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閻魔と狐――閻魔を継ぐ娘と美人の妖狐――  作者: 瀬ヶ原悠馬
第二章 人形は私の家。体はまだない。
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4.悪霊の暴走

 スーパーに商品を買いに行って夕食を作ってもらい、風呂など諸々の身支度を済ませた後。早優は自分の部屋に戻って寝ずにいた。


 ベッドの上で胡座をかいているのだが、眠気と不安が襲ってきて呆然としている。我慢できないほどではないのだが、体のだるさもあるために横になりたい誘惑に抗っているような状況だ。


 昼間にも人形から出てきてあれほどの事をやったのだから、夜にも姿を現すのではないかと予想している。監視カメラだけでは安心できない。姿を捉えることはできたとしても、この家に乗り込んできて襲ってこない試しはない。

「家族が襲われてもええんか? うちはお前さんの家族まで面倒みれへんで?」

 隣に座っている紫苑が言う。


「なに? 妖怪は眠くなんかならないくせに」

「そうやなぁ。人間が言う夢の存在もわからへんしなぁ」

「じゃあ言わないでよ」

「ついでに言うとくとな? 憧れる夢もわからへん」


「はいはいそうですか」

「そんな邪険にせんとてぇな。うちらは不死なんやで? やりたいこともできるし、お陰様で退屈が嫌なもんで」

「不死?」


「そう。人間の頭の中に妖怪伝説がある限り、うちらは生き続けられる。やられるんは、うちらの力であってな。削がれた命力は、なかなか戻らへんのよ」

「ふーん。 ってかさ、もしかして私と一緒にいるのって命力のため?」

「可愛ええなぁ。自分が好かれとる思うたん?」


 もう構わない。好かれたいとは思ってもいなかったが、まさかそんな理由で一緒にいるとは。

「最低」

 くすくすとまた笑うだけ。

 そんな時、下から物音が聞こえる。狙い通りでよかった。刀をぐっと握りしめる。


 早優は自分の部屋から出る。物音で気付くかどうかはわからないが、慎重に歩を一歩ずつ進めていった。抜き足差し足忍び足。建物自体は古くはないので、これで物音がするということは確実にないだろう。


 一階へ降りる階段に差し掛かる。当然、部屋の中は真っ暗だ。花蓮と一茂は寝ているため、電気は消されている。階段を下りるときが、先程よりもより一層神経を研ぎ澄ませた。階段中ごろにたどり着く。守るだけなら二階で待っていればいいのだが、ついでに顔を拝んでおこう。危険な真似をするなと言われたが、この悪霊を放っておいて一茂や花蓮の身になにも起きない保証もない。一か八かだ。


 そんな時、リビングから物音が聞こえる。物を漁っているような音だ。ビニールを徐ろに触る音、鉄製の物がぶつかる音、そんな音が早優の耳に届く。階段を降りきると、玄関から漏れる月明かりが差し込み、薄い血痕が目の当たりになっていた。それは玄関から始まってリビングまで伸びている。


 リビング近くに到達すると、右奥から光が漏れていた。冷蔵庫を開けている。楓が証言していた内容を思い出した。刀の柄をしっかり握り、リビングに入る。冷蔵庫の光がその存在を異様に強く、そしてはっきりと浮かび上がらせた。


 凛子の件の時と同じく、黒い人型がそこにある。しかし、腕だけは人間のもの。肩から先だけがその黒い人型になっており、断面から血がこぼれ落ちていた。そっと後ろに近づいて奇襲をかけよう。


 一歩一歩前に足を進めていく。

 冷蔵庫のものを漁っていた手が止まり、物音が静まった。反射的に足を止めてしまう。人形の中にいたときと同じ唸り声。様子からして、まさに食べ物を探すだらだらとよだれを垂らした獣のよう。


 こんなものに理性などあるのか。危険は重々承知の上。足を進めようとした時、紫苑の裾が視界に現れる。腕を縦に振り、袖を盾にして早優の正面を上から下へと何度も動かす。


 なにを言いたいのかよくわからない。縦に振ったのは刀で振り下ろせ、と言うのはわかる。袖を盾にして上下させたのは回転しているようにも見えたが、あの悪霊が回転するとは思えない。であるならば、妖術で壁を作る、と言いたいのだろう。


 頷いてわかったことを伝える。紫苑の顔色が変わった。正面を見ると、悪霊は振り返ってこちらを見ている。目と口の中が白くなってところから、宗司の仕業と言えよう。より刀に気持ちが入るといいもの。構えた刃先も殺したがっているように見えた。


 悪霊は腕を中ぶらりにさせて首をかしげる。いつ襲ってくる、どう飛び込んでくる。全く読めない。緊張感と不安が加速した。意識が悪霊に吸い込まれていった。


 悪霊が飛び込んできたので、ぐっと刀を握りしめた。片腕を前に出して、襲おうとしてくる。微動だにせず、刀を構えたままそのタイミングを伺った。紫苑の袖が前に出て、黒い靄で作られた壁が悪霊の行く手を遮った。


 壁の隙間を縫って縦に切り込みを入れようとした瞬間、腕が何者かに後ろに引っ張られ、早優は尻餅をつくように倒れてしまった。震える悪霊の指が段々と食い込み、早優の前に狐の尻尾が立ちふさがった。


 紫苑の体を貫通することなく完全に防ぎ切るも、五本の尻尾全てが切断された。血が断面から滴っている。

「紫苑さん!」

「いいから斬れ!」

 次の攻撃の準備として動こうとする悪霊の体に、刀で斜めに切り込みを入れる。悪霊は苦しく悶えて後方に倒れた。


 しかし、そんな切り込みすらどうとも感じていないようだ。受け身を取った悪霊が襲ってくるかと思いきや、そのままダッシュして逃げていく。


 肺が酸素を求めるが、そんなことよりも妖狐の存在が気になった。

「どうすんの!」

「うちのことはかまへん。それより、お前さんは無事か?」

「平気だよ!」

 どうすればいいかわからない。切れた尾の先も見ることができないでいる。次第に黒い靄となり、大きな狐へと姿を変えた。冷蔵庫の明かりで僅かにわかる、金色の毛並みに首から腹にかけて白の毛並み。口にはおしゃれのつもりか、しっかりと口紅がつけられていた。


 鋭い目つきは獣そのものだが、アイラインもあるようだ。

「どうやら、命力も減ったようやな」

「大丈夫なの?」

「なんや騒がしいなぁ。うちのこと心配してくれてはるようや」

「当たり前でしょ!」


「言うたやろ? 妖怪は死なへんよ。お前さんがいるから大丈夫や。すぐに回復するわぁ」

「本当だよね?」

「そんな顔せんといて。うちは少し休むわ」

 そんな時に、なにがあったのか心配して様子を見に来た花蓮の姿がリビングから覗く。


「どうしたんですか?」

 後ろから聞きなれた声が耳に届く。妖狐は黒い靄となって、早優の体に入ってきた。切られた尻尾も同時に消えているようだ。傍に人の温かさを感じるためそちらを振り向くと、花蓮がしゃがんで顔を覗かせていた。

「心配しないで。今日頼まれた呪物のせい」

「なにかしたんですか?」

 刀に視線を落とした姿が見えた。


「そんなところ。でも、追い返したから」

 花蓮は未だ心配をしているようだ。刀を持っているから余計だろう。

「本当に大丈夫だって」

 立ち上がってリビングから出ようとする。そこには一茂もいた。

「やっぱり駄目だったか」

「そうだね、どうにかしないと」

「結界を飛び越すだけじゃなくて、襲ってくるなんて思いもしなかった。申し訳ない、なにもできなくて」


「いいよ。気にしないで。強いの知ってて黙ってたんだし。姿は捉えてると思うから、明日作ってよ」

「なんで黙ってた?」

「だって、二人じゃ適わないと思ったから」

 一茂はなにも答えなかった。そう言って、その場を立ち去る。

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