マスクめくりは男のロマン
公園で小学生が遊んでいる。
みんな上着を着て、下着もちゃんと履いて、もちろんマスクもみんな着けている。
俺はベンチに座ってそれを眺めていた。
男の子が3人、女の子が2人。
見たところみんな三年生ぐらいかな。
「きゃあっ!」
女の子の一人が悲鳴を上げた。
黄色いTシャツの男の子がマスクめくりをやったのだ。
「うわーい! 夢野の唇、見ちゃった!」
男の子が声を上げて喜んでいる。
「もーっ! かわいそうなことやめなさいよ!」
もう一人の女の子が、マスクめくりをされてうずくまってしまった夢野さんの背中を優しく撫でた。
「ペル子、大丈夫?」
マスクめくりか……。
俺も小学生の頃、やったなぁ……。
楽しかったなぁ、あれ。
スカートめくりももちろんやったし、パンツめくりも一回だけやったことがあるが、パンツめくりはさすがにおふざけで済まず、先生からこっぴどく叱られたっけ。
マスクめくりはちょうどいいんだよな。
気軽にできるわりに、めちゃめちゃエロい。
何しろ女の子の裸の唇が見られるんだからな。
それに加えて『暴いた感』がたまらない。
クラス一の美少女と言われてた蘭子のマスクをめくったら、ちっとも可愛くなくて、それどころか男みたいな顔してて、びっくりしたっけな。
まぁ、俺の心の中だけにしまっておいてやったけど、でもあれ以来、蘭子にデレる男子を心の中で嘲笑うようになったっけ。
マスクめくりは男のロマン。
皆がびっちりマスクで口元を覆っている現代だからこその楽しみだよな。
まあ30歳になった今ではちょっとできないけど。
□ □ □
会社で上司に呼びつけられた。
3つ年下の美しきミス・嘉門ヒダマリノ課長だ。
会議室で2人きりにされ、メガネの奥の鋭くも美しい目で睨まれた。
「なぜ呼び出されたか、わかるわよね?」
不織布マスクの向こうにある唇がそう言った。
「はあ……」
わかっていた。俺は営業職だが、今月は契約がゼロだった。まぁ、先月もその前もずっとなのだが。
「これを書いて提出しなさい」
課長がすらりとした指で一枚のプリントを俺の前のテーブルに置く。
「自分の問題点と思うところをここに、これからどうすべきかという解決案をこっちに書いて。それぞれ500文字以上よ」
「500文字なんて長文、書いたことがありません」
「ここまででこの小説が926文字よ? 出来るでしょ? ……あら?」
課長の顔が近づいてきた。
「……これ、ミスプリントね。どっちの欄も『自分の問題点と思うところ』になってるわ」
課長の顔が、俺のすぐ目の前にある。
大きなマスクで隠れた、その顔が。
いつも目しか見えていない、美しいような気はするが、ほんとうに美しいかどうかわからない、その顔が。
めくってみたくなるじゃないか?
俺はつい、彼女のマスクに上から指をかけると、素早くそれを下へめくってしまっていた。
「きゃあああっ!?」
課長が悲鳴を上げた。
「こ、これはセクハラどころか……あなたっ! わかってるの!? 猥褻行為よっ! 犯罪よ!」
課長はやっぱり美人だった。
そうか、いつもマスクをしているから口紅を塗る必要がないんだ。
彼女の唇は、アワビみたいに生々しく、刃物のようにかっこよかった。
そして俺はそれからすぐに会社をクビになった。
あんないいものを見られたのだ。後悔はない。
マスクめくりはやっぱり男のロマン。
いくつになってもやめられないものだ。