ゲームの強制力
レオンハルトは神父様に事情を告げると見回りに出かけた。
教会の敷地は結構広いので、教会の聖騎士たちも数名レオンハルトと一緒に見回りに出かけた。
夜遅くに帰ってきた聖騎士たちが慌てているので駆け寄るとぐったりしたレオンハルトが抱えられていた。
「レオンハルト! どうしたの!?」
「私がレオンハルトと一緒に組んで見回りをしていたのですが、具合が悪そうだったので何度か戻るように伝えしたのですが問題ないと言って……結局最後まで見回り、こちらに戻ってきた途端に倒れてしまいました」
ふと視線を動かすと右手の甲が赤黒くなっているのが目に入った。
「ちょっと見せて!」
私がレオンハルトに近づき右手の袖を捲ると抉られたような傷を中心に赤黒く変色していた。
「見回り中に魔獣に遭遇しました?」
「いえ、何もいませんでした」
ということはあの時しかない。
剣で受けていた時に牙か爪が当たっていたのだろう。
それなのに私を怖がらせないように何も言わなかったのだろう。
私は彼にとってお荷物でしかない。
今日何度目かのため息が零れた。
急ぎポーションを飲ませると熱は下がったが、右手の甲の赤黒く変色した部分がどうしても治らない。
毒消しポーションも飲ませたが効かなかった。
どんどん範囲が広がっていき、せっかく下がった熱がまた上がり始めた。
魔獣(魔物)の特徴を伝えたが誰も見たことがなくて解毒方法が見つからない。
「右腕を切断しなければ命が……」
「切断……」
無情な宣告に目の前が真っ暗になった。
私はどれだけレオンハルトの人生を壊せばいいのだろう。
宮廷騎士団に入団して近衛騎士になって、プライベートでは綺麗なご令嬢と結婚して子供にも恵まれて……そんな未来を歩むはずだった。
それが「前世持ち」の監視役にされ、評価されることもなく、最後には右手を……そんなの酷すぎる。
ゲーム通りに私が光魔法を使えていれば………そういえば! ゲームでは「闇属性の子の魔力が暴走してしまい、怪我をした王太子を救いたい一心で祈ると突然体が光って王太子の怪我が治る」というイベントだった。
今まで現れなかった魔獣(魔物)が突然この時期に現れた。しかも毒消しポーションが効かない毒を持った新種が。
もしかしたら私が覚醒するためのゲームの強制力が働いたのかもしれない。
もしそうだとするなら私がすることは一つ。
神様、どうかレオンハルトを助けてください!
私はどうなっても構いません。妾でも奴隷でもなんでもなりますから!
レオンハルトの手を取りながら一生懸命祈った。
するとレオンハルトの手を握った私の手が眩い光を放ち、赤黒かった右腕がどんどん治まっていった。
覚醒した事に驚きつつも、やっぱりという気持ちもあり複雑な心境だった。
レオンハルトの呼吸が落ち着いてきた。
良かった……。
安心していると声がかかった。
「素晴らしいです。レオンハルトが治って本当に良かった……ただ、このことは国に報告しなければなりません」
神父様が申し訳なさそうにおっしゃった。
「はい。私のことはお気になさらずご自分の責務を全うなさってください」
落ち着いた寝息を立てるレオンハルトを確認して、私は部屋を出た。
*****
事が事なだけにすぐに王宮に連絡が行き、翌日にはわざわざ宮廷騎士団第3師団長が転移魔法使いを伴って私を迎えに来た。
「シノン!」
背中からかけられたレオンハルトの声に心臓が音を立てる。
彼にわからないように目を瞑りそっと深呼吸をする。
そして笑顔で振り向いた。
「レオンハルト、もう体の具合はいいの?」
「ああ。シスターから聞いた。シノンが助けてくれたって。ありがとう……覚醒したって本当なのか?」
「そうみたい」
「王都に行くのか?」
「王都の神殿で国の重鎮の前で本当に覚醒しているのか確認するんだって」
「お前はそれでいいのか?」
「いいも悪いも私はこの世界の危険分子だから調べられるのはしょうがないと思うよ」
「そうじゃなくて、もし本当に覚醒していればお前は王子の……」
「私がこの世界で幸せな結婚するなんてあり得ないことだから」
「どうしてだよ」
「だって『前世持ち』の中でも一番危険なヒロインだよ。教会を出ることが出来たとしても最後まで監視はつけられるだろうし、そんな人と結婚しようなんて酔狂な人はいないでしょ。国としてもどこかに嫁がれるよりは王宮にいた方が監視し易いって考えにもなるだろうし」
努めて明るく答えた。
「実は王宮の舞踏会とか憧れていたの! 綺麗なドレスを着て王子様と踊ったり、色とりどりのお菓子を食べたり。楽しそうじゃない? そうなればレオンハルトも私の監視役から解放されるから、宮廷騎士団に入って、レオンハルトの家格に相応しいご令嬢と婚約して……私のせいで失った夢を今度こそ掴んで幸せになってね!」
私は精一杯微笑むと踵を返し、神父様と一緒に騎士団長が待つ部屋へ向かった。