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閻魔と狐――閻魔を継ぐ娘と美人の妖狐――  作者: 瀬ヶ原悠馬
第二章 人形は私の家。体はまだない。
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3.スマホはどこ 後編

 布団は敷きっぱなしだが、他は綺麗に片づけている。寝るときに充電していてそのままのはずだったが、布団の傍で寝ている充電コードの先にスマホはついていない。


 どこにやってしまったのだろうか。勉強机にも見当たらなく、掛け布団をめくっても見当たらない。枕の下もなかった。

「あれ、どこにやった?」

 敷布団の下に挟まってるかと思いきや、それもない。

 この家では聞こえない異様な音が耳に届く。すり足のような、なにかを引きずる音だ。思わず扉に目をやってしまうが、モザイク状のガラスすらない木製で出来た扉の向こう側の様子は、音でしかわからない。


 まだ擦る音がなっている。一定の間隔で、ゆっくりと。一緒に足音が混じることもなく、ただなにか擦った音だけがしている。だんだんと大きくなってきて、スーッと口に出して言うくらいの間がある音が途中で止まった。


 嫌な予感がする。この音は、この部屋の前に止まった、そんな予感が頭をよぎった。存在に惹かれるようにして足が扉に向き、ドアノブを握った時は既に手が幾分か湿っていた。凛子の時の天井から出てくる霊障を思い出してしまう。あのような恐怖がまたあるのではないか。呼吸を整え、意を決して思い切り開いた。


 うるさい心臓の鼓動と、冬であるなら白い煙が出るくらいの強い息を吐いている。肺すら休みたい。目の前には誰もいない。その事実に安堵するが、下から主張してくる存在がある。


 それは血の跡だ。階段からこの部屋まで続いている。しかし、その血は生々しさが十分あるものの、どこかリアリティがない。それは血のりのような色に近いフェイクのものであるという意味ではなく、少しばかり透けているという点だ。


 それがより一層、気持ちの悪さを孕む。視線を追っていると、やはりこの部屋の前で止まっている。恐る恐る振り返り、思わず声を出してしまった。

「なんだ、紫苑さんか」

 相変わらず意地汚い。

「驚いたか?」

「血もなにもかも紫苑さんがやったの?」

「いいや? うちがそんなことするはずないやろ? あら悲しいわぁ、うちはそんな風にみられてたんやなぁ」

 あまりにもわざとらしく言うものだから、紫苑の事は無視して紫苑を通り抜けて部屋の中を覗いた。依然としてスマホも見つからない。


「ねぇ、私のスマホ知らない?」

「スマホかぁ? 知らへんよ。まぁ、無くなってよかったんとちゃう?」

「なんでよ」

「お前さん、あれに依存しすぎやで」

「うるさいなぁ」

 スマホでゲームできることを知らないのか。そんなことを思っていると、以前紫苑が隠した退魔刀の事を思い出す。


「まさかとは思うけどさ、隠したとかないよね?」

「隠してほしいんか? もっかい遊んでみる?」

 聞かない方がよかったようだ。

 いろいろなところを探したが見つからない、最後にクローゼットを開けた。


 声を漏らしてしまった。確かにスマホは見つかったが、クローゼットの天井から右腕と左腕が、断面を上にして吊るされていた。滴る血はクローゼットの床と早優の服を汚している。

「いやだ。なにこれ」


「ほぅ」

 感慨深そうに紫苑は唸った。

「奪った腕なんかなぁ」

 クローゼットから視線をそらす。

「どうにかしてよ」

「うちに言うてもどうにもならへんで?」


「なんでそんなじっと見てるの」

「なんや、そんな嫌か?」

「当たり前でしょ?」

「あっ、お前さんのママが床にいるぞ?」

「ママ?」

 両腕に意識を向けないようにして、クローゼットの床を覗く。そこにはスマホがあって、ホッとしてしまう。薄い血に浸されていた。


「だから依存してないって」

「はよ助けてあげ。これないと行けへんのやろ?」

「お願い。スマホ取って」

 突然、足がなにかに引っ張られた。不意打ちすぎて言葉にならない声を漏らす。気が付けばくるぶし辺りにには黒い靄が包まれていた。抵抗しても一切実ることはない。


 クローゼットに対面するように体を直立させられ、嫌でも視界に入ってくる。

「こんなところで術使うならスマホ取ってよ」

「なんの代償を捧げてくれんのやろなぁ」

「ほんと最低」

 くすくすと笑う。どうやら取らなければならないようだ。嫌々スマホに手を伸ばす。周囲は血で汚れているが、なにかがそこにいるわけではない。服の奥側は影になって薄暗くなっているが、だからといって幽霊の存在がいるとは思えない。


 なんとかスマホを手に取れた。血は本当にステンドグラスに当てられた光によって作られた影のように彩られていただけで、一切の汚れがついていない。その事実に安堵する。ポケットに仕舞ったその時、ぶら下がっていた両腕が首めがけて襲いかかる。


 苦しい。指が実際に首にかかっているか知らないが、この手に実体がないというのになぜか苦しい。体温が伝わってきそうなほどリアルな感触だ。その手をつかんで抗おうとしても、それを掴むことは出来ない。断面から血が大量に噴き出している。

「手を退かしぃ」


 今までにない紫苑の気迫により、抗っていた手を止めて直立した。下から上へと黒い閃光が通り過ぎた後、手首から血が噴き出す。


 断末魔が響き渡った。正面からではなく、遠くから。洞穴の奥にいる魔物の怒号ほどに感じる。次第に手が離され、煙のように存在が消えていった。


 肺が空気を欲する。

「大丈夫かぁ?」

 今まで以上に心配した様子で紫苑が顔をのぞきに来ている。

「大丈夫、大丈夫だから」

「無駄遣いしたなぁ。誰に請求したらええやろか」

 命力のことを言っているのだろう。先ほどスマホを術で取っていれば、使わずに済んだというのに全くだ。

「ありがとう」

 心の声にとどめて、呼吸を整えている合間に感謝を伝える。


「うちはなにもしてないで? ただ、あの腕切れへんかったなぁ。どないなっとるんやろか」

「紫苑さんでもわからないの?」

「うちは物知りでも、物によるんやで?」

「なるほどね」


 息が整ったので、そのまま物を買いに行く。

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