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霊界案内人の私と猫に化けた妖狐  作者: 瀬ヶ原悠馬
第一章 黒猫が前を通る
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2.黒猫が横切る

 寺の正面にある階段を降りて、道路を右に曲がる。ガードレール道なりに進んでいき、街灯のそばにある自販機が見えてくる。その下に、体育座りをした薄い何者かの姿が映った。


 自販機に近づくにつれてその存在がはっきりとして、その側に立った。白髪のない黒髪の男。つむじまでがはっきりとしているが、完全に幽霊だと認識する。


「俺が見えるのか?」

 早優はなにも答えない。自販機の飲み物に目を配り、今丁度よいサイダーを見つけた。小銭を穴に入れて、サイダーの下のボタンを押す。


 ガタンと音を立てて落下した。飲み物を取り出して、そのままその場所を去ろうとする。ずっと視線を向けられているような気がしたが、振り返ることもなく足を進めた。


「にゃーお」

 時折道路を走る車の音に紛れて、猫の鳴き声が耳に入ってくる。猫の霊の可能性もあるだろうが、気にせずに進んだ。寺の階段に差しかかった辺りで、眼の前に黒猫が林の中からガードレールの内側に現れた。


 猫はこちらを向いて、早優の顔をじっと見つめていた。しかし、妙な違和感がある。目の前にいる猫は確かに猫。紛うことなき黒い毛をして、瞳をギラリとさせているのだが、その芯にあるものは別の存在のように感じた。


 なにかが化けている、それだけは把握できる。早優は気になってしゃがんだ。

「どうした?」

 頭を無でようとしてみる。猫は抵抗せずに、気持ちよさそうに頭を撫でさせてくれた。そこに体温がしっかりあり、実態が確実にある。


 喉を鳴らす。猫じゃらしでもあれば、転がって遊んでくれるだろうか。マタタビでもあれば、酔っぱらって乱れてくれるだろうか。


 この猫の存在は気になるが、花蓮との約束がある。能力を使って誰かの悩みを聞き、解決したり関わったりしない、という内容だった。学生時代に能力を使ったことがあり、花蓮に酷く叱られたことがある。


 今回、誰かの悩みを聞いたわけでもなく、友人か誰かが霊障に悩んでいて助ける経緯でもない。だが、なにが原因で大きな事件などに発展する可能性かわからないため、そのまま立ち上がって階段を登っていった。


 猫はぴったりと後を継いて来る。なにを求めているのかわからないが、立ち止まった早優の足に頭をこすりつけてきた。

「なに? なにもないよ」

 しかし、一向に辞める気配はない。猫を両手で優しく抱き上げて、そのまま林の方へと足を進める。猫を地面に下ろして手を振った。


「じゃあね」

 階段を登っていく。しかし、また猫はあとをついてきた。流石にため息も出てくる。妙に懐かれてしまったようだ。


 再びしゃがむ。

「寂しいの?」

 喉をなで上げると、気持ちよさそうな顔をしてぐるぐると鳴いた。

「仕方ないなぁ。しばらくの間うちにいる?」


 問うても、言語を理解しているのかどうかすら分からない。


 首輪などはついていないため、誰か飼い主がいるということではなさそう。しかし、ここまで懐かれてしまうと困ってしまう。一茂も花蓮も猫アレルギーなどはないから、家に連れて行ってもなにも問題はない。飽きるまでは側にいさせてやってもいいだろう。もちろん、許可を得られればだが。


 そのまま立ち上がって自宅へと向かう。

「ただいま」

 玄関でそう言った。靴を脱いで、正面にあるリビング入り口を抜ける。

「なんか、猫ちゃんがついてきちゃった」

 花蓮と一茂がこちらを向く。


 花蓮が茶碗と箸を手元におくと、優しい笑みを浮かべて猫を可愛がった。

「迷い猫ですか?」

「わからない」


「首輪がないみたいですね。野良猫にしては、少々人慣れしているように思えますが、なんでしょう」

「さぁ」

「猫島出身の猫かしら」

 冗談めかして、花蓮は猫をあやす。一茂が立ち上がった。


「確か、駅前のスーパーで売ってたよね」

「たぶん。ごめんね」

「いいよ。気にしないで」

「ありがとう」

 一茂はそのまま家を出ていった。水を汲んでこようと思い、キッチンの側にある木造の食器棚から皿を目で選別する。


 グラタン作る時に使うような受け皿が好ましいだろう。それよりも少し大きめのが理想だが、そんな気の利いたものはない。


 茶碗におかずを乗せる皿。それぞれにご飯用、サラダ用と用途が決まっており、適切なサイズであるため猫に相応しいものがない。

「しょうがないか」


 当てつけのようになってしまうが、円形のサラダなどをよそって食べる容器を使うことに決める。そこに、溢れないくらいの水の量まで入れて床に置く。


 猫はそれを見向きもせずに、早優の足に体を擦り付けてくる。頭を撫でて、花蓮の顔を見た。

「懐かれちゃった」

 花蓮は笑顔で返す。


     ・ ・ ・


 翌朝。シーリングライトが付いた、木造の天井が映る。布団に包まれた体を起こすも、昨日の猫がすり寄ってくることはない。どこにいるのかと部屋の中を見渡しても、どこにもいない。


 枕元においてあるライトのリモコンで消灯にし、わずかに開いていたカーテンを全開にした。左足元には布団、それを跨いだ先にクローゼットがあるが、そばに立てかけてあった退魔刀がない。


 花蓮からお守り代わりにもらった刀で、魂を切る刀とされている。故に人体に傷つけることが出来なく、霊には傷をつけることが出来る。


 しかし、その鞘は選ばれたものだけが触ることが出来、敵対する存在には鞘を触るだけでその人間に傷がつくとされる不思議な刀である。


 焦ってキョロキョロと辺りを見回し、部屋の外に出た。リビングに入る。


 座布団に背の低い木のテーブルが正面にあり、その左に大きなテレビがテレビ台の上に置かれていた。キッチンは右手。


 ここから見渡しても、刀が見当たらない。花蓮はスーパーのパートの仕事で留守、一茂はこの後にする葬式の準備をしていて忙しい。


 キッチンに入るも、特に変化はない。今立っている位置の右手にある、電子レンジが置いてあるラックの足元に猫の水が入った受け皿が移動されているが、減っている気配がない。


 猫の気配も一切感じない。怪しさを孕んだ猫が、なにか悪さでもしたのかと思った。刀を隠すにしても猫の体からしたら、かなりの重さだ。


 それほどのものを持ち運べるとは思えない。なんにしても、刀が盗まれるというのは中々の一大事だ。


 自分の部屋に戻ると、長い黒髪に狐の耳と尻尾。耳元にはかんざしのような物が刺されており、赤い帯に花がらの黒い着物を来た女が、早優の布団の上で座っていた。


 外見は三十代後半とも取れるが、見た目からして妖怪だろう。実年齢は分からない。

「刀を返してほしいか?」

「どうやって持ち去った」


「知らへんの? アレは人は切れても物は切れへん。ティッシュのようななにかと一緒に握ってやるだけで、意図も簡単に触られるんやで。覚えときぃ? まぁ、うちは関係あらへんけどな」

 くすくすと笑う。


 現代になれているのか、言葉もそれほど古いものは使われていない。生活に馴染むほどの存在のようだ。

「しかしまぁ、お前さんと出会えるとはなぁ。お前さん、嘉成家の生き残りやろう。見りゃあ分かる。霊界と現世の橋渡し、三途の川のような役目を担った能力者。境界扉(きょうかいひ)の遺伝子を継ぐものやろ?


 うちが現役の頃にも、お前さんの家系はずっとあってな。うちよりも根の暗い陰陽師とは違う。あやつはうちを勝手に、病をかけたかなんかの犯人に決めつけよってなぁ」 


「そんなことはどうでもいい。私の刀を返して」

「どないしようかなぁ。返してもうたら、もううちとも話してくれへんのやろ?」


「メソメソされても困る」

 くすっと、妖狐は笑った。

「正直でなによりや。やけど、うちはお前さんの力が見てみたい。気に入ったんやから仕方がない。付き合ってはくれへんか?」


「私を呪えはしないよ?」

「そう()うてもなぁ、うちの周りにおる人間は、不思議と不運が舞い込む。うちは気に入った人間とはずっと側にいたい。しかしなぁ、そうはさせてくれへん。可哀想な女がこう言うておる。助けてみようとは思わへんか?」


「人の刀を盗んでなにを言ってる。猫だって見当たらないし」

「猫はうちや」

「は?」


「狐の姿でウロウロしとっても、みんな逃げはるんでな? 仕方なく猫に化けてみたんやけど」

「通りで変だと思ったよ」

 妖艶に拍手した。

「流石や。お前さんなら気がつくわぁ。あの坊さんは気ぃつたんかなぁ。よぅわからへんかったわぁ」


 早優は黙ってしまう。妖狐は口を開いた。

「遊んでくれへんか? やから、お前さんが大切にしてはる退魔刀を隠したんやけど」

「ほぼ脅迫だね。それは」


「まぁまぁそう言うやない。お前さんの側にいたいんや」

 早優は、あからさまなため息をついた。

「わかったよ。なにすればいいの?」

「近くの自販機におる、幽霊がおったやろ? そやつの願いを聞いてくれへんか?」


 おおよそ、昨日ジュースを買ったときに行ったあの自販機だろう。

「自販機なんてよく知ってるね」

「うちもいろいろあったからなぁ。いらんこともよう耳にするわぁ」

 どうしようか。能力があり、常に霊が見えているとは言え、花蓮と心霊界隈とは関わりを持たないと約束をした。


 そうは言えど、今まで霊界に行けずに現世にとどまり、苦しんでいる人をたくさん見てきた。霊障に悩んでいる友人を助けたこともあったが、除霊もなにも出来ない早優は話を聞くだけしか出来ない。


 花蓮との大事な約束を破ることになるが、退魔刀を返してもらわなければ困る。

「なにか不満か? 別に受けんでもええんやで? やけど、刀は戻って来んかもなぁ」

「わかったよ。受ける」


「しかし、あの刀。何故ずっと持っておる? 捨てとうないんか?」

「あれは、花蓮が私にくれたものだから」

「ほぅ、あやつか。そんな偉い人やったん?」


「そうじゃない。家が燃えた時に、私を霊から守ってくれると、そのために渡してきたんだ」

「盗んだということか」

「悪い人みたいに言わないで!」


「お前さんも怒りはるんやなぁ。付け入る隙のようや。その花蓮というやつ、狙われるかもしれへんで?」

「お前にか? そうなったら、ただじゃ済まないぞ」

「あんな怖い刀を持っとる人に、わざわざ喧嘩なんか売らへん。言うたやろ? お前さんと一緒にいたいだけや」


「わかったよ。やるから」

 妖艶な笑みを口元に浮かべる。プリッとした唇に、早優から見て右側にある口元のほくろが、より一層魅惑的なオーラを解き放つ。

「ええ子や」


 影が中央に凝縮されていくようにして、一瞬にして黒猫の姿になる。甘い声で鳴き、足元に顔をこすりつけてきた。溜息しか出ない。金輪際関わることもないと思っていたのだが、まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。自分の部屋から外に出る。

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