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閻魔と狐――閻魔を継ぐ娘と美人の妖狐――  作者: 瀬ヶ原悠馬
第二章 人形は私の家。体はまだない。
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1.奪う怨念

 事件から数日の事。早優の部屋で、テーブル近くで床に胡坐をかいて座ってスマホをいじっていた。宗司の事もあって日々の鍛錬にさらに気合を入れて素振りをしていて、それからすぐ終わったところなのだが、一つ思いついたことがあった。


 あの時、凛子はどうしてあの場所だと知ったのだろうか。早優は尾行していたために時計屋が怪しいと気づいたが、凛子にはそのことは伝えていない。あの場所で呪い代行屋をやっているなど知らないはずだ。もし仮に、早優の部屋にいる、あるいはその前からでもと考えてもいいが、身近なものでなにかを知ることが出来る状況を想像すると、スマホで検索をしたのかもしれない。


 一時期ニュースで見た、学校裏サイトなるものだ。他人の恨みつらみを書き込む掲示板などがあれば、そこから宗司が探して自分の家に誘い込んだとしたら。そう考え、スマホを使って検索などをかけてみたが、そんなサイトは四個や五個と複数個見つかる。


 どれも毒々しい見た目をした掲示板で、旦那に対する恨みつらみを綴ったものや、逆恨みのようなものも見受けられる。ある教師が気に食わないような学生と思われるコメントなどもあった。

「ぎょうさんあるなぁ」

 呑気そうな声で紫苑がそういう。

「美味しそう?」

「そんな堅物食べられへんで」


 恨みの事と理解しているくせに、スマホを食べられるかと解釈して答えてきたようだ。相変わらずの様子でにらみつける。

「食べてもええけど、お前さんそれないと困るやろ? うちより愛しとるくせに」

「なわけないでしょ」

「抱きしめて寝とるやないの。キスもしたりして」

「してないよ! そこまで依存してないし」


「うちも大事にしてほしいなぁ」

 早優の体を貫通させてスマホと早優の顔の間に潜り込ませる。思わず顔を背けてしまった。

「邪魔!」

「そんな邪見にせんでもええのに。ぐすん、ぐすん」

 声をわざと潤ませてそう言う。


「はぁ、いい年してそんなことしてさぁ」

「女はいくら年取っても乙女やで?」

「おばさんが言うときっついよ」

「そんなん言うてええの? お前さんもそうなるんやで?」

「どうだろうね。それにさ、あなた別に人でもないし」


「そうやなぁ、うちは九尾の妖狐。これも化けた姿やし」

 適当にあしらう合間を縫って手を動かしていたが、ふと気になることがあった。紫苑に目をやる。

「そういえば、紫苑さんはどうして人間の姿だと実体化しないの?」


「うちか? これはなぁ。おや、関心持ってくれはったん?」

 ニヤニヤしてそう答えた。思わず目を逸らす。

「まぁ、一応ね」

「ある高僧に力を奪われてなぁ。それでや。加須へ切れないほど石の状態で過ごしてたんやけど、その石を誰かが壊しおって。全部壊してくれたはええけど、結局力が完全には戻らんかった。


 小動物くらいはできるんやけどな? それでも時間に限界もある。

 皮肉よなぁ、人をからかって遊んでたやつが、今度は誰かに身を寄せんと生活できひん。精々ぶらぶら歩いて呑気に生活するしかない。退屈やったわぁ。まぁ、拝まれたとてうちは改心する気も起きひんかったんやけどな」


 スマホに目を戻して、サイト探しを続ける。

「無反応はないんやないの? 答えてくれへんと、また覗くで?」

「どうせろくでもないことしたんでしょ? 自業自得じゃん」

「むしろ褒めてくれへんかなぁ。この数千年間なにもせんで大人しくしとったんやから」


「それが普通でしょ」

「今までお前さんに酷いことしたか? 今でも人に迷惑かけることはしてへんけど」

「そうだね」

 空返事をしてやりすごしている中で、凛子の件と似たような恨みを呟いた内容を探していたが、やはり見当たらなかった。これでは埒が明かない。なにかいい案はないのだろうか。


 扉からノック音が聞こえる。

「いる?」

 一茂だ。

「どうしたの?」

「本堂に来てほしい」

 なにも答えずに立ち上がって、扉を開けた。


     ・ ・ ・


 一茂と紫苑、三人で本堂に向かう。寺の入り口から顕著だったのだが、なにやら中から物騒な声が聞こえた。獣が餌に飢え、よだれを垂らしているような想像が簡単にできてしまうほどの唸り声。声が低く、痰が絡んだしゃがれた声に近い。そんな吐息が、扉の向こう側から流れる。思わず、足を止めてしまった。

 一茂が寺の扉を開けるが、音の大きさは変わらない。入口に片足をかけた状態で振り返る。

「やっぱりなにかわかる?」

「いや」

 と、嘘をついた形になってしまったが、あまりにだったのでどう表現していいかわからなかった。


「やな感じやなぁ」

 紫苑は一茂の背中を通り過ぎて、寺の中に入っていく。早優も後に続いて、一茂と一緒に寺の中に入った。


 そこには、部屋の中央に一つの日本人形と、肩まで髪を下ろして眼鏡をかけた四十代くらいの女性。白のブラウスとひざ丈のスーツスカートを着ていた。丁寧にこちらに頭を下げたので、早優も頭を下る。


 女性には霊が憑いている。首を強く絞めているが、憑いている背後霊がなにかしているわけではない。その背後霊とは、花柄の紫色の着物に紅色の帯。年齢は五十代くらいの、(かんざし)で髪を結わった女性だ。守護霊だろうか。心配そうな顔をしてこちらをじっと見ている。はっきりと目が合った気がした。

「助けてください」

 守護霊はそう答えるが、今応答するわけにはいかない。


 人形を間にして女の正面に立つ。女性が口を開いた。

「私は(かえで)京子(きょうこ)と申します」

 早優は会釈をする。人形を持ってきてこの気配、さしずめ呪物だろう。


「座っても大丈夫ですよ」

 と、早優は言うと楓は正座になり、早優と一茂は後に続く。紫苑は中央にある人形に興味津々のようだ。楓の後ろに立っている守護霊は、紫苑に視線を向けている。

「あなたは誰ですか?」

 紫苑がそれに答えて視線を向けている中、楓は口を開いた。

「突然で申し訳ございません。友人から預かったこちらの人形なんですけど、かなりの曰くがありまして。一言でいうと、お焚き上げしてほしくて」

「はあ」


「こちらの住職さんに一通りは話したんですけど、あなたは特に強いそうですね」

「まぁ、なんか唸り声みたいなのを感じますけど」

 早優から見て楓の右後ろで守護霊と紫苑が話している。聖徳太子にでもなれというのか。二人の話声に交じって集中できない。

「ちょ、ちょっとごめんさい」

 楓はきょとんとした顔をした。


「ちょっと静かにしてもらえる?」

 紫苑に話しかけた。

「迷惑だったか?」

「聞こえなくて」

「やって。うちと話したいんなら、離れて話すか?」


 そう守護霊に紫苑は語り掛け、守護霊は早優に一礼をして部屋の角まで行った。

 楓はあたりを見回している。

「誰かいるんですか?」

「いえ、危ない霊とかじゃないので」

「ほんとに見えるんですね」


「話、続けてください」

 早優は楓に向かっていった。

「この人形は、私の友人が所有していて。最初は特に何事もなかったんですが、一週間くらいして息子さんが駅で飛び降りたんです。どうも落としたスマホを取ろうとして駅に降りたらしく、右腕がその、切断された状態で発見されて」

 苦しそうに話す。さすがに慣れていないのだろう。呪物でここまでなったというのは、早優でも面を食らった。


「すごい話ですね」

「はい。その後に、旦那さんが事故で。今度は左腕が切断されました。しかし、ここからかなり不可解な話なんですが、二人とも無くなっていた腕が見当たらないんです」

 耳を疑った。

「本当になかったんですか?」

「はい。警察の方が見つからない、と」

 早優はなんて答えていいかわからなかった。ただ、楓が霊の仕業と考えたのも納得がいく。これだけ立て続けに不幸が起き、不可解な現象もある。楓は口を開いた。


「そんなこんなで思ったんです。この人形がなにか悪さをしているんじゃないか、と。後から思い出したんですが、この人形が来てから亡くなるまでに家で変なことが結構起きていて。たとえば、二階の自分の部屋で寝ているときに、一階から物音が聞こえたんです。階段を下りてリビングの明かりをつけようとしたときに、冷蔵庫の扉が勝手に開いて」


「その時から幽霊がいるんじゃないかって思ったわけですね」

「はい。ただ、その時はまだ人形のせいだとは思いませんでした。足音など聞こえたこともあったんですが、そのままスルーしていたら、こんな事態になりまして。そこで、私にこの人形が渡ってきたんです。誰か良い霊能者を知らないか、と。私はこの世界に元々興味があったものですから、たぶんそれで聞いてきたんでしょうけど」

 そうは言いつつも、なんだか自分のことのように話すな、とそれとなく感じた。

「そう、だったんですね。とんでもない人形ですね。楓さんの身にはなにか起きませんでした?」

「え?」


「あなたの守護霊も心配していましたし、当然こんな人形ですから、なにかあったのではないかと思いまして」

「いえ、とくには。友人から受け取った後、コインロッカーに保管しておきました。とりあえず、明日に呪物を供養しているお寺に持っていこうと思って。やっぱりこの人形、途轍もない代物ですか?」


「そのようには感じます。今でもずっと、なにか得体のしれないものがうなってます」

「やっぱりこれのせい、ですか」

「だと思います」

 こちらの話が終わったタイミングで、紫苑と守護霊が戻ってきた。


「全く。お前さん、聞いてくれへんか? うちに向かって京子になにかしたら承知しないってずっと言うてくるもんでなぁ」

 紫苑に視線を移し、その後人形に向ける。

「こいつは間違いなく、その辺の代物やないで?」

「あの」

 と、楓が声を発した。そちらに目をやる。


「お願いしても大丈夫ですか? 難しいのであれば、別のお寺に行きますけど」

 一茂と視線を交わらせる。代わりに一茂が口を開いた。

「わかりました」

 楓は深々と頭を下げて立ち上がった。


「ありがとうございます」

 再び頭を下げて、寺を後にしようとする。しかし、守護霊は楓の後をついていかない。早優の前で立ち止まったままだった。一瞬だけ紫苑に目を配らせ、守護霊もまた頭を下げた。

「ついていかなくていいの?」


「お話があります」

 楓に待ってもらおうと一歩踏み出したところで、守護霊に止められる。

「大丈夫です。京子の家は知っていますから」

 止めずに楓にはそのまま帰ってもらった。一茂は人形を持って供養の準備をすると行って寺をあとにする。

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