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閻魔と狐  作者: 瀬ヶ原悠馬
第一章 黒猫が前を通る
16/17

15.黒猫は否

 誰かから声を掛けられる。微睡の気持ちよさに浸っていて、現実と夢のはざまにいるような感覚だ。光の奥底に潜り込んでいて、その声の行方をたどっていく。


 誰だ。まだ声が小さく、くぐもっている。遠くで反響しているような、そんな音だ。心で話すことはできる。さらにたどっていくと、その声の正体が誰かが分かった。紫苑だ。

「起きなはれ」

 目を覚ます。目をこすり、重たい体を無理に起こした。

「なに?」

 奥で誰かが掛ける足音が聞こえる。


「うちはあやつを追う。お前さんはここでゆっくりしておれ。ほなまたな」

 声のする背後に体を向ける間、扉に向かっていった紫苑の姿が見えた。何事だろうか。辺りを見渡すと、背後の凛子の布団が綺麗にまとめられていた。置手紙が枕の上にあるため、それを手に取って中身を読んだ。


――いろいろとお世話になりました。これから決着をつけに行きます。

 決着というのはつまり、十崎や紗奈に対してということだろう。嫌な予感がする。いささか急な気もするが、昨日の霊障ではちきれたのだろうか。急いで身支度を済ませ、洗面所で服と髪を整えた。洗面所から出るとき、リビングにいた一茂と出くわす。

「おはよう」

「一茂さん、凛子さんなにかいってなかった?」


「いや、特になにも」

 どこだ。どこに行った。シンプルに紗奈の家だろうか。十崎の家は知らない。山勘で紗奈の家に行ってみるか。

「ちょっと出かけてくる」

 慌てて靴を履く。

「気を付けてね」

 背後で一茂の声が聞こえ、返さずに外に駆け出した。


     ・ ・ ・


 紗奈のアパートにたどり着き、扉の前に向かった。インターホンを何度も押す。乱暴に扉が開かれ、髪が整えられてないパジャマのままの紗奈が出てきた。

「なに!」

「凛子はいる?」

「いないよ! わざわざなに!」

「うちに変な手紙残して出て行ったから」


「知らないよ、そんなこと!」

 扉を勢いよく閉める。インターホンを再び何度も押した。扉が開かれ、胸ぐらをつかまれて家に引きずり込まれた。

「うるさい! あんた何様のつもり? 関係ないでしょ!」

 部屋の奥に視線を向けようとする。その視線に気づいた紗奈は、早優の胸ぐらをつかんだまま背後に向く。

「いないってだから! なんであいつがここにいるの!」


「監禁」

「するわけないでしょ! なに考えてんの!」

 勢いよく頬に平手打ちされる。右側に吹き飛んだ体は壁に打ち付け、撫でるようにして崩れ落ちる。もたれていた扉に動きを感じ、腕を掴まれて無理矢理外に放り出された。乱暴に扉が閉められる。


 あの様子からして、こちらには来ていないのだろう。では、どこに行ったのだろうか。直接手を下さずにやり返す方法でもあるのかと考えたその時、今までの事を思い出した。あの友人が自身の呪いを飛ばし、生霊として形を成して様々な霊障を引き起こした。徹底的に追い詰め苦しめた。それを実現可能にさせたのは、あの怪しい時計屋だ。


 紫苑から聞いた話と呪いの事、そして友人についた噛み跡から考えて、時計屋が濃厚だろう。紫苑を待っていても遅い。凛子は、自転車でさえも持ち合わせていない。電車で行ったのだろうから、今からバイクで急げば間に合うかもしれない。急いで乗ってきたバイクに向かった。


 時計屋の名前を憶えているので、それを検索。ウェブサイトが見つかり、載っている画像と外装が一致したので、そこの住所をバイクナビアプリに入力。早速、時計屋に向かって走らせる。


 物の十数分でたどり着く。まだ開店もしておらず、ガラスの向こう側は真っ暗だった。裏口でもあるのだろうか。

「おや、ここにこれたんやな」

 紫苑の声がしたので、そちらに顔を向ける。早優の傍に来た。

「まぁね」

「お前さんの成長をこんなに早く見れるなんてなぁ。嬉しい限りや」


 それでも間違った推理をして紗奈の家に向かったことは、口が裂けても言えない。

「しかし、ちと遅かったなぁ。あやつはもう中に入ってしもうた」

「え?」

「これからどうなるんやら」

 裏口の場所を探す。時計屋と隣の四階建てのマンションの間の路地。そこに入ると、裏手に木製の扉があった。ここから入ったのだろうか。ノックをしようとしたその時、扉が開かれる。中から凛子が出てきた。肩に例の噛み跡がある。


 凛子は早優の目を見て、驚いた表情をしていた。

「なにしたの?」 

 早優は凛子に問う。目を伏せたまま路地から出ていこうとした。その後を追って肩を掴む。

「ねぇ、待って」

 無理に引き離し、駆け足で逃げようとする。その後を追った。時計屋から少し離れた住宅街、朝の時間ともあって、数人の学生が談笑しながら歩道を歩いていた。


「猫はどうしたの?」

 こんなタイミング、場所で聞きたくはなかった。凛子は足を止める。

「なんでそんなこと聞くの?」

「殺しちゃったんでしょ?」

 その声で、ちらっとこちらを見た学生がいたが、すぐに顔を戻した。凛子はなにも答えない。


「話したいことがある。場所を変えない?」

「いいよ。どうせ、やりたいことはやったし。歩きながら話そう?」

 凛子の隣に立ち、並んで歩いた。

「幽霊が見えるんだったよね」

 と、凛子のほうから話しかけられる。


「最初から知ってて近づいたの?」

 元々そんなつもりもなかった。

「あなたの、お父さんの幽霊がね」

 足を止めて、凛子が目を見開いて口を半開きにしていた。溜息を吐いて、苦笑いをする。足を動かした。

「じゃあ、全部知ってたわけだ」

「ごめん。黙ってて」


「いいよ。これからね、自首しようと思うんだ」

 なんて答えればいいのかわからなかった。

「雪彦、結構追い詰められてるみたい。助けてくれって泣きながらに訴えてきてさ。そんなの無理。なんであいつを助けなきゃいけないわけ?」


「そうだね」

「一生懸命証拠は消そうとしたみたいだよ。車を走らせて、どこかの海に捨てたんだって。警察ってすごいね、やっぱり。どこに行ったかの場所だけわかったらしくて。車だけ見つかってないみたい」

「そこまでしてビビってるんだ」


「すごい剣幕だったらしい。その写真とか見せて、自白させようとしたみたい。完全に腰抜かしててさ」

 ざまあみろと言わんばかりの含みのある笑いをしている。

「私が話せば、すべてが解決。たぶん、私も警察にマークされてると思うし。でもね、これでよかったんだ。お父さんを殺して、猫も殺して。隠して生きるなんて無理だもん」


「運転したのは」

「私じゃないって? でも、同じ車に乗ってた。雪彦が怖くて黙ってたけど、それ以上に耐えられなかったんだよね。誰かにちゃんと裁かれて、しっかりと向き合いたいって」

 この場所近くの駅で降りたことはあるため、交番の場所を知っている。凛子もそこに向かっているのだろう。住宅街を抜けて、大通りに出る。横断歩道の信号が点滅していたので、次の青信号で渡ることにする。赤に切り替わり、車が風を切って動き始めた。


「そうだったんだ。えらいよ、ほんと」

 頭に、嘉成家で起きた火災の事を思い出した。

「罪を犯した時点でえらくもなんともないよ」

「その罪から逃げた人だってたくさんいるのに、ちゃんと向き合おうとしてる。そんな人たちよりかは、断然」


 凛子は、なにも答えなかった。

 車が行きかい、対面に数人の人間が信号待ちをしていた。そこに気になる人物がいる。一人だけ妙に黒い、明らかに生者とは違うオーラを放った存在。例の生霊だ。胸騒ぎがする。体がなにかしらの信号を発し、動けと足が疼いていた。


 左側。荷台にいろんな電化製品を積んだトラックが、こちらに向かって突っ込んできている。轢き殺される、そう頭によぎると居ても立っても居られなかった。止まっている凛子にとびかかり、抱きしめたまま歩道を転がっていく。その中の一コマ、紫苑が間に立ちふさがって、なにかをしているように見えた。


 体を起こし、その惨状を見る。

 トラックは早優達が立っていた背後の建物に突っ込み、荷台に積んでいた家電製品は、早優が倒れた足先まで転がっていた。紫苑がきっと、止めてくれたのかもしれない。

「大丈夫か?」

 また同じように、早優の顔を覗く。

「平気」


 ゆっくりと立ち上がる。

「うちがおらんかったら、どないなっとったか」

 感謝しろとせがまれているように感じたが、これは素直に礼を伝えた。

「ほぅ、人に良いことをするのってこんな気持ちなんやなぁ。神様はこれに酔いしれとるんやろか」

 いちいち一言多いやつだ。


 丁度人だかりができ始め、凛子と支え合って後ろに下がった。スマホで撮影している人間もいる。建物の正面を二個超えた先の前で凛子の腰を下ろす。

「ありがとう」

「休んでて」

「あなたは?」

「気にしないで。警察呼ぶから」

 警察に電話をして、一連の事故とその場所の話をする。そうして電話を切った。


「いつから知っとったんか?」

 隣に立っている紫苑から話しかけられた。

「なにが?」

「猫の事。死んどるって」

「過去視した時。猫を助けようとして飛び出した凛子のお父さんの指をすり抜けてたから、あの黒猫も幽霊だって。その時には確証がなかったんだけど、喫茶店に入った時に、猫から引っかかれた跡がたくさんあった。それで、偶然じゃなかったんだって」


「なかなかやるやないの」

「紫苑さんだって知ってたんじゃないの? 知っててわざと黒猫になって」

 くすくすと悪戯に笑う。

「あぁ、狐になると逃げられるってあれは嘘か」

「嘘やないで? ほんまのことや」

「信じるよ?」


 自信たっぷりな目を見せた。それが回答ということで受け取る。

「しかし、あんなことするから紫苑さんがやったのかと思ったよ」

「うちはからかったつもりはないで?」

「そういうこと平気で言うから信じられないの」

 また悪戯に笑う。


 とは言え、おそらく紫苑がやってないということも分かっていた。紫苑の動物への変化は実体化する。一茂は参考になりにくいが、凛子が一番わかりやすかった。電話をしている凛子に、わざと轢いた黒猫と見分けがつかない黒猫の姿をして足にすり寄り、それを見て反射的に腰を抜かした時だ。


 後はどうやって凛子の父親に伝えるか。そのまま黒猫の状態を伝えるというのは、精神的に抵抗がある。

 パトカーのサイレンが鳴り響き、現場に到着した。

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