第13妄想 図書館 後編
結局ミサキは何も借りなかった。
「やっぱり人間の心理なんて本を読んでも分かんないんだねー」
俺の目の前を歩きながら、ミサキの隣を歩くみずほに話しかけている。
「ミサキちゃん。お昼くらい一緒に食べて行こ?」
というみずほの提案で、ミサキは渋々激安のファミレスへ同行してくれた。
しかも俺の目の前の席に座ってくれている。
ある意味デートだ。
「あのさぁ」
ミサキが俺に話しかけてくる。
珍しい。
「男ってやっぱり、彼女ができても他の女と遊んだりするわけ?」
え? え? え? どうだろ?
友達なら彼氏や彼女関係なく、異性でも遊びに行くんじゃないか?
みゆうとかもそうだし。
「えっと……その……」
なんて言うのが正解なのか分からず、言いよどんでいると、ミサキが大きなため息をついた。
「やっぱり分かるわけないか……」
む? なんか失礼っぽい言い方じゃないか? それって、俺には分かるわけがないって言ってる?
まさかとは思うけど、ミサキも俺のことを見た目で判断するタイプ?
「隠れて遊ぶとかによって違うんじゃない?」
ミサキの隣に座るみずほが言う。
よく考えれば、ミサキはみずほとずっと付き合っている。
見た目で判断するタイプなわけがない。
今のは、俺がはっきりと言わなかったからだ。
「えっと。みゆうさん達と遊びに行ったけど、みんな普通に彼氏や彼女以外の異性と行動したりしてたよ?」
「それは、ダブルデートとかそーゆーのだからっしょ?」
そういうもんなの?
「あ。そういえば」
あの遊園地がダブルデートと呼ばれるものならば、明らかにダブルデートと呼ばれない状況で彼氏や彼女以外の異性と遊びに行っていた場面が何回かあった。
「この前ゆーたくんと帰っている時に、さくらさんと遭遇したんだけど。そのまま2人で遊びに行ったことあったけど、それはどう?」
「……それは……あそこに限っては浮気とは言えないわね……」
考えながらミサキが答える。
「やっぱり、みずほが言うように隠れてってのがでかいのかしら」
ブツブツ言ってるが、そんなに重要なことだろうか?
確かに隠れて他の異性と遊びに行ったら、それは後ろめたい気持ちがある場合が多いだろう。だが……
「でもさ。隠れて遊びに行く場合って2つの意味で後ろめたい気持ちがあるんじゃない?」
と俺は言った。
ミサキもみずほも意味が分からないといった表情をして、俺を見てきた。
「えっと。1つはミサキさんが言ったように本当に浮気をして、その気持ちから後ろめたいって場合。ミサキさんは、彼氏が彼女に黙って他の女と遊んだ場合はこれに全て該当するって思ってるわけでしょ?」
ここで俺は一息おいた。
「でも、さっきのゆーたくんの話しみたいに、突発的に異性と2人きりで遊びに行ってしまう場合もあるじゃん? その場合やましい気持ちがあるわけじゃないけど、何となく言いにくいってことあるじゃん? それも後ろめたい気持ちなんじゃないかな?」
「そっか。遊びに行ってもいいよとか言われてても、実際に行ったら何となく後ろめたい気持ちになっちゃうかもしれないもんね?」
みずほが納得したように言う。
「んじゃあそもそも遊びに行かなければよくない?」
ミサキが噛みついた。
「ゆーたくん達みたいに、かなり仲良い場合は遊びに行っちゃう気がするけどなぁ。ダイキくんにそういう女が居たのかは知らないけど」
と、最後に付け足すと、ミサキの表情が曇った。
「居たわ……」
ポツリとミサキがこぼした。
●
女癖が悪いのは知っていた。
それでも付き合ったのは、自分が一番だと思わせてくれていたからだ。
誕生日も記念日もクリスマスも全て一緒に過ごしてくれていた。
それに、学校へ行く時も帰る時も一緒に居てくれた。
たとえ他の女と遊んでいたとしても、自分が一番なんだと思っていた。信じていた。
他の女の影が見えてきたのは、暫くしてからだった。
私との約束を反故するようになり、口論したことがきっかけだった。
「何で約束破るの? 私の方が先に約束してたじゃん!」
「そういうところだよ! いつもいつも自分を優先させて! 正直疲れたんだよ! 俺にだって癒しが欲しいんだよ」
そう言ってダイキは他の女と遊びに行ってしまった。
私たちの関係はこれまでなんだな。と直感した。
「それから間もなくよ。私たちが別れたのは……」
ミサキはそう締めくくった。
「重すぎたのかな?」
ポツリと俺が言うと、ミサキが肯定した。
「たぶんね」
「それでも別れるのは違うと思うけど」
と俺が言うと、驚いたような表情でミサキがこっちを見る。
みずほは微笑んでいる。
「え? だって。重いってことは、それだけダイキくんのことを好きだったってことでしょ? 自分のことをそれだけ想ってくれる人ってそんなに居ない気がするし。それこそ蛙化とかもそうだけど、たった一時の感情で好きな人とか好いてくれる人を嫌うなんて違うと思うな」
「きみは純粋だね」
目を丸くして俺のことを見ていたミサキが、微笑む。
あれ?ミサキが笑った顔って初めて見たかも。
「確かに理屈ではそう。でもね、恋愛は理屈じゃないのよ。それに一時の感情って言うけど、その一時の感情が大事だったりするものだよ」
そういうものなのか。恋愛って難しいんだな。
みずほの方を見ると、みずほも肩をすくめた。
きっとみずほも分かっていないのだろう。
「なるほどね」
ふー。と長い溜息をついたあとにミサキが言う。
「みずほがいい人って言ってたのがなんか分かるかも」
ミサキが俺の方へ改まって向き直って、にこりと微笑む。
やっぱり可愛いな。ミサキは。
「ダイキにとって私は彼女であったけど、その他大勢の女の中の1人には変わりなかったのかも。結局仲良い女友達がたくさんいたし、彼女と女友達の線引きが甘いってゆーかただの役職だったのかもね」
私が彼女っていうものに囚われすぎていたのかな。と最後に付け足した。
その言葉を聞いてふと思い出したことがある。
「そういえばみゆうさんも似たようなこと言ってた」
瞬間、ミサキと目が合う。
ドキン――
心臓が跳ねる。
「そーいやー最近みゆうと仲良いよね」
心なしか表情が曇った感じに見えるのは気のせいか?
どんな話し? と聞いてくる。
「えーと確か。男が抱く好きと女が抱く好きの感情は別物って言ってたかな」
そう前置きをして、俺はみゆうが話してくれた内容を語り出した。