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時を止める力

作者: 岡山冬舟
掲載日:2022/03/24

 

 ある日夏の夕暮れに、彼は一人で歩いていた。市民プール沿いの街路樹ではヒグラシが鳴き、自転車に乗った小学生の群れが笑い声をあげながら彼を追い抜いていく。彼らが運んできた塩素の匂いが、懐旧の情を煽った。


 不意にラムネが飲みたくなって、彼はコンビニに立ち寄った。涼しげな店内で突っ立っている店員に百二十円を渡して、彼は再び歩き出す。


 しゅわしゅわと湧き上がる二酸化炭素を感じながら、彼はふと回顧した。人生はよく道に例えられる。彼のそれはきっと平坦で面白味のないものだろう。しかし自分で分かっていても、人に言われれば腹が立った。平坦な道でもそれなりに苦労はあったから。今日も友人に平凡と言われ、あやふやに笑いかえした帰りである。


 友人のふざけた顔を思い出すと腹が立ち、彼はつい空のボトルを放り捨ててしまう。中のビー玉がカラカラと虚ろな音を立て、ボトルは道の端に転がっていった。


 少しばかり歩いた後、小心者の彼は後ろを振り返る。今更になって誰かからポイ捨てを咎められるような気がしてならなかった。取りに戻るか、そのまま帰るか、彼は横断歩道で立ち止まった。注意が散漫になっていたのだろう。彼は迫るトラックに気がつかなかった。


 結果として、彼はトラックに轢かれた。明日のローカル紙の端くらいには載るだろうか。そんなことを考えながら、彼は死んだ。



 意識を取り戻すと、彼は白い場所にいた。あれだけ重くて速い物体とぶつかって生きている道理はない。病院でないことは確かだった。


 すると、目の前に神と名乗る男が現れた。見た目からして神々しく、疑う余地はない。その神は長い髭を撫でて言った。


「異世界へ行きなさい。代わりになんでも望む力を授けよう」


 不思議と疑問は浮かばなかった。平凡な彼の人格がそうさせたのか、あるいは上司に唯々諾々と従う習性が染み付いているのか。とにかく彼はただうなずき、内心喜びながらも控えめに答えた。


「時を止める力を」


 これまでの人生で、そんな力が欲しいと思ったことはない。どちらかと言えば、時を戻す方が有用だろう。


 しかし、ファンタジーの世界で生きていくなら、役に立つかもしれないと彼は考えた。平凡で、そして軽率な発想でもあった。神は黙して首肯し、彼を異世界へと向かわせた。




 異世界転移を果たした彼は、美しい女性が熊に襲われているのを見つけ、さっそく力を使った。


 それから時は止まったまま。熊も、女性も、彼自身も動かない。彼は忘れていた。彼もまた時の中に生きている事を。


 彼は愚かだったが、何より神の意地が悪かった。


「やれやれ、これでしばらく休めるわ」


実に清々しい顔で、神は伸びを一つと欠伸を一つした。


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