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閻魔と狐――閻魔を継ぐ女と美女の妖狐――  作者: 瀬ヶ原悠馬
第一章 黒猫が前を通る
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14.強くなった呪い

 夕飯を終えて、洗面所にある鏡の前でドライヤーを使い、髪を乾かしていた。夕食の時には目立った霊障はなかった。物音が多少うるさかったものの、大げさに騒ぐものでもない。凛子自身は怖かっただろうが、そういうのには慣れている三人がいる。大したことでは驚かない。

「お前さん背中のそれ、どないしたん?」

 鏡には反射して写っていない紫苑が隣でそう話す。風呂に入る前に見たであろう背中の刺青の事だろうか。


「それがどうしたの?」

「まさか、お前さんが次期当主だったとは思いもせえへんかったわぁ」

 手が止まる。

「どこまで知ってるの?」

 またくすくすと笑っている。ここまで家庭の事情を知られているというのは、あまり心地の良いものではない。


 ドンッ!

 ドライヤーを封殺するようにして、二階から大きな叩く音がこちらまで響いた。思わず、ドアに顔を向けてしまった。まだ十分に乾かせている気はないが、急いで早優の部屋へと向かう。扉の外にいた生霊はいない。


 扉を開けると、生霊を貫通して目前に立っていた。そこに立っているとは夢にも思わず、仰け反ってしまう。強い怨念と存在感は相変わらず主張しており、迫力は相当なものだ。辛うじて服は識別できるものの、以前よりかは黒がかっている。ほぼ髪の毛と同じ色にまで近づいていた。目だけが白色で、口の奥の歯と舌を覗かせている。鼻や耳などのパーツは識別できない。


 じっと生霊に焦点を合わせて避けるようにして通り、布団の上で(うずく)っている凛子に近づいた。

「どうしたの?」

「誰かがずっと扉を蹴ってるの!」

 生霊の背中に視線を送り、凛子の背中を撫でた。

「もう嫌だこんなの!」


 凛子が嗚咽を漏らす。限界が来ているようだ。

「紫苑さん! 退魔刀を返して! お願い!」

 紫苑の姿が見えないのは、また靄となっているに違いない。しかし、そう部屋中に轟かせたとて、現れることはしなかった。いつもなら調子よく嫌味でも言ってくるくせに、このような肝心な時には出てこない。怒りの沸点が上がり、頭に熱が上がるのも自覚できた。


 廊下から姿を覗かせたのは、花蓮と一茂の二人だけ。花蓮が早優の傍に腰を下ろした。

「大丈夫ですか?」

 悔しさで答える余裕もない。花蓮の問いに答えなかった。

「一茂さん。私、ここで寝ます」

「わかった。なにかあったら言ってね」

「一茂さんこそ」


 一茂が扉に手をかけた時、花蓮は立ち上がって一緒に部屋を後にした。未だ生霊は中にいる。


 部屋の照明がいきなり消えた。思わず天井に顔を向けてしまう。背後にあるカーテンから漏れる、わずかな街灯かなにかの明かりが張り切っている。生霊に目を戻すと、その場所にはもういなかった。


 暗いこともあるだろうが、濃い人型のシルエットすらない。凛子は、嗚咽を漏らしてさらに怖がってしまった。照明をつけるために立ち上がって、扉近くのスイッチまで移動する。


 カチッと音を立てたのをこの耳で聞いたはずなのに、何故か全く照明がつかない。何度も何度もスイッチを入り切りするも、それでも反応しない。


 扉が開かれる。少し開いただけで止まってしまった。そして、また扉は動き出す。敷布団を持ったその存在を見て、そっと胸を撫で下ろした。

「なんだ、花蓮さんか」

「どうしたんですか?」

 天井に視線を向けているので、照明のことだろう。


「知らない。突然切れちゃった」

「故障でしょうか」

 部屋の中に敷布団を入れて、優しく扉を閉めた。扉近くに布団を敷く。

「早優さん」


 声をかけられたので、花蓮の顔を見る。早優とは目が合わない。視線の先を辿っていくと、布団の上で蹲っている凛子の隣の布団――早優の布団だが、それが独りでに盛り上がっている。


 枕側からゆっくりと盛り上がりが足元、早優の方に近づいている。床を舐めるように、そして芋虫が木を登るようにして段々と。


 心臓の鼓動が早くなる。手で押さえなくとも全身に伝わってくる。しゃがんで、掛け布団を手で握った。こうして掴んだのはいいが、その次の手順にいくまでの壁が高い。勢いよく捲ってしまえば、現実がすぐに分かるだろう。このまま(くすぶ)らせているよりも、圧倒的に楽になれるはずだ。


 だが、それを知るのも怖い。その恐怖が、行く手を阻んでいる。もう布団を握った手に触れてしまいそうだ。もう今しかない。意を決して思い切りめくる。


 しかし、中には誰もいない。呼吸がただ、荒くなっていることが伝わるだけ。布団をもとに戻し、凛子の背中に語りかけた。

「大丈夫だから。花蓮さんも私もいるから」

「なんで私がこんなに恨まれるの! 私がなにしたっていうの!」

 なにも答えられなかった。どう答えていいか、言葉が出てこない。


「人は、誰かを恨むことがある生き物です」

 花蓮の声が聞こえる。

「些細なことだったり、誰に話しても多くが理解してもらえるものだったり。物によっては、恨まれている人が理不尽に感じることもあるかと思われます。あなたがすべてを背負わなくていいんです。私達を見てください」


 凛子が顔を上げた。怖さで顔が歪んでいる。

「寝にくいかもしれませんが、とりあえず横になりませんか? 明日また、考えませんか?」

 じっと、早優の奥を見つめている。手で目を拭い、布団をかぶって横になった。それを見たのか、背後で動きを感じる。


 早優も布団を被る。白い天井が目に入った。今やその白さも灰色に近いかも知れない。こんな状況で果たして寝られるのか。恋バナでもして修学旅行気分でも味わいたいが、さすがにそんな空気感でもない。


 枕を投げて遊びたい。凛子に首を曲げても、こちらに背を向けて横になっている。どうせ寝られていないのだから、こっち向いて目を開けている姿を見せてくれても良いだろうに。そうすれば、多少なにかしらの話はできただろう。


 仕方ないので、また天井に視線を戻す。

 すると、灰色がかった天井に、なにやら違和感を覚えた。黒い点が見える。食いるようにしてその点を凝視してしまった。


 次第に周りがそこを中心として歪んでいき、盛り上がっているように感じる。尖っているといえばいいだろうか。木目があれば、その線がその中心に吸い寄せられていくのも感じられたかもしれない。


 やがて、鼻先が現れた。死んだような肌の色をしている。あの生霊だろうか。固唾をのんでしまう。恐怖で体が動かない。鼻を中心として段々と顔があらわになっていく。


 上唇と目の下まで見える。口を開けた気色のない唇が現れ、かっと開かれた白目が現れる。声が聞こえることはない。

「ねぇ、花蓮さん」

 思わず花蓮に声をかけてしまう。

「なんですか?」

 返事が来たが、生霊から目を話すことが出来ない。


「天井」

 しばらく返事がない。

「天井がどうかしたんですか?」

「見えないの?」

 沈黙が辺りを包む。顔が全て出て、また更に顔を突き出してきた。長い黒髪に引っ張られているようにも見える。じっくりゆっくりと着実に姿を現していく。


「なにいるんですか?」

「たす、けて。私、こんなの経験したことない」

 花蓮がそばにきた。早優の顔を心配そうにのぞいている。

「今、かけますのでお待ちください」

 布団と背中の間に手を滑り込ませて、早優の体を起こそうとする。体から黒い靄が出て、早優を跨るようにして紫苑が現れた。


 早優が手で花蓮に静止を呼びかける。紫苑の裾が天井に伸び、弧を描くようにして天井から生えてくる生霊の顔を横切った。


 すると、生霊は天井に潜っていき、やがて存在が消える。

「花蓮さん、もう大丈夫」

「本当?」

「うん」

 紫苑は、早優を見下ろした。


「大丈夫かぁ?」

 今更出てきても困る。先ほど無視したのは何故か。

「おやまぁ、怒ってはるん? 言うたやろ? お前さんがちゃんとあの幽霊の願いを叶えるまで、退魔刀は返さへん。お前さんと遊びたいんや。これ渡したら、うちは殺されるかもしれへんし」

 今でも十分殺される動機を持たせてるとは思うけど、と思ったが、心の内に留める。


「ここで死なれても面白くないし、花蓮とやらに死なれてもなぁ。お前さんが気力をなくすかもしれへん。まぁ、花蓮はん花蓮はんで、自分に守護を掛けられるやろうから、うちの助けはいらんかったか?」

 感謝しろとでもいいたいのだろうか。

 花蓮は視界からいなくなっているところをみる限り、自分の布団に戻ったのだろう。


「まぁなにも言わんならええけど。ほなさいなら。またな」

 と、また黒い靄になりそうだったので、一応感謝を伝えた。紫苑は初めて笑窪を見せた。

「ちゃんと言えるんやなぁ。偉い偉い。素直が一番や」

「あんたに言われたくない」


「刺があるのもまた可愛いなぁ。薔薇にだって綺麗なところはあるしなぁ」

 早優はそれに答えず、横を向いて目をつぶった。左耳からくすくすという笑い声が聞こえるが、いつものように黒い靄となって同化したのだろう。寝られるかどうかわからないが、気合で寝ることを決意する。

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