表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

ちゃんと見ていますか?


「レオン、宮廷騎士団入団おめでとう。よく頑張ったな」


「父上、ありがとうございます。兄上に負けないように更に精進します」


「おっ、言ったな?」


「はい、頑張ります!」


 両親や兄たち皆に祝福された。


 宮廷騎士団への入団は子どもの頃からの夢だった。

 最年少で第3師団の副師団長になった次兄に追いつくことを目標にして明るい未来を夢見ていた。


 でも、そのたった1週間後、事態は急転した。


「前世持ち」の監視役に任命されてしまった。


「前世持ち」が現れるとそれに対応するための組織が編成され国を守るために優秀な人材が集められる。いわゆる国家プロジェクトである。


 父からは「大変名誉なことだ」と言われたが、俺は納得出来なかった。


 通常「前世持ち」の監視役は宮廷騎士団から希望者を募っているのだが、今回の「前世持ち」は「ヒロイン」だからということだった。


 元々「ヒロイン」は性格に難ありの危険人物が転生する確率が高い上に、魔力量が多いだけでなく聖や光など高位の攻撃魔法や魅了の魔法などを使える者が多く、その力を悪用しようと企む者から守る必要もあるため、能力の高い者が就くことになっていた。


 しかも今回の「ヒロイン」は「魔力量が無限で、使える光魔法のレベルも類を見ないという設定」だと、先に見つかった公爵令嬢から証言があったそうだ。


 つまり「能力を認められたということなのだから、大変名誉なことだ」と父は繰り返した。


 全っっっ然、嬉しくない。

 そんな事のために俺は今まで頑張ってきたわけじゃない!

 名誉なんかいらないから、宮廷騎士団に入団させてくれ!


 だけど俺なんかの言い分が通るわけもなく、その1週間後、王都から離れた場所にある教会へ向かった。


「はじめまして! シノンと申します。よろしくお願いします!」


 能天気そうに元気よく挨拶する彼女にイラッとした。

 お前のせいで俺はこんな所に来る羽目になったのに。


 話しかけられても無視を決め込んでいた。

 監視兼護衛なのだから話す必要もない。



 彼女は毎日毎日シスターとくだらない話ばかりしている。


「目が赤いけど寝不足?」


「そっ、そうなのっ! 昨日本読んでいたら夢中になっちゃって」

 

 いい気なもんだ。

 

 それにしても監視する必要あるのか?

 

 神父様に監視の必要を感じないから俺を解任するよう国に提案して欲しいとお願いしたが「まだ1か月も経っていませんし、彼女のこと何もわかっていないでしょう? 彼女のこと、ちゃんと見ていますか?」と言われた。


 見ているさ。でも特に怪しい動きはしていない。能天気で悪いことを考えるようには見えない。


 しかし、無視しているのにしつこく話かけてくるし、年上の俺にタメ口だし、噂通り転生者ってのはマナーがなっていないな。


 我慢に我慢を重ね3か月が経った頃。


「今日も目が赤いけどまた寝不足?」


「そっ、そうなのっ! 本読んでたら夢中になっちゃって」


「もしかして『ドラゴンと魔法の杖』の新作? あれ面白いわよね〜」


「そう、それ!面白いわよね〜」


 相変わらずの無駄話。

 少し離れたところで壁にもたれていると神父様に声をかけられた。


「レオンハルト、お手紙が届いていますよ」


「ありがとうございます」


 差し出し人を見ると家からだった。


「レオンハルト、お手紙?」


 シノンが側に来て覗き込んだ。

 いつも通り返事はしない。


「シノン、レオンハルトは一旦部屋に戻りますので、その間私とお話をしましょう」


 神父様の気まずそうな顔が気になったが、何も言わずに自分の部屋に戻った。


 手紙には近況が書かれていた。

 特に急ぎの用事ではなかった。

 最後の方に、婚約者だった子が他の人と婚約したと書かれていた。俺が監視役になる際に婚約を解消した。


 新しい婚約者は彼女の幼なじみで、どうやら元々2人は想い合っていたのに親が侯爵家との繋がり欲しさに強引に婚約させたらしい。


 婚約してすぐに俺は全寮制の騎士養成学校に入ったので殆ど会ってはいないが、親同士が決めた婚約者とはいえ伴侶になるからには良好な関係を築こうと、手紙を出したりプレゼントを送ったりと出来る範囲の誠実な対応をしてきたつもりだ。しかし、婚約解消してすぐに婚約するという事は余程相手を忘れられずにいたのだろう。


 もしあのまま他の男を思い続けている人と結婚していたら、それはお互いにとって不幸でしかない。


 この点においてのみ、監視役になった事は良かったと言えるかもしれない。


 彼女と幼なじみの婚約は成立しているのだから、俺が王都に戻っても問題はないだろう。


 婚約はどうでもいいが、宮廷騎士団への入団は諦められない。


 神父様に今度こそ俺の解任を国に連絡してくれる様にお願いしに行った。

 すると部屋の中から声が聞こえてきた。


 まだシノンと話しているのか?


「ぐすっ……うっ……ぐすっ……」


 泣いているのか?


「大丈夫ですか?」


「ぐすっ、お父様、お母様、だけでなく、レオンハルトまで……」


 ……俺?


「ぐすっ……人生、めちゃくちゃに、した……うっっ……」


「どうしてそう思うのですか?」


「だっ、て、レオンハルト……宮廷、騎士団に、入団、決まって、たって……ううっ、ごめん、なさ、い……ふぇっ……ううっっっ」


「またシスターから聞いたのですか?彼女の噂好きには困ったものですね」


「ぐすっ……でも、迷惑、かけてる、のは、本当、だか、ら……私、が、ここに、来なけれ、ば……ううっ……」


「いつも言っていますが、貴方だって望んで転生したわけではないのでしょう? 開き直れとは言いませんが、自分を責め過ぎるのはやめなさい」


「ううっ……」


「遠慮せず、今日も気の済むまで泣いていきなさい」


「ふえっ、うっ、うわ〜〜〜ん……」


 俺は気づかれない様にその場を去り、外に出て丘の上まで走った。


 なんだよっ! 泣きたいのは俺の方なんだよ!

 なんでお前が泣くんだよ!

 ちくしょうっっっ!!!


「くそっ!……ううっ……」


 あの日以来、初めて泣いた。



 思い切り泣いたら少しすっきりした。

 魔法で目を冷やしながら思い返すと色んなことが見えてきた。


『今日も気の済むまで泣いていきなさい』


 今日が初めてではないってことだよな。

 何度もああやって、神父様の前で懺悔しながら泣いていたのかな?


『貴方だって望んで転生したわけではないのでしょう?』


 あいつも被害者なんだな……


『彼女のこと、ちゃんと見ていますか?』


 そういう意味だったんだな。


『今日も目が赤いけど寝不足?』


『そっ、そうなのっ! 本読んでたら夢中になっちゃって』


『もしかして『ドラゴンと魔法の杖』の新作? あれ面白いわよね〜』


『そう、それ! 面白いわよね〜』


 ……本当は本なんて読んでないんじゃないのか?

 もしかして毎日泣いていたのかな……。


 落ち着いた俺は神父様の元に向かった。


 ほぼ俺の予想通りだったが、さらに神父様から聞かされた話に言葉が出なかった。


 シノンは前世の記憶があるというだけで、この世で生きてきた人間としての記憶も気持ちもある。それなのに両親はシノンに


「私たちの娘の名前を名乗らないで!」

「私たちの娘を返せ! この悪魔!」


 と言ったそうだ。

 両親から向けられる恨みのこもった目にたった10歳の子がひとりで耐えていたのか。


 そしてシノンの両親は早々に親子の縁を切る手続きを済ませたらしい。


 しかも前世のシノンも早くに両親をなくし、自身も22歳の若さで事故に遭い、気づくとこの世界にいたらしい。


 そんな事を全く感じさせないほどにアイツは毎日笑っていて……


「シノンに手紙が届いたことはありません。シノンがシスターと話していたので大丈夫だと思って貴方にご家族からの手紙をお渡ししたのですが、シノンに気づかれてしまい……迂闊でした」


 だから神父様は気まずそうな顔をしていたのか。


「教えていただきありがとうございます」


「いえ、貴方が彼女をしっかり見て、自分で気づいたのですよ。私は答え合わせをしたに過ぎません」


 そうなのかな?

 他にも見落としている事はないかな?

 これからも気をつけて見ていれば新たな発見があるかな?


 俺は神父様に頭を下げて部屋を出た。



 一度部屋に戻り、彼女の部屋へ向かった。


 ノックをするとしばらくして小さな声で返事があった。


「はい……どちら様でしょう?」


「俺」


「えっ?!? どっ、どうしたの?」


「渡したいものがある」


 そういうと、少しだけ扉が開いた。

 毛布を頭から被っていた。

 目が赤いのを気づかれないようにしているのだろう。


「これ」


「えっ、これは……」


「読んだことないんだろ?」


「えっ!? どっ、どうしてそれを!?」


「俺はもう読んだから、急がないから」


「でも……」


「早く!」


「はっ、はい!」


 本を押し付けて踵を返した。


「あっ、ありがとう!」


 背中から声がした。




 次の日食堂へ向かうと、やっぱり赤い目をしたシノンにシスターが声をかけていた。


「今日も目が赤いけどまた本読んでたの?」


「はいっ! 夢中になって朝まで読んじゃいました!」


 マジか。

 朝までは言い過ぎだろうけど……居眠りするなよ。


「あっ! レオンハルト、おはよう! 本ありがとう! すっっっごく面白かった!」


「あっ、そう……どこまで読んだんだ?」


「一気に全部読んじゃった!」


「はっ!? 全部!? まさか本当に寝てないのか?」


「うん!」


「あっ、そう……」


「えへっ」


「……続き読むか?」


「いいのっ!?」


 両手を組んで、目をキラキラさせて見上げてきた。


「ふっ」


「!?」


 シノンが目を見開いた。


「どうした?」


「レオンハルトが笑った!」


「笑ってねえよ」


「笑ったよ!」


「続き読みたくないんだな?」


「えぇっ!? そんな〜」


「賑やかですね」


「神父様! レオンハルトが本を貸してくれて、レオンハルトが笑ったんです!」


「笑ってねえ!」


「ふふっ、仲良くなれて良かったですね」


「はい!」


「別に仲いいわけじゃ……」


「レオンハルトは照れ屋さんね」


「調子に乗るな!」


「えへっ」


「『えへっ』じゃねえ!」


 やっぱりイラッとする!


 ……でも、前ほどじゃないかも。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ