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私の傍には、いつも黒猫がいてくれる

作者: うなぎ358


 長距離通勤に憧れて家から、二時間程かかる都心の大会社に就職した。最初こそ電車を乗り換えるのも楽しく感じたけど、残業のあとの疲れ切った体で長距離移動が嫌になって、ついにマンションで一人暮らしをすることになった。


 けど両親と兄弟と祖父母と賑やかに過ごしていたからか、広いマンションで一人は寂しく感じる。


「帰って来て誰もいないって、暗いだけじゃないのね……」


 家、部屋そのものが冷たい。電気を点けても寒々しさは変わらず、ストーブとコタツのスイッチを入れた。


「にゃ〜ん」


 すると昨年一目惚れして、うちの子になった黒猫のクゥが私の寝室から走ってかけよってくる。ベッドで寝ていたのかもしれない。


「ハァ〜……。クゥちゃん可愛い! 癒される〜!」


 私が抱きしめても、嫌がることなく腕の中でグルグルゥ〜ッと喉を鳴らす。


 黒猫には特別な思い入れがある。幼い頃を、一緒に過ごした子も黒猫だったからだ。



 そんなある日ベランダに小さな花が一輪置かれるようになった。ちなみに我が家は、マンションの七階なので、台風が来てもベランダに何か落ちてるなんて事はない。だから不自然としか言いようがない。


 ちなみにこの一週間、一日も欠かさずベランダに花が置かれつづけてる。


 今朝もカーテンを開けると、ベランダに黄色い小さな可愛らしい花が一輪、優しい風に花弁を揺らし横たわっていた。昨夜の八時半頃、会社から帰ってきたときには何もなかったから、夜中にこっそり何者かが侵入してるのだろうか?


 もう一つ、気になることがある。


 クゥの毛艶が、最近とても良い。今も目の前に座って毛繕いをしてるんだけど、ツヤツヤのピカピカで羨ましいくらいのキューティクル。


 それだけなら気にしないんだけど、ベランダと廊下と部屋のあちらこちらに、点々と小さな黒い毛玉が落ちてるのだ。


「クゥの毛だよね?」

「にゃ〜ん!」


 毛玉の一つを拾い話しかけると、クゥは毛繕いを中断して金色の目を細め私を見上げ、ひと鳴きする。まるで自分の毛玉だと言っているかのようだ。


 けどクゥの毛玉だけにしては多い。二、三匹分はありそうな毛量に思える。


「よし! 今日こそ謎を解くわよ!」


 拳を握り気合いを入れる。幸い明日は休みなので会社から帰ってきたら、ベランダを見張ってみようと思う。


 泥棒とかストーカーであれば、なんとかして撃退しなくてはならない。



 会社から帰って、夕食とお風呂も済ませると、ベランダのカーテンをほんの少しだけ開けて外の様子を伺う。不審者に遭遇したら危険だからと考え、手には先の鋭い傘を持って身構える。


 深夜零時。


 チリン……チリン……チリン……


 軽い鈴の音が、どこからか響いてきたかと思ったら、ベランダに軽やかにフワリと、黒猫が舞い降りてきた。それもただの黒猫じゃない。背中には妖精のような透き通った美しい三対の六枚羽が生えているのだ。


 そして咥えていた、小さな赤い花をベランダにソッと置いた。


「にゃにゃ〜ん!」


 と、その時、私の背後でクゥがベランダに向かって鳴いた。


「ミャーン」


 クゥの鳴き声に答えるように鳴くと、羽の生えた黒猫はトコトコ歩いて、ガラスもすり抜けて室内に入ってくる。


 クゥが嬉しそうに甘えるように、羽の生えた黒猫に擦り寄る。二匹はとても仲が良いらしく、お互いの体の毛繕いを丁寧にゆっくり時間をかけてやる。気持ち良さそうだ。


 しばらく二匹はじゃれたりしていたけどクゥが寝てしまうと、羽の生えた黒猫はトコトコと私の足元までやってきた。


「ミャーン」


 私が見ていたのを知っていたんだろう。


「ミャンミャミャーン!」


 足に擦り寄り、頭をこすりつけてくる。首元には、見覚えのある赤い鈴付きの首輪。


「まさかユゥなの?」

「ミャン!」


 間違いない。子供の頃、実家で飼っていた黒猫のユゥだ。生まれた時から、楽しい時もツライ時も、ずっと一緒に過ごした優しい黒猫ユゥ。


「嬉しい! ユゥまた会えるなんて思わなかった」

「ミャーン」


 膝をつき、ユゥを脅かさないように、ゆっくり抱き上げる。不思議なことに抱きしめることもできた。ユゥの小さな赤い舌が、私の頬を流れる涙を舐める。


「ミャー」


 ひと鳴きすると、私の腕の中からスルリと飛び降りた。


「ミャーン」


 青い綺麗な目で私を見つめながら、羽を羽ばたかせるとクルリと室内を一周。


「ミャー」


 最後に私の頬をもう一度、舐めてからベランダに向かって飛んだ。


「ユゥ、待って!」

 

 手を伸ばしたけど、届かなかった。ユゥは、空気に溶けるようにして消えていってしまった。


「にゃ〜ん!」


 寝ていたはずのクゥが、まるで”自分がいるから寂しがるな”と、言わんばかりに足元に擦り寄って私の体によじ登り頬を舐めてくる。


「そうだね。今はクゥお前がいるから寂しくないわ」


 温かいクゥの体を抱えなおし撫でる。クゥが嬉しそうにグルグルゥ〜ッと喉を鳴らす。



 次の日からは、ベランダに花が置かれることはなくなってしまったけど、そのかわりクゥがいつでも私の傍から離れずにいてくれる。



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