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閻魔と狐――閻魔を継ぐ女と九尾の妖狐――  作者: 瀬ヶ原悠馬
第一章 黒猫が前を通る
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16.完 呪い代行業

 あれから事故の件や凛子との経緯を警察に聞かれて、それなりに時間が経ってしまった。朝ごはんも食べていないので、お腹と背中がくっつきそうなほど腹を空かせている。


 まだ警察署の中にいる。刑事の聴取がようやく終わった。立ち去ろうとしていたところで、早優の対面に座っていた刑事に声を掛ける。今しか恐らく、タイミングはないだろう。

「銭田さんに言いたいことがあるんですけど」

「なにを?」


 と、聞かれて少々困ってしまった。父親から聞いた最後の感情を凛子に伝えたいが、周りに刑事がいる時に話すことになるだろう。そのまま伝えられはしない。

「まだなにか隠してることある?」

「そういうわけじゃないんです。挨拶、したいと思って」


「まぁ、恐らく情状の余地があるだろうし、その時で良いんじゃない?」

「今したいんです。駄目ですか?」

 悩ましい様子だ。

「気になるんでしたら、その場で見ていてもらっていいんで」

 渋々ながらも了承してくれた。刑事は部屋を後にする。しばらくして、扉が開かれた。


「いいよ。向こうも話したいことがあるって」

 なんだろうか。凛子には、話したいことはすべて話したと思っていた。

「よかった」

 席を立って、廊下で凛子と対面した。


「私から良い?」

 と、早優から話した。

「いいよ」

 なんだかスッキリした様子に見える。

「お父さん。たぶん、凛子のこと恨んでないよ。喧嘩してそれっきりだったんでしょ?」

 これで伝われてば幸いだ。この場所では、ここまでが限界。鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたが、やがて微笑みに変わる。


「ありがとう。私もね、お父さんにずっと謝りたかった。でも、こんな形で最後になるなんて」

 嗚咽をこらえ、無理に言葉をひねり出してるように見える。必ず伝える。続けて口を開いた。

「猫ちゃんを埋めたところに、お花届けてくれる?」


 だからか。猫の引っかき傷が、十崎にはあって凛子にはなかった差がここに表れているのだろう。

「場所どこ?」

 場所を教えてもらう。手を降ってここで別れる。刑事にはエレベーターまで送ってもらい、中と外で向かい合った。


「捜査協力、ありがとうございました」

「いえ、全然」

 一礼をして、エレベーターの扉が閉まる。

 花を買ってこなければならないので、ここで一旦昼食をはさむか。時間は十一時を越している。昼食と考えると少し早いが、それでも構わない。


 エレベーターが開いたので、警察署を出る。確かこの周辺に商店街があったはずだ。そこに花屋と昼食を食べられる場所があれば一石二鳥だろう。商店街まで向かう。


     ・ ・ ・


 昼食を食べ終わり、近くの花屋で購入した花を買った。現在、道路が側にある山の中にいる。轢いた現場に戻って、猫の死骸を土に埋めたのだろう。誰にも花が手向けけられていない。凛子に教えてもらった死骸がある場所に黒猫がいて、その下をずっと覗いている。


 買った花束をそこに起いた。猫がこちらを見ている素振りはない。その黒猫を見て、声をかけた。

「災難だったね」

 自身の能力を使って供養してあげようか。そう思って、黒猫に手を伸ばす。すると、ガブガブと噛まれてしまった。


 猫を飼っている人はこういうことが頻繁に起きているのだろうか。かなり痛かった。傷ができてないか確認する。指が赤くはなっているものの、傷はできていない。少しホッとした。


 よく聞いたことのある笑い声。今回は嘲笑うより、本当に心の底から笑っているようだ。呆れ以上に、怒りがわいてきた。見上げると、そこには紫苑が立っている。

「本当に質悪いよ。ねぇ」

「お前さん、純粋やな」

「ふざけんな、この馬鹿!」


 流石に殴りかかったが、紫苑の体を通り抜けた。神出鬼没で困る。この女、相当に質が悪い。動物に化けているときはなにかしら攻撃できるものの、そんな人でなしのような行動はできない。きっとそこまでのことを考えて行動しているに違いない。


 一つくらいやり返さないと気は晴れない。がむしゃらに絡もうとするが、やはり体はすり抜ける。大きくうめいてしまった。

「そんなことしててもええけどな? 人おるで?」

 辺りを見回すと、同年代くらいの女性二人が、こちらを化け物を見るような目で気持ち悪がっている。


 最悪の気分だ。穴があったら入りたい。なにもなかったかのように歩いて去ろうとする。バイクのところまで行って、早く家に帰ろう。恥ずかしくてたまらなかった。


     ・ ・ ・


 バイクで向かった先は、自宅がある寺の階段下。そばにある敷地内の駐車場にバイクを停めて、しっかりと盗まれないよう施す。


 現在十七時。かなり時間がかかってしまった。夕暮れも近づいている。早速、自動販売機の元へ向かった。


 まだ近くに父親の霊がいる。その近くへと向かった。

「わかったよ。猫のこと」

「ほんとか?」

「うん。苦労したよ。中々。ちゃんと生きて楽しく生活してる」

「それはよかった。世話になったよ」


「ついでにね。凛子さん。あなたに謝りたかったって。喧嘩のこと。それっきり話せなかったし」

「そっか、怒ってたわけじゃないんだな」

「大体ね、怒ってたから無視するなんて、そこまでのことできないよ」

「そうだな。馬鹿だな。俺は」


 伝えられてよかった。手をそっと差し伸べる。今度は正真正銘、この力を使うことになる。うまく出来るかはわからないため、多少緊張している。


「いい?」

「どうすればいい?」

「やったことないから、勘だけど。私が霊界と現世の扉なの。成仏することにはなるだろうけど、もう未練はない?」


「ああ。君には色々世話になったよ」

「お礼なんていいよ」

 父親は動かない。霊体の体に手を入れるも、それでなにかが起きたわけではない。見様見真似で念じてみる。


 不安になって薄っすらと目を開けると、幽霊の体がさらに透けていく。そして、霊体は姿を消した。やってみようで案外出来るものなんだな、と少しばかり驚いた。正直、本当にしっかり霊界に行けたのかどうか心配ではあるが、それを確かめようがない。


 とりあえず、霊界に案内できたという認識でいこう。家に帰るため、歩道を歩いていく。

「お前さん、つけられとるよ」

 隣にいる紫苑に話しかけられる。

「誰?」

「送り狼という伝説を知っとるか?」


「男に下心があって、女を家まで送るやつ?」

「それの元になった妖怪や」

「ふーん」

「夜道歩いてる人間の後ろにつきまとい、立ち止まったり振り返ったりする人間を喰らう。改心したんやなかったんやな」


「誰か知ってるの?」

「立ち止まりい。挨拶しようやないの」

「え? 本気で言ってるの?」

「当たり前や。呪い代行業と共に行動しとる妖怪の方にな?」


「クリアしたんだし、刀返してよ?」

「もちろんや。出来るか?」

「鍛錬してたし」

 紫苑に目を遣るが、目が合わなかった。

「数えるよ?」

「楽しみやなぁ」


 三、二、一と数え、振り返る。手に刀を出現させ、黒い煙を足場にして空中に浮かせたまま柄を早優に向けた。柄をしっかりと握り、鞘から引き抜く。大きく口を開け、牙を(あらわ)にして飛び込んできた。


 狼の唸り声が大きくこだまする。口角を割くようにして刀を構えた。が、刀を握った手が動かなくなり、小刻みに震え始めている。抵抗しようにもなにかに固定されているように動かない。


 峰の部分が狼にむいている。これでは襲われてしまう。なにか対策はないのか。狼の体に、一本の狐の尻尾が伸びて巻き付いていた。それ以上先に進まない。

「おたくの妖狐もやるようだな」

 男の声が聞こえる。木々に隠れて男が現れる。


「誰だ」

「お前こそ何者だ? 妖狐を連れてる上、その刀はなんだ」

「あんたから答えてよ。人に呪術をかけるってどんなことしてるかわかってるの?」


「呪術? そんなものは使ってない。俺は人から話を聞いて、そいつの魂を使って生霊を飛ばしただけにすぎない。あくまで代行さ。力を貸してやっただけだ」

「あっそ。だけどね、それのおかげで人が死にかけてるんだけど」

「人に恨まれるようなことをしなければいいだけじゃないか?」


「身勝手な理屈。逆恨みだってあるのに」

「そんな話をしても、堂々巡りになるだけやで」

 紫苑がそう答える。

「今はなんと名乗っとる?」


 誰に聞いたのだろう。

禅童ぜんどうだ。お主はなんと名乗ってる」

 相手の妖怪、狼がそう答えた。

「紫苑。お前さん、改心したんやないの?」

「遠い昔に、そんなことをあったな。俺だって食わなきゃ生きていけない。お主も我らと同様、わかるだろ?」


「うちは良いペットを見つけてな?」

「ペット?」

 また腹立たしい言葉言われた。

「お前さんは黙っときい」

 今までにはない剣幕でそう答えられる。


「そいつがなんだ」

「こやつに纏わりついてるだけで、命力はいくらでも蓄えられる」

 どういう意味だろうか。あの説明では、まるで幽霊を食っているかのような応えではないか。


 禅童は言葉を失っている様子だ。

「そんな人間がいるんだな。まさか、嘉成家の人間の生き残りじゃないだろう? どこの家系だ?」

「さぁ、どうだろうね」

 男の背後から霊体が飛んでくる。四本足の生物のようで、禍々しさを放っている。狼のような鋭い目付きに鋭い歯。毛を逆立たせ、唸り声を上げている。


 禅童よりも存在が小さい。禅童を大型犬とするなら、小型犬くらいの体型はあるものの、獰猛さは横に並んでいる。早優目がけて突っ込んできた。紫苑の尻尾を一つ一つすり抜けていき、あっという間に目前。


 刀を反射的に振るう。透けた血液が飛び散る。簡単に斬り殺せてしまった。流石の力と言えよう。

「まさかとは思ったが、本当に。嘉成の家からどうやって盗んだ。火災の時に見つからなかったと聞いていたが」


「それを知りたくて」

宗治そうじよ。不用意に使うでない」

 禅童が男に顔を向けて言った。

「そうみたいだな。だが、今のでお前が相当な人間だということはわかった。どこの家系だか知らないが、俺たちと戦争を起こしたいのなら好きにしろ。もし、どこの家系にも属していないなら、お前。どうなるかわかったもんじゃないぞ? この世界に関わるな」


「あんたが呪い代行業なんて止めてくれたら素直に引き下がるよ」

「そうか。なんとしてでも潰しに来るのなら来れば良い。戦争になっても知らないがな」

 そう言って、禅童と宗治は立ち去っていった。

 なにを言っているのかわからなかった。家系や云々と言われても困る。そんなことより、紫苑が呟いた名力の話だ。


「ねぇ、命力が蓄えられるってどういう意味?」

「本気で信じとるんか?」

 いつもの人をからかう調子に変わった。目を細める。

「そんな警戒せんでもええ。お前さんが送った霊を食っとるわけやない。単純になぁ、お前さんは霊界と現世をつなぐ扉の役目を担っとる。常に能力を使っとるんと同じなんや。それを耐えうるために、自身で能力を蓄える物が体に備わっとる。だから、次期当主として選ばれた。それはちゃんと覚えときい? ええなぁ?」


「わかったよ」

 複雑な感情ではあった。なりたくてなったわけでもない。苦労することのほうが多かった。

 これからどうなるかは分からない。なにやら、嘉成家が崩壊した後に色々なことが起きているようだ。ただ、することは変わらない。宗治という男が許せない。あの男を止める。

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