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閻魔と狐――閻魔を継ぐ女と九尾の妖狐――  作者: 瀬ヶ原悠馬
第一章 黒猫が前を通る
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9.そんなはずはない。

 夕食や風呂など順当に終わらせて、寝る時間が来る。二つ目の布団は偶然余っていたので、それを使って凛子を寝かせた。早優はその隣で寝ている。


 事、紫苑は現在に至るまで猫に戻っていた。相変わらずキャットフードは拒否しているようで、その辺も相まってあの猫が普通ではないことは、一茂や花蓮に伝わっているらしい。


 こちらに背を向けて寝ている、凛子の背中に向けて話す。

「明日、生霊の正体探すから」

「どうやって?」

 意外にも返事があった。


「スマホ持ってきてるよね」

「うん。写真から探したいの?」

「うん」

「友達が恨んでるって?」


「まぁ、身近な誰かであると思うよ。誰かもわからない人間を恨むことはないだろうし」

「覚悟できてない」


 心のうちの声を初めて聞いた。

「自分が仲いいと思ってる相手から、恨まれてるって知ったらってこと?」

「そう」

「そういうもんじゃないかな」


「毎日そういう生活送ってるの?」

「え?」

「だって、もう慣れてるって口ぶりだから」


 学生時代のことを思い出す。早優に出来た少ない友達の一人から、その人がある男子生徒のことが好きで片思いしてる中、相手は早優が気になっていたらしく″自分がこんだけ悩んで思っているのに、努力もしていないくせに好かれているあんたが憎い″という理由で、ずっと恨んでいたらしい。


 その鏡に反射しないのだから、ぴったり背後にくっついていたらわからなかった。学校の帰り道に存在を主張するように、早優を遠くからストーキングしていて、その気配で随分と怖い思いをしたことがある。


 当然、誰か男の人につけられていると思ったのだが、堂々と立って立ち止まっていた。体が透けているような気がしたが、万が一とも思ったので早歩きで移動した。


 スマホのカメラを使って背後を盗み見ると、歩くモーション無くして近づいてくる薄い人影が後をつけていることがわかった。


 その姿は、いつものように接してくれた友人とわかったときには、かなり胸を痛めたことだ。

「細かくは聞かないよ」

「いや、別に話したくないわけじゃなくて、ちょっと思い出しちゃって」

「ごめん」

「私から話を振ったようなものなんだから、気にしないで。


 確かにあったよ。昔。だいぶ前から恨んでたらしいけど、いつも通りだったから、随分とショックだった」


「そう、だよね」

「でもさ、本当に友達なら、ぶつかり合ってもいいと思う」

 凛子は黙る。その背中をじっと見つめた。布団越しでも分かる、胎児型で横になっている姿。


 こうして誰の家に、泊まったり泊めたりしたのは何年ぶりだろうか。

 背中の入れ墨に気負わされず、早優を早優として見てくれる人がいただけでも嬉しかった。数は少ない上、早優に陰口悪口言う人間はかなりいたが、それでも気の知った友人同士で群れて遊ぶのは心地がよかった。


 寝ようかと思ったその時、視界に気になるものが映った。不意な一コマ。全く前兆もなく唐突に現れ、呆然としていたら気づかなかったかもしれない。


 早優が普段から使っている鏡の中に、黒い物体が映っている。人のサイズをしているのに、この部屋には誰もいない。徐々にそのシルエットのサイズが大きくなっていく。粗悪なコマ送り。


 次第にそのシルエットが鏡にベタッと張り付りついた。顔がなにか見えたわけでもないが、そこに張り付いているという印象を受けた。


 人という漢字のように鏡を支えていたのに関わらず、独りでに動いて前方に倒れた。その鏡は、凛子が寝ている布団の下底を掠る。


「なに?」

 慌てて凛子は飛び起きた。紫苑が悪戯でやったのかもしれないが、あの人影がそれではないと主張している。


 そんなはずはない。ただの霊があの結界を超すことはまずあり得ない。早優は起き上がって、その鏡を起こす。すると、あの生霊の顔が鏡の内側に張り付いており、それが煙のように薄くなって消えていく。

「そんな、あり得ない」

「なに? どうしたの?」


 鏡を元の状態に戻す。

「自分から言っておいて申し訳ないんだけど、あの生霊が」

 瞳を潤ませて視線が泳ぐ。酷く動揺しているようだ。


「明日ちゃんと調べるから。ね?」

 なにも答えない。

 早優の布団に、紫苑が化けた黒猫が立っている。可愛らしい目をしてこちらを見ている。扉にわずかな隙間が空いていた。


 なにかしらの能力を用いて開けたのだろうか。それとも猫の姿で開けたのか。詳しいことはわからないが、早優の上に立っていた猫は黒い靄となって人の姿を作った。

「さっきまで猫のふりしてネズミを追っかけててな? 首根っこを噛んで捕まえる、引っかいて攻撃する思うたんやけど、汚のうてしゃあない。


 うちの持ってる術を使うて、ネズミを締め上げてみたんや。そしたらなぁ? 不思議なことに、だからといってキャットフードを食べん罪悪感が消えるなんてことなかったわぁ。困ったもんやなぁ」


 悪戯な笑みを浮かべてクスクスと笑う。

 こんなタイミングで出るか、と思ったが全てをのみ込んだ。紫苑に手招きをする。


 紙とペンが欲しかった早優は、部屋の右角にある勉強机からペンを取り出し、フローリングの床を利用して紙に書いていく。

――この部屋にあの生霊が出た。

「ほう、不気味な話やなぁ」

――茶化さないで。結界が張られてるの知ってるでしょ?

「わかっとるよ。やはり普通の幽霊ではなかったようやな」


――どうしよう

「まぁ、うちにそのような不安をこぼしてくれるとはなぁ」

 紫苑を睨みつける。

「くわばらくわばら。生霊なら、とりあえず明日調べる必要があるんやないの? 元からそのつもりやろ?」

――うん

「なら、それでええ。今日は我慢やな」 

――それが無理だから聞いたのに


「うちに妖術を使うて守ってほしい、そう言うとるんか?」

――どうせ無理って言うから、なにか方法がないかって聞いたのに

「ようわかっとる。自分でなんとかするんや。助言はしてやってもええけどな? 妖術を使うようお前さんの願いで助ける言うんやったら、そりゃ代償が付き物やわぁ」


 思わず、ため息をついてしまった。ペンを走らせる。

――なに差し出せばいいの?

「やる気なんかぁ? やめときぃ。お前さんには出来ひん」

――馬鹿にしないで

「退魔刀なら考えてやってもええけどな?」

 手が止まってしまった。そんなことは出来ない。


「だから言うたやろ?」

 くすくすと笑う。結局、自力でなんとかしなくてはならないようだ。このまま我慢するしかない。早優はこの環境でも寝ることが出来るが、凛子はどうだろうか。


 盛り上がった布団から凛子の様子は計れない。寝に入っているのであれば、起こしてはまずいだろう。声をかけることができず、そのまま布団を自身に掛けた早優は目をつぶった。

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