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霊界案内人の私と猫に化けた妖狐  作者: 瀬ヶ原悠馬
第一章 黒猫が前を通る
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1.時が動き出す

 十数年前、白澤(しらさわ)早優(さゆ)は実家の火災を経験した。


 臭い臭気にまみれ、辺りはチリチリと燃える業火の音。窓もない空間。布の敷物や布団などからも炎を噴き出し、棚が顕になって焼き尽くしている。肌が焼けるほどの熱さを感じ、呆然とうなだれている中、慌ててこちらに向かって一人の女性が助けてくれる光景は今でも脳裏に焼きついている。


 まるで、まぶたの裏側がプロジェクターの映像を受け取るスクリーンの役割しているようだ。しかし、現実は室内の明かりがフィルターを通して仄かな白色を映し出している。腰に添えた日本刀をぎゅっと握りしめ、早優は正座をして呼吸を整えていた。


 視界を開く。道場の中央には五本の巻藁。一週間に一度の修行として日々鍛錬をしていた。精神統一、剣技、運動などだ。最初は心の鍛錬が動機だったのだが、今では刀を持って巻藁を目の前にしている。


 数十年も前は考えられなかった。その時はまだ学生――丁度高校一年だろうか。思春期真っ只中だった早優は、友達もどうせ出来ずに孤独な毎日を過ごすのだろうと半分割り切り、人にはきつく当たっていた時期だ。


 だが、今は違う。二十五歳にもなった。

 ゆっくりと立ち上がり、鞘から刀を抜く。紛うことなき真剣(しんけん)であり、二歩三歩と巻藁に詰め寄る。刃先を添えて、何度も握り直しては息を整えた。


 足を大きく開き、刀を離していく。一気に斜めに振り下ろし、巻き藁に切り込みを入れる。しかし、三本目までは切れたものの、四本目に切れ目をいれることしか切れなかった。思わずため息が出てしまう。

「ここまでか」


 道場の扉が開かれる。ストレートロングの黒髪をした、表情をあまり変えない四十代前半の女性がそこに立っている。


「夕食、出来ましたよ」

 彼女の名前は花蓮(かれん)という。もちろん本名ではない。早優は花蓮に助けられ、今の今まで育ててくれている。使用人にも近いのだろうが、実の母親のようであり、心の拠り所でもある。


「ありがとう」

 鞘に刀をしまう。その足で、花蓮の元に向かった。

「三本も切れたんですね」

 視線は、早優の奥へと向けられたいる。振り返り、残骸を見つめた。

「まだまだだよ。最終的には切れるようになりたい」


「今、お聞きしてもよろしいですか?」

 勿体ぶったように聞いてきた。花蓮に顔を向ける。

「未練がお有りですか?」

 花蓮に視線を戻すと、視線を下に落としていた。目が合わない。表情は微々たるものだが、声色には複雑な思いが乗せられていた。


「そういうわけじゃないよ」

 石段の上に、(かかと)を揃えられた白色のスニーカーを履く。

「戻ろう? 一緒にご飯食べるんでしょ?」

「はい」

 左から生えた木々が風で擦られる。鈴虫の音が心地よい。


     ・ ・ ・


 寺の本堂を通り過ぎ、真っ直ぐ突き進んだところにある平屋に入る。花蓮はリビングに向かったが、早優は自分の部屋へと行った。入って正面にある人の背ぐらいのガラスと洋服箪笥があり、その箪笥の前に立った。


 道着を脱いで綺麗に畳んで傍に置き、下から二段目の引き出しを開けて、オフショルのシャツとスカートを取り出す。部屋着なのだから軽くでいいが、かといって着崩したい程でもない。


 今はこの気分なため、それを鏡の前に立って着用していった。これでバッチリ。

 高校の時には派手な女子生徒もたくさんいたが、ギャルのような格好はあまり好ましくも思っていなく、背中が開いたものは余計に着れない。


 物心つく前に、背中にマントラと三途の川の入れ墨をされていて、水泳はすべて欠席をした。早優だけが補習授業となり、後に対応してもらう。


 他の体育の時は教員に協力してもらって、身体測定と同じように早優だけ別室を用意してもらった。色々と不便がありすぎて、自宅で過ごす分にはなにも問題はないものの、人に知られないように生活するのも中々大変たった。


 背中が空いた洋風のドレスに多少は憧れがあるも、目を輝かすほどドレスを着たいと思っているわけでもない。そういう意味では負担にならなくてよかった。


 身なりを整え、自分の部屋を出る。

 リビングの瀬の低い楕円形のテーブルの上に並べられ、座布団の上に正座して座る。正面には、養子に迎えてくれた住職の白澤一茂(かずしげ)、その隣に花蓮が座っていた。


 三人で手を合わせる。

「いただきます」

 雑多な和食だ。大好き焼き鮭が入っている。一茂が、早優から対角線上にあるテレビ台の上に乗った大きめのテレビの画面をつけた。


 そこには、歴史ミステリーという番組がやっていた。歴史というからにはエジプトのピラミッドなどの建造物かと思いきや、オカルト界隈や宗教関係に興味を惹かれるであろう、数十年前の嘉成(かなり)家炎上の真相について組まれていた。


 肝が冷える思いをする。一茂は番組を変えると、次は心霊特番だ。とある劇場で出ると噂されている一室で、芸能人二人二組で検証をしていた。変えようとした一茂に、そのままで良いと早優は伝える。


 霊は写ってないものの、声は聞こえる。演者ではない。スタッフなのかわからないが、早く帰ってと女の人の声がはっきりと聞こえる。


 心霊スポットと言って肝試しのように入っているが、そもそも霊が場所を通ったり、彷徨っていてたまたまその場所が気になってそこにいるような観光気分の人もいる。


 それを含めると、霊などそこら中にいるのだ。この霊は、この場所に思い出があり留まっているようで、自分の世界を汚されたくないらしい。機材やらなにやらを持ち込んで嫌な気持ちをしているようで、その場にいる人間に気づいてもらいたいようだが、その思いが伝わらなくて唸っている。


 この現場にいる人たちは気づかないようだ。カメラに入っているのがどうかすらわからない。

「夏場だからでしょうか」

 花蓮がそう呟く。

「そうでしょうね、きっと」

 一茂がそう答えた。


 もう十年近く一緒に生活しているが、早優が小さいときからの習慣で、花蓮は話すときに敬語が抜けないようだ。

「一茂さんは、心霊スポットに行ったことは?」

「私はないな。昔から興味がなくって」

「幽霊を最初に見たとき、どんな気持ちでした?」

「驚きもなく、怖くもなかったような。物心ついた時にはもう見えてたなぁ」


 花蓮は、早優に顔を向ける。横目でそれを確認した。

「なに?」

「いえ」

「早優さんもそうだったかな」

 と、一茂が言った。


「私は、まぁ」

「と言っても、私より凄いもんね」

 (おもんばか)るような声色でそう答える。きっと大変だっただろう、そんな風に思っているのだろう。

「幽霊で困ったことはないよ。人と違うものが見える苦労はあったけど、それ以前の問題だったし」


 喉が渇いたので、席を立ってキッチンにコップを持って向かう。冷蔵庫の中を開けると、麦茶と水しか入ってなかった。炭酸系で喉を潤したい気分だったが、残念ながら今の状態ではそれを叶えることは出来ない。


 コップをそのままにして、座っている二人のもとに向かって言う。

「飲み物買ってくるよ」

 花蓮が申し訳なさそうに謝った。


「謝らないで。炭酸が飲みたかっただけだから。ちょっと出かけてくる。近くの自販機に買いに行くだけだから、心配しないで」

 花蓮はテーブルに並べられた食事に視線を戻した。

「わかりました。いってらっしゃい」


 自分の部屋にある財布を持って、部屋を後にした。

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