ありがとう
今まで一度もないことだから、わからない。
……それは。
「誰も彼もが、虜になるということですか?」
「……あぁ」
ジュリアン殿下はゆっくりと頷くと、私を見つめました。
「兄上は、完璧だ。その知力も、美貌も、武術も――全てが完璧で、だからこそ兄上に皆夢中になる」
完璧……ですか。
そんな人間など一人もいないと思いますが。
完璧であるとしたら、それはもはや人ではないでしょう。
「君は本当になんとも思わないのか?」
「はい」
全く胸のときめきも、視線の独占も、抱きつきたくなる欲求もわきませんでした。
「……そうか」
ジュリアン殿下は困った顔をすると、もう一度呟きました。
「君のような女性は初めてだ」
「そもそも私はジュリアン殿下の妻ですから、メイナード殿下に夢中になる方が困るのでは?」
メイナード殿下にかまけて、公務をサボるなんてことはしないにしても、あまりに外聞が悪いですよね。
まぁ、ジュリアン殿下は、アスノ殿下に夢中ですが。
「それはそうだが……」
「そうでしょう? なら、無問題です」
私は微笑むとジュリアン殿下を見つめました。
「せっかくのお披露目の夜会ですもの。もう一曲、踊ってくださいますか?」
「――あぁ」
ジュリアン殿下は私の手を取りました。
ジュリアン殿下のエスコートで、ワルツを踊ります。
「とても踊りやすいですね、ジュリアン殿下のエスコート」
「別に、私の雑な――」
「先ほども思いましたが。誰かと比べていませんか?」
ゆらゆら揺れる琥珀色の瞳を見つめます。
「雑だとは思いませんし、比べたいとも思いません。私はあなたのエスコートの話をしています」
「……っ!」
ジュリアン殿下は、目を見開くとふっと笑いました。
「君は本当に――予想外なひとだ」
「あら、それは光栄ですね。退屈しなくてすむでしょう?」
くるっと回転してジュリアン殿下に密着します。
「そうだな」
「――!」
頷いたジュリアン殿下の笑みは、年相応の青年の笑みで。
思わず、私は見惚れてしまいました。
「どうした?」
そんな私に気づいたジュリアン殿下が、得意げな顔をします。
「いえ、見惚れてしまいました」
「!?」
素直に認めるのは予想外だったのか、ジュリアン殿下は途端に顔を赤くしました。
「ふふ、照れてらっしゃる?」
「……くっ」
睨まれてもその赤い顔では、怖くありませんね。
さて、この曲もそろそろ終わりです。
国王夫妻たちは、ご高齢のため、開幕の挨拶が終わった後は戻られています。
国王夫妻には、改めて後日挨拶をするとして。
貴族たちが私たちを興味津々な視線で見つめていますから、そろそろ挨拶しなくては。
曲が終わりました。
中央から、話しやすい位置に移動します。
「リーネ」
移動中にジュリアン殿下から初めて名前を呼ばれました。
名前、ご存知だったのですね……!
軽い感動を覚えながら、ジュリアン殿下を見つめます。
「はい」
「……その」
モゴモゴと、言いづらそうに口を動かした後、きっ、とこちらを見つめ返しました。
「ありがとう」
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