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AIへのお題

作者: 九木圭人

 「ただいま」

 誰もいない安アパートに私の声だけが響く。

 テレワークとやらは遠い異世界の物語。今日も朝から満員電車に揺られて一日働いた。

 スマートフォンに留守電メッセージが20件。再生する気はない。誰からからはもう分かっている。

 「しつこいっつーの……」

 荷物を放り出し、ベッドの上に非通知着信を大量に表示するそれを放り出す。

 と、同時にため息が一つ。東京に出てきて就職して、今年で5年目。大都会に夢を見られるような人生は送ってこなかったが、それにしたってこのところはあんまりだ。


 この五年間、私が手に入れたものはこの安アパートと、先月から続くストーカーの無言電話だけ。

 相手は分かっている。ケンジ=去年別れた男。

 随分向こうはごねたものだが、いつまで経っても定職に就く気もなく金をせびるような男を養えるほどの金があったらこんな安アパートになんて住んでないし、そういう男を見捨てないでいる趣味もない。

 ならなんで付き合ったのか――そう言われてしまえば、もう一時の過ちとしか言いようがないのだが、その過ちの代償は随分大きい。


 「はぁ……」

 もう一度ため息。

 警察に相談したところで被害がなければ何も対応はしてくれない。どうも無言電話は大した被害に含まれないようだ。

 ――最近は自分でもそんな気がしてきた。浮いた話の一つもなく、ただ会社と家を往復するだけの人生にとっては、それぐらいイベントの一つとして受け入れなければ、本当に何もないのだから。


 「さて……」

 ただ、それでは嫌だという思いがこんなおもちゃに手を出させたのかもしれなかった。

 パソコンを起動し、慣れた操作で今日もそれをいじる。画面に表示される独特な『絵学(えがく)』の表示。


 絵学=数少ない学生時代の友人から教えてもらった今話題のお絵描きAI。

 こちらからお題を入力すると、それをもとにしてイラストを作成してくれるこのAIは、ただ入力に対して自身の持っているデータからアウトプットするだけでなく、世界中のユーザーからもたらされたお題と、それに対する出力から学習して、よりお題に対して的確な出力をするようになっている。


 実際、私が手を出したのはここ数日だが、それ以前から運用は行われており、今の時点でかなり正確な描写が出来るようになっている。

 絵を“描く”と絵を学ぶをかけたその“絵学”というネーミングに偽りはないという訳だ。

 学生時代から漫画やアニメが好きで、でも絵心の類に縁がなかった私には、かゆいところに手が届く代物だった。


 「……」

 なんでそんな事を考えたのかは分からない。

 疲れからか、暇つぶしからか、ふと絵学を教えてくれた友人の言っていた噂話を思い出す。

 曰く、絵学に『今日死ぬ人』というお題を出すと、正確に実在の人物のイラストが出てくる。

 このAIには例えば『仕事に行く人』とか『昼食を食べる人』といった形でお題を出すことができる。その結果として出力されるものはかなり具体的なものから印象派のようなものまで様々だが、噂では唯一『今日死ぬ人』だけは証明写真のごとく実在の人物を表示するらしい。


 「……」

 怖いもの見たさか、一時の過ちか。

 私の指はキーボード上を滑り、その聞いた時には馬鹿らしいと思ったワードを入力していた。

 AIが絵を出力するまでの数瞬、私の中には妙な好奇心が確かにあった。

 きっと誰かが適当に流したデマだろう。或いは面白がってそういうお題を出す者が大勢いた結果、AIが学習して写実的な絵を描くようになっただけだろう。

 それでもいい。ただストーカーの無言電話ぐらいしか変化のない人生に、それぐらいの冒険があったっていいじゃないか。


 言葉で表すのならそんな感情が、その僅かな時間に湧き上がった。


 「え……っ」

 私の頭がそうしたものを全て放り出してフリーズするのは、表示されたイラストを見たその時だった。

 噂通り、写実的な女の顔が浮かび上がる。


 釘付けになっていた眼を、一度横へ。何の用途でそこに置いたのかもう覚えていないパソコン横の手鏡に映る私の顔=今画面に表示されている女の顔。

 「えっ、どうし――」

 言葉は途切れた。

 背後のクローゼットが、キィと音を立てた。

 

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