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武功

作者: 雉白書屋

「おおおぉぉぉいえやすうううぅぅぅ!」

「みつなぁぁぁりいいいぃぃぃ!」


 ぶつかり合い、鋭い音を奏でる刀と刀。合戦場の熱気は血沸き肉躍る舞踏会、その決勝戦のようであった。

 関ケ原。徳川家康率いる東軍と石田三成率いる西軍がぶつかり合った天下分け目の戦い。両軍ともに八万とも九万とも言われるこの大戦は一部を切り取って見てもその熱量、迫力はすさまじい。

 

 ……が、雑兵である平吉は見事に出遅れていた。

 彼は故郷に夫に先立たれ独り身の母と年の離れた幼い弟、妹たちを抱える青年。父親の遺産があるとはいえ、遊ぶわけにも今のように呆けている場合でもない。自分が稼ぎ頭になり、母を楽させてやらねばならない。そのためにはここで活躍をし、顔を覚えてもらう必要がある。

 にもかかわらず、前と横、そして後ろに並んでいた者たちが突撃の合図に駆け出す中、ボーっとその場に突っ立っていたのである。

 空腹と待ち時間の長さがその原因だが、雑兵ごときが申し立てできるはずもなかった。

 はっと我に返った平吉は辺りを見回し、えらいことだと大慌て。

 何かせねば、何をすれば、敵を倒すのだ。そしてそうだ……。

 思い立った彼は尻に火をつけられたように草原を駆け出した。


 手柄。手柄。手柄が落ちてるぞ。やったやった、うひひ、そこらじゅうに落ちているぞ。


 出遅れただけに敵兵の何人かは地に倒れていた。幼き頃に家族と行った秋の山。栗拾いをした記憶が蘇り、平吉は笑った。

 そして、平吉はその中でも一際立派な甲冑を身に着けた者に狙いを定め、そして持っていた槍を突き立てた。


「な、何をする!」


 仰向けになり、瞼を閉じていたその侍はカッと目を見開き、平吉に向かってそう言ったが小さく、絞るような声だったので平吉は一瞬慄いたものの死にかけだと思い、恐れはしなかった。

 しかし、なまくらなのか槍は役に立たず、仕方がないので平吉はその侍に馬乗りになり、顔面を殴打した。

 やがて、侍が動かなくなると平吉は侍が腰に付けていた刀を鞘から抜き、一気に首を切ろうとした。

 だが、これも上手くいかず。そもそも腹が減り、喉が渇いているため力が入らず、意識もまた朦朧としてきた。

 その中、ふと頭に浮かんだのは鋸。確か、どこかで見たはずだと平吉は記憶を辿り、走り出した。向かうところは喧騒離れ、合戦場の外。

 

 あった、あった、あったぞひひひひひひ。


 侍のもとに戻ってきた平吉は鋸の刃を押し当て右へ左へと動かした。


 えんやこーらどっこいしょ。えーんやこーらどっこいしょ。故郷に錦を飾るのだー。


 侍の首から噴き出した血を顔に浴びた平吉はぺろりと舌で絡めとりのどを潤した。

 

 甘い。甘いぞ。蜂蜜のようだ。それも当然か。口に含んでも平気なのさー。


 上機嫌に歌う平吉を見て、徳川家康、石田三成双方は悲鳴を上げ、卒倒した。

 そして首を掲げ、血塗れかつ爽やかな笑みを浮かべて合戦場をゆるりゆるりと歩く平吉を目にした公共放送大河ドラマ演出統括の山田が一言。


「あいつ、大物になるぞ」

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