれたの?」

 麗乃は惚けた様子で口を開く。

「なんのこと?」

「会に連絡すれば、場所借りれたんじゃないの?」


「まぁ、そうだね。どうせ立ち会おうとするし、そうなると色々白澤さんに迷惑かけちゃうでしょ?」

 そこまで考えてくれていたのか、と逆に申し訳なさがあった。早優の敷地内を貸すことで、なんとか帳消しということにはならないだろうか。


 このままなにも起きなければいい。不安材料があるとすれば、それはいつ出てくるかわからないことだ。これが裏目に出ないことを期待して待つ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ