仮試験②
「最後にもう一か所だけ付き合って」と言われて来たお店は宝飾店だった。
とても人気があるようで店内は賑わっているのだが、母には悪いが客層がちょっと若い気がする。
「母上が来たかったお店はここで合っているのですか?」
「ええそうよ。シノンさんへのプレゼントを買いに来たのですもの」
「……はぁっ!?」
「仮試験という事はもうすぐ16歳の誕生日なのでしょう? もしかして誕生日プレゼントをあげた事がないなんて言わないわよね?」
「もっ、もちろんプレゼントぐらいしていますよ」
「何をあげたの?」
「えっ……クッキーとかケーキとか……」
「……とりあえず今回は仮試験の合格も兼ねてアクセサリーでもあげなさい」
まだ試験終わってないのに……まあ間違いなく合格するだろうけど。
「インスピレーションでシノンさんに似合いそうな物はどれ?」
無理難題を言う。
母は頑固なので諦めて従う事にする。
「えっと、これ……かな?」
シノンの瞳の色と同じ薄紫の花が模された髪留めを指さした。
「(あら、本当にまだ妹的な感情なのね)」
「えっ? 何ですか?」
「いえ、なんでもありません。でも16歳の子にそれは少し幼いような気がしますよ」
「そうなのですか? でもシノンは幼いから」
「それも買うとして、念のためもう少し大人っぽい物もひとつ買っておきなさい。ずっと一緒にいてわからなかったのに、久々に再会して認識が変わることもありますから。その時に感じた気持ちに素直になって、渡したい方を渡しなさい」
また意味不明なことを言って……。
「ネックレスにしなさい」
しかも指定された。
はぁ……ため息を吐きつつ探した。
シノンは何が好きだったっけ?
『緑色が好きです』って確かシスターと話していたな。
その事を思い出し、ふと目についたネックレスを見つめた。
ひとつの石なのに淡い紫と緑の2色が入っているその石はシノンの白い肌に合いそうだと思った。
「あら、いいじゃない! やだ確信犯? そんなわけないわね。偶然なのでしょうけど」
「母上、ひとりで何を言っているんですか?」
「それはトルマリンと言って10の月の誕生石なのよ」
「えっ! そうなのですか?」
「やっぱり単なる偶然だったのね……いえ、知らないのにそれを選ぶ方がすごいわね。しかもバイカラーだからとても稀少価値が高いのよ」
なぜかわからないが、とても恥ずかしい気がする……。
結局、母の猛アピールに負けてネックレスも買った。
母はその日一日上機嫌だった。
どうやら母の試験に俺は合格できたようだ。
*****
久々の家族との時間を存分に過ごした俺は、先程教会に戻ってきた。
神父様から俺の不在中もシノンの性格は変わることなく仮試験は合格したと聞いた。
「シノンがとても寂しそうでしたよ。早く顔を見せてあげてください」
と神父様に言われた。
シノンのやつ、寂しがっていたのか。
ったく、しょうがないな。
そう思いながらシノンは今洗濯物を干しているとシスターに教えてもらい、そちらに向かうと見たことのない聖騎士姿の男とシノンが話しているのが見えた。
俺より少し若いぐらいか?
長身で精悍な顔立ちの男にシノンが微笑んでいることが、なぜかわからないが無性に腹が立った。
誰だあいつ。
「レオンハルト!」
俺に気づいたシノンが目を見開いた。
そして走り出し、泣きそうな顔をして俺に抱きついて来た。
「うっ、レオンハルト〜、もう、帰って来ないかと思ったぁ」
「おっ、おい、シノン。そんな大袈裟な……」
そんなに俺に会いたかったのか?
つい口元が綻んでしまった。
思わず抱きしめて背中をポンポンと叩くとシノンはさらにギュッと抱きついてきた。
んっ? 何か柔らかいものが当たって……
はっ! ちょっ、ちょっと待て!
「シ、シノン!」
慌ててシノンを引き剥がした。
「……レオンハルト? どうしたの? 熱? 顔が赤いよ?」
いつの間にそんなに大きくなって……いやいやいや、何考えているんだ俺。
「いや、なんでもない」
「レオンハルト?」
「コホン、あー……えっと、これ。神父様から聞いた。仮試験合格おめでとう」
そう言いながらプレゼントを渡すとシノンは目を見開いた。
「ありがとう! 開けてもいい?」
「ああ」
丁寧に包みを開け、中から薄紫の花が模された髪留めを取り出すと嬉しそうに微笑んだ。
「うわぁ〜、かわいい! ありがとう! すっごく嬉しい!!」
そう言いながら早速自分の髪に髪留めを着け、何か言って欲しそうに俺を見た。
「似合ってる」
「ふふっ、ありがとう!」
本当に嬉しそうだ。
気に入って貰えて良かった。
「それともう一つ。こっちは、その……誕生日プレゼントだ」
「えっ!? 二つも貰っていいの? 贅沢過ぎない?」
「もう買ってしまったから受け取って貰った方がありがたい」
「あっ、そうだよね。ありがとう!」
箱を開けてネックレスを見たシノンの瞳が揺らめいた。
「……こんな素敵なもの貰っていいの?」
「ああ、もう買ってしまったから……」
「ふふっ、そうだよね。ありがとう……本当に嬉しい」
そう言って両手で包むと大切そうに胸に当てて微笑んだ。
ちょっと涙目になっている。
そんなに喜んでくれるならイヤリングも買えば良かったかな。
母はどちらかを渡すように言っていたが、なんとなく合格祝いと誕生日プレゼントは別々であげたかったので両方渡した。
不器用なシノンはなかなかネックレスを着けることが出来ず、俺が代わりに着けてあげた。
うなじにちょっとドキッとして手が震えた事は内緒だ。
「そういえばさっき話していた男は誰だ?」
シノンが俺に抱きついたのを見て微笑んで去って行ったからシノンに邪な気持ちを持っているわけではない様だが……。
「ん? あぁ、ルドルフさん? レオンハルトが王都に帰省中の間の代替要員なんだって」
「そうか。じゃあ俺が戻って来たからもう帰るんだな。後で挨拶しておくか」
「とても優しかったよ」
ムカッ……えっ? なんだ今の?
「どうしたの?」
「いや、なんか……疲れかな?」
「大丈夫? ゆっくり休んだら?」
「そうだな。そうした方がいいな」
「うん、まだルドルフさんがいるから監視はルドルフさんに頼めばいいし」
「……治った。頼まなくて大丈夫」
「えっ!? そんなすぐに治らないでしょ?」
「治った。平気だ。そろそろ昼御飯だろ。食堂に行くぞ」
「えっ!? 本当に大丈夫? ねえ、大丈夫? 熱はないの?」
そう言いながら俺の額に手を伸ばそうとするシノンをかわしながら食堂に向かった。
あまり体を密着させないで欲しい。
まだ宮廷騎士団を再受験するか伯爵位を継ぐか決めていないけど、とりあえずシノンに簿記と法律の勉強はさせておくか。
後で神父様に相談してみよう。
こうして俺の久々の帰省休みは、兄に揶揄われ、母に試され、久々に会ったシノンに落ち着かない気持ちにさせられるという非常に心休まらない休みになった。
誤字報告ありがとうございます。
とても助かっております。