第16妄想 とある放課後のできごと
「さてみずほよ」
放課後の委員会の時間に俺が威厳たっぷりに言う。
「プランは練られたか?」
腕まで組んでやるぜ。
「いいえ勇者様」
なぁにぃー?
驚きと戸惑いと怒りが入り混じった顔。そんな表情が存在するならば俺はきっとそんな表情をしていただろう。
「勇者様と一緒に決めた方がいいと思ったので」
にこりと微笑まれたが意味が分からん。
さっさと決めてくれた方が、俺としてはありがたいのだが。
「みゆうちゃんにとって大事なことは、自分とのデートプランを、勇者様が真剣に考えてくれていることだよ。内容なんて別に重要じゃなくて、勇者様が考えてくれているというその行為そのものが大事なの」
最後に、分かる? と小首を傾げてくるが、なるほどそうか。理解はできる。
要はどんなデートかということではなく、今この瞬間。俺がどんなデートにしようか考えていることが大事なんだな?
「では眷属みずほよ。女子はどんなところに連れて行ったら喜ぶ?」
俺が問うとみずほは少し考え始めた。
そんなに難しい質問をしただろうか?
「分かんない」
意外な返答だ。
「いやいやいやいや。分かんないわけないだろ?」
みずほが分からなければ、男の俺はもっと分からない。
頼むからもっと真剣に考えてくれ。
――ガララ。
やや慌て始めた俺に追い打ちをかけるように図書室の扉が開く。
ええい。このクソ忙しい時に客か……
「来ちゃった」
エヘヘ。と可愛い笑みを浮かべて現れたのはミサキだった。
忙しくても許す! むしろ女神?
「なななななな何しに?」
隣でみずほがクスクス笑っているのは無視する。
お前は俺のためにデートプランを考えていればいいのだ。
その間に俺はミサキとお喋りデートを決め込むぜ。
「この前貸してくれた悲報シリーズのラノベ。読んじゃったから返そうと思って」
え? わざわざそのためにこんな誰も来ない図書室に?
「言ってくれれば取りに行ったのに」
「え?」
ボソリと言ったからミサキには聞こえなかったらしい。
「勇者様は、ミサキちゃんの教室まで取りに行ったのにって言ってるよ」
みずほがまだクスクス笑ってる。
とゆーかお前。人前で勇者様って呼ぶんじゃないよ。
「勇者様?」
ミサキが疑問の声を上げる。
馬鹿にしたような表情をしているのだろう。
見たくもないから俺は俯くことにした。
「私もきみのことそう呼ぼうかな」
え?
思わず顔を上げるとミサキと目が合った。
馬鹿にしていない。微笑んでいる。
「やっとこっち見てくれた」
そのままミサキは俺の隣に座る。
「私思うんだけど」
そう言いながら俺が貸したラノベを開き始めた。
何が始まるんだ?
というよりも心臓の音がうるさすぎるんだが。
「カルドンとグラジオラスのコンビて凄く良くない?」
ラノベの話しか。カルドンは中二病を拗らせていて、グラジオラスに自分のことをマスターと呼ばせているんだよな。
「分かる!」
大きな声を出してしまった。
「深くは語らないのに絶妙な信頼感があるよね」
「グラジオラスがカルドンのことを信頼してるし、さりげに支えてるよね」
ミサキが微笑む。
よく読んでいるのが分かる。
自分が好きな物をここまで理解してくれてるのは嬉しい。
というよりも今まで自分が好きな物に理解を示してくれた人なんていなかった。
ただ1人みずほを除いては。
まぁ最近はみゆうも理解は示してくれているが、内容を理解しようとはしてくれていない。
「きみは好きなことを語る時は目が輝くんだね」
突然言われた。
どういうこと?
「今度さ、2人きりで出かけない? 近くにユメヒロができたの知ってる?」
ミサキからデートのお誘いだ。
ユメヒロと言えば、最近できた大型の商業施設で中に映画館やちょっとした遊園地まであるとかないとか。
そうか。女子はそういう場所が好きなのか。
「すっごく広い本屋さんがあってね、ラノベをたーくさん取り扱ってるんだって!」
ミサキが両手を大きく広げて、たーくさんを表現する。
とってもかわいい。
「ももももちろん!」
即答だった。
「約束ね」
ふふふ。と笑顔でミサキが去って行った。
なんて充実した放課後なんだろう。
「いいのかなー? 勇者様」
ニヤニヤしながらみずほが言う。
「む。何がだ?」
俺はその表情に少しむすっとした。
「みゆうちゃんと付き合ってるのに他の女子とデートなんてしちゃっていいの?」
はっ! そうだった。
いくら勇者でもそれは人の行動を外れた行為。
いやでも待てよ。みゆうとは正式に付き合ってるわけではないし、向こうが勝手に付き合ってると思い込んでいるだけのはず。
いやいやでも。俺はみゆうをれんとともやに紹介するつもりなわけだからそれはつまり……友人公認の仲になるわけだ。
それはつまり、俺もみゆうと付き合っていることを認めていることになるのでは?
「大変ね。勇者様は」
悩んでいる俺を置いて、こちらを見向きもせずにみずほは足はやに去って行ってしまった。
なにか怒らせることをしただろうか?
●
「そしたらみずほのやつ、さっさと俺を置いて行っちゃったんだよ。酷くない?」
その日の帰り、俺のことを待ってくれていたみゆうと一緒に帰りながら、俺は今さっきあったことを愚痴った。
「んで? 勇者はうちに浮気の告白をしたいわけ?」
「え? いや。そうじゃなくて」
「うちと勇者は付き合ってんだわ。勇者がどう思ってるとか関係なく。他の女と遊びたいならうちのことをフってからにしな」
俺の言葉を遮ってみゆうが早口に言う。
つまりミサキとデートはするなってことか……
「うちクラスのみんなに公表するわ」
短い沈黙の後、みゆうが突拍子もないことを言い出した。
「別に構わないよね? 勇者に後ろめたい気持ちがなければ」
グイグイ来るな。
別に後ろめたい気持ちはないけれども……
「じゃあさ、れんくんとともやくんに紹介した後に公表しない?」
特に理由があるわけではない。
とにかく今を乗り越えるために出た、口から出まかせだ。
「あーね。サプライズしたいんだ?」
ん? 勝手に勘違いしてくれてるぞ。
れんとともやにサプライズか……まぁかなり驚くだろうな。
「んじゃうちもサプライズするわ」
みゆうもれんとともやにサプライズしたいの? そんな仲よかったっけ?
「んじゃ決まり。あ、そうだ」
ふと思い出したようにみゆうが言う。
「今度ゆーたとあきらとうちの3人で旅行に行くんだ。泊まりだけどいいよな? 他の男も来るかもしれないけど」
え? 何? どういうこと?
俺と付き合ってるのに他の男と旅行に行くの? しかも泊まり? いいわけなくない?
俺にはショッピングモールすら他の女子と行かせてくれないのに?
でもやっぱり、ヤンキーはそういうノリなのかな?
ここでダメって言ったら、カッコ悪い気がするし、器が小さいとか思われそう。
「い。いいよ……」
みゆうの顔を見ると、驚いた表情をしていた。
くりくりの茶色い瞳をパチクリさせている。
ちょっと言い方が冷たかったかな。否定的に聞こえてしまったのかもしれない。
素直に謝ろう。
「ごめん」
「悪い」
俺とみゆうが同時に謝った。
お互いに目が合う。
みゆうがぷっと吹き出す。
つられて俺も吹き出した。
「勇者に嫉妬してもらうために嫌な嘘をついた。悪かった」
なるほど。そうだったのか。
「俺もごめん。いい人になろうと嘘ついた。本当は泊まりにも行ってほしくないみたいだ」
そう言うと、みゆうはぽーっとして両頬が赤く染まった。
気にせず俺は続ける。まだ謝んないといけないことがある。
「それから、ミサキさんとのこともごめん。ミサキさんには一緒に行けないことも、彼女がいることも正直に話すよ」
「あぁ。そのことはいいよ。うちから伝えるから」
ん? どゆこと?
俺が困惑した表情をしていると、みゆうが俺の手を取りブラブラさせてきた。
「一緒に帰ろ」
にこりと微笑まれる。
ドキンと俺の心臓が跳ねた。
自分の頬がオレンジ色なのは、空が夕焼けのせいだからだけじゃないのかもしれない。