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閻魔と狐――閻魔を継ぐ女と九尾の妖狐――  作者: 瀬ヶ原悠馬
第一章 黒猫が前を通る
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13.妖術の源

 寺の敷地内である、道路近くの駐車場にバイクを停めて階段を登った。あの現場にいたのだから、自身がターゲットになる可能性まで考えていたが、あの生霊は見られない。一歩一歩と階段を着実に進んでいく中、風で木々がこすれる音だけが響き渡る。


 早優に対して一切の害がない。ターゲットにはなっていなかったのだろう。あくまで凛子に狙いを定めているようだ。階段を登りきり、自宅の前まで行って引き戸を開ける。

「ただいま」

 そういうと、奥から花蓮の返事が聞こえた。リビングから凛子が出てくる。


「どこ行ってたの?」

 思わず、くいるようにして見てしまった。凛子の背後にくっきりと黒く濃い、あの生霊の存在がある。

「ねえ、聞いてる?」

「え?」


「だから、どこいってたのって」

「ちょっと、紗奈さんのところに」

「なんで?」

「個人的に気になることがあって」


 具体的に全て話せるわけではなかったので、そうぼかしてこれ以上突っ込ませない雰囲気を漂わせるようにして、強引に足を進めた。


 ダリビングに入り、キッチンの中で花蓮が料理を作っていた。凛子はテーブルの近く、座布団の上で正座で座っており、テレビを鑑賞している。


 あの生霊はより一層存在感を主張して、凛子を抱きしめている。紫苑は凛子の方角に足を進めて、隣に腰を掛けた。


 早優は花蓮の隣まで移動して、凛子の様子を気を配って声をひそめる。

「ねぇ、変わった様子はない?」

「変わった様子ですか?」

「その、突然電気が消えたりとか」


「そのようなことはございませんよ。結界を張っておりますので」

「そうだけど」

「この結界を超える存在が来ているんですか?」

「うん」


「そうにしても、なにも起きていません」

 昨日寝る時に部屋で起きたことを話すか否か迷ったが、最終的に話さない決断をした。そんなことを話したところで、これから先はなにも変わらない。


 ついていたテレビが、一瞬だけ放送していない深夜のときの画面になり、高音を発した。

「なに!」

 ミステリードラマにすぐ戻る。呪いを強めているのだから、生霊の仕業に違いない。生霊の様子は変わらず、凛子を抱きしめている。


 生霊の体は、はっきりと存在がある紫苑の体に隠れていて具体的にどうなっているのかは分からないが、生霊の顔が凛子の右耳付近にある。


 生霊のこめかみを貫通して凛子の右腕がめり込んていた。次第に姿勢を崩して、テーブルに肘をつく。

「変な声が聞こえる」

 凛子の左隣に行く。辛そうな顔をしている。

「どうしたの?」

「耳を塞いでも聞こえるの」


「なんて?」

「ずっと唸ってる」

 やはりなにかが起きている。存在をちゃんと主張してここにいられる自体、強力になった証拠だ。


 どうしたものか。早優は除霊など使えない。紫苑に頼むことは出来ないだろう。おそらく、また適当なことを言って拒むに違いない。花蓮に頼むくらいしかないだろう。


 存在を感じたり姿を見たりすることは出来ないが、結界を張ることや除霊などの手段は出来る。聞いてみるしかないか。


 夕飯を作っている最中の花蓮に耳打ちした。

「ねぇ、除霊できる?」

「誰かいるのですか?」

「凛子さんにべったりくっついて抱きしめてる。前よりもなんか強くなってて」


「この結界では効かないほどの霊を退治することは難しいと思われます」

「しかも、生霊じゃ無理かな。呪いかけたみたい」

「呪い、ですか。呪いなら、多少身を守ることなら出来るかも知れません。周囲に及ぼすことで、本人がなにかしらの不運に巻き込まれる場合は難しいかもしれませんが」


「ご飯作り終わってからでいいから、お願いできる?」

「もちろんです」

 凛子の隣に行き、背中を撫でた。


 誰かの足音が聞こえる。天井からだ。一茂は寺の敷地内の掃除に行っており、早優と花蓮はここにいる。他の人間が上にいるとは思えない。

「子どもでもおるんか?」

 紫苑は早優の顔を見て言った。首を横に振る。


「だとすると、こやつの仕業か」

 生霊を見ながらそういった。

「どんな手を使うたんやら。ここにいながら物音立てる、相当な力やで? お前さんが人間なら、さぞ美味しい命力があるんやろなぁ」


 早優は首を傾げる。

「おやまぁ、命力のこと知らんか? 命力言うんは、うちら妖怪言うところの妖術の源。どっかの本やテレビでよく聞く、魔力言うやつか。例えるならあれやな」

 なるほど、と思った。色々聞きたいことはあるが、ここで聞くのは目立ちすぎる。花蓮がいる側は別に問題ないのだが、精神的に参っている凛子の側では止めておこう。


 そうこうしているうちに花蓮が夕食を作り終え、テーブルに食材を並べていった。そうして準備が整うと、紫苑と重なるようにして床に膝をつく。紫苑は後退して、背後の生霊を見つめていた。


「凛子さん。失礼いたします」

 背中に触れ、呪文を唱えていく。その次に、右肩左肩と順に指先で触れていった。べったりくっついていた生霊が剥がされていき、紫苑の体を通り抜けて直立する。


「どうですか?」

 早優の顔を見ていった。

「離れたよ」

 何一つ表情を変えずに立ち上がった。凛子の顔色が変化している。

「少し、楽になりました」


 見上げてお礼を言う。花蓮は少しだけ微笑み、リビングを後にした。張り付けなくなった生霊は、歩く動作を用いてリビングから外に出る。


 紫苑と一緒に後をつけた。

 早優の部屋の前で泊まっている。

「なにがしたいの?」

 やはり、問いかけたところで返事をしない。そういうところは相変わらず、生霊の特徴と同じだ。


「無駄やで。ほっときい」

「そう言われても」

「ええから」

 モヤモヤした感情はある。退魔刀で殺せば確実に終わらせることができるが、紫苑は絶対に返さないだろう。


「そういえばさ、紫苑さん。さっき」

 くすくすとまた笑っている。

「なに?」

「うちの名前を初めて呼んでくれたな。嬉しいなぁ」

「うるさいな」


 途切れた話の先を続ける。

「命力のことなんだけど」

「ほう、興味あるか?」

 早優は頷く。

「さっき美味しそうとか言ってたけど、エネルギーって恨む感情なの?」


「思いの強さを選ぶ時、それが一番手っ取り早い言う意味や。もちろん、幸せや怒りの感情、誰かの思いが詰まった物でもなんでもええ。けど、それこそ呪物や人を恨む感情は煮込むやろ? うちらはそれが一番効率がええ」


「ふーん、あっ」

 そうか。あの噛み跡は、なにかしらの妖怪の仕業かもしれない。早優と同じように妖怪と行動を共にしている何者かがいて、妖怪の力を借りて人に呪いをかけているとしたら。


「しかしなぁ、人の恨みは厄介でな? 苦しんどるくせに手放そうとせえへん。うちらが勝手に食べることは出来ひん。魂の一部と一緒に食うことになるからな。やから、物に込めてくれた方がいいんやけど、まぁそれは、妖怪の性格によるか」

 悪戯な笑みを目に浮かべて、口元を隠してくすくすと笑った。


「たとえそやつの恨みを食らおうとして、噛んだだけでは恨みをもらうことなど出来ひんよ? ましてや、こう本人の姿をしとる形で、恨みを相手に飛ばすこともなぁ?」

 助言をしたと思いきや、早優の心を見透かしたかのように否定してきた。またからかわれているのかと思い、少し不愉快な気持ちになる。下の階から花蓮の呼ぶ声がしたので、紫苑の言う通り生霊を無視して二階を後にした。

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