5、花蓮がやりとりしていた相手
翌日。朝食を終えて、一茂と花蓮三人でリビングの卓を囲んで相談した。昨日あったことをすべて話す。
「そうか。それだと、私たちだけで神木の封印もできそうにないな」
一茂がそういう。
「なんで?」
「掘ることまではできたとしても、こちらがやられてしまう。紫苑とかいう狐も苦戦した相手だろう?」
「私なら」
「駄目です」
と、真っ先に花蓮が否定した。
「早優さんに危険な真似はさせられません」
「このまま放っておいても、みんながやられちゃうよ」
それに花蓮はなにも答えない。代わりに一茂が口を開いた。
「紫苑さんに協力してもらうことはできる? 私たちだけでやるとしたら、もう彼女しか頼れる人はいない」
花蓮が眉間に少しだけしわを寄せたが、口を開くことはなかった。
「無理だよ。傷も傷だし」
「だよね。申し訳ない」
謝られるとは思ってもいなくて、呆気にとられてしまった。
「妖怪とは言え、そこまで大切に思ってるとは思ってもなかった」
「いや、そんなに大切ってわけじゃ。どうせ、傷がなくても代償だなんだとはぐらかしてして、助けてくれなんかしないだろうから」
花蓮はくすっと笑う。
「慶哉くんの時と同じくらいね」
「やめてよ! そんな話!」
高校生の時に好きだった同級生のことだ。花蓮に恋愛相談をしたのが間違いだった。
「慶哉くん?」
一茂が反応する。義理とはいえ父親には聞かれたくない話だ。花蓮が「えっとね」と言い始める。
「ストップ! そんな話より、あの呪物どうにかしないと。ね?」
「そうだねぇ」
と、一茂がいう。そのまま口を動かし続けた。
「でも、退魔刀は入ったんだろう?」
「うん」
「なら、斬ることはできるってことか」
「駄目です」
と、食い気味に花蓮から否定が入る。
「言いましたよね。早優さんにそんな危ないことはさせられません。昨日だってあれだけの被害をあってるんですよ?」
なにやら怒り気味である。
「それはわかってるけど、私たちじゃこれ以上はなにもできない。頑張るとなれば、早優の力を借りるしかないんだ。不甲斐ない父親で申し訳ないけど、私の力じゃこれが精一杯なんだよ」
一茂はそう答え、花蓮はぐっと唇を噛んだ。先ほどから花蓮の様子が気になる。なにか隠しているようにも見えた。
「花蓮さん、なにか方法があるの?」
「なにとは?」
「なんか、様子変だよ。怒ってるし」
「怒っていません。心配してるんです」
「それはわかってる。そうじゃなくて、その。あんまり口では説明しにくいんだけど」
「他の方法を考えましょう」
「やっぱり隠してるでしょ」
「隠してる?」
「うん。いつもと違うよ」
花蓮は黙ってしまう。
「教えて。私、頑張るから」
「頑張るとか頑張らないとか、そういう問題ではありません!」
今までに見ない気迫で圧倒されてしまう。これより食ってかかったら二度と口を利いてもらえなさそうだ。
「別の方法を考えましょう」
花蓮は同じ言葉を繰り返した。
「じゃあ、教えて? その方法」
しかし、花蓮はなにも話さない。早優には危険な目を合わせたくない、三人では遠く及ばない強大な力があると認識し、このままでは手に負えないとわかっている状態なのに関わらず、花蓮は否定するだけ否定してなにも答えなかった。当然、一茂からもその言葉が出てこない。沈黙が続く中、花蓮がため息をついた。
「仕方がありませんか。早優さん、隠してて申し訳ございません。実は、嘉成家と縁のある方としばらくやりとりをしていたんです。年賀状を見たことありませんか?」
学生時代を思い出した。中学生くらいの時に、たまたまリビングの机の上においてあった十数枚の年賀状を見てみると、そのうちの一つに三人の家政婦と思われる人物と、母父娘の三人が写っていた。
家政婦は外国で見るようなメイド服でもなく、綺麗な着物を着た人物だ。早優のような家庭があるものなんだな、とその当時はただ思っていただけだった。
「その方は、三神家で働いている家政婦です。嘉成家で私と同じ、世話係の桔梗と呼ばれた方と仲良くさせてもらってました。
この三神家は、元々嘉成とは交友関係がありまして、紙に呪文を書き、自由に操ることのできる異能の家系です。この人たちに頼めば、きっとなにかを教えてくれると思います」
その時、ふと思った。
「もしかして、私が生きているとバレなかったのって」
「この人たちの協力があってこそです。もちろん、早優さんが顔を隠された存在であった故も大きいですが、情報を私たちに流していたこともあります。
現在如月の会という宗教法人化して嘉成家の後継が残っていますが、その会に出席していましたので」
嘉成家の後継、か。気になりはするが、あの家の人間と会うのは気が引けた。
もしかして、霊に対して願いを聞いたり、勝手に除霊したりすると血相変えて怒っていたのはそういうことだったのだろうか。
なにか霊に関与すれば彼らの目に留まり、早優が生きていることが気づかれてしまう上、過去のことを思い出してしまうから。
「その方のところに人形を持って向かってください。桔梗さんなら、私より強力な結界を張れますので。住所は教えます。
本当はあまり教えたくありませんでした。はっきり言って、紫苑という妖怪に絡まれてしまったせいで、如月の会になんらかの関わりを持たせてしまった。彼女が退魔刀なんて隠さなければ」
「わかったよ。なら、火災の時に刀なんて持っていかなかったらよかったじゃない。そんなもの」
「そうもいかなかったんです。早優さんには、いざという時に退魔刀が必要だと感じていました。だから、手放すことは出来ない。私の力だけでは守りきれないことも出てきます」
いつも早優のことを第一に考えて行動してくれていたことは重々理解していた。しかし、嘉成家その後の様子も知っていたというのは思ってもみなかった。
弟の景吾、姉の煉香は生きているのだろうか。生きていたとして、元気にやっているのだろうか。だが、早優はそのことを花蓮には聞けなかった。そもそも、過ごしてきた時間も僅か。早優は生まれてから次期当主として育てられ、兄弟のことは花蓮を通してしか話を聞けなかった。
彼らと遊びたい感情とも思ったが、そんな願いも砕け散り、成り代わった羨望がそこにあっただけ。
「教えてくれてありがとね」
「いえ。三神ならより強い結界も作れますから大丈夫です。私たちも襲われることもないので、早優さんも安心でしょう?」
三神がどれくらい強い異能の持ち主なのかは知らないが、本当に大丈夫なのだろうか。花蓮や一茂が傷つくことがないのは確かにうれしい。せっかく花蓮が腹を割ってまで話してくれたことを、改めて否定することもできないが、だからと言って簡単に頷くことはできなかった。
三神に押し付けたことによって、こちらの責任でもし万が一なことがあってしまったら。花蓮は薄っすらと微笑んだ。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。皆さんベテランなので」
「なら、三神家に訪れて、しっかりとその能力を目で見てきてください。体験すれば分かるでしょう。ですが、その間に万が一、その悪霊が出たとしても、戦うことだけはやめてください。それだけはお願いします」
「わかってる。約束するから」
花蓮は少しだけ顔が緩む。一茂と一緒に寺の本堂に向かい、早優は奥に進むことなく待っていた。しばらくして、昨日預かったおどろおどろしい人形を、左手の平を土台として丁寧に手渡してきた。早優はそれを受け取る。
「もしカメラで姿を確認出来たら、掘っておくから」
「ありがとう」
人形はほのかに温かい。明らかになにかを孕んでいる。未だ内部からその気配を感じ取れるものの、眠りについているように静かだ。耳を澄ませてみると、かすかに内部から人の息遣いや物音が聞こえる。昨日とは打って変わって大人しいものの、いつ爆発するかわからない爆弾を手に渡されたようだ。神経質にもなってしまう。こうして手に持っているだけで、不安や恐怖が煽られた。
慎重かつ大胆に、三神家へと持ち運ぼう。




