・砂漠に再び緑を
それから1週間が経った。
1週間を目処に、国家の総力を挙げて迷宮からありったけの素材を調達することになって、俺たちもギンギンポーションの量産という形でそれを陰から手伝った。
これは素材あたりの歩留まりを高めるためでもある。
釜ではなく、オーブと水槽で作るツワイク式の術を使うならば、ためてから一度に作った方が効率が良かった。
そして今日。倉庫に山となってひしめいた植物系魔物素材と、大地の結晶を使うときがきた。
大地を復活させるという夢に、多くのご年輩方が工房に集まって、量が量だけに非常にじっくりとした調合を、茶飲み話と一緒に見守っていた。
「邪魔くさい……」
これは古い時代から生きるエルフたちの夢だ。
丁寧に、慎重に、じっくりと時間をかけていった結果、既に調合開始より現在1時間半が経過していた。
「ユリウスユリウス……せっかく人がいるし……。エッチなことしよ……?」
「しない」
メープルはさっきまで、マク湖の最長老さんにかわいがられていた。
それが音もなく俺の後ろに立って、バカなことをささやいた。
「なんで……?」
「人前だからだ」
「人前じゃなくてもしないくせに……」
「そ、それは……それは俺にも考えがあるんだよ……」
メープルは俺の隣に立って、見よう見まねでオーブへと魔力を供給してくれた。
この子は補助魔法の天才なので、仕込めばいつか錬金術も使いこなしてしまうかもしれない。
「やーいやーい、ザーコザーコ、ユリウスのヘタレ」
「くっ……」
「私もだけど、姉さんも、エッチなこと、期待してるよ……?」
そのシェラハはお茶をご年輩に配って回っている。
ジジババたちは古めかしいボードゲームを始めたり、食べ物を持ち込んだり、俺たちには到底わかるはずもない昔話を語り合ったり、人の工房でやりたい放題だ。
「大事な調合中なんだから、集中力をひっかき回すな……」
「あ、そだった……。じゃ、またね、ユリウス」
そんなシェラハのところに、メープルがとてとてと軽い足取りで飛んでゆくのを見送った。
ところが何を話したのか、入れ替わりでシェラハがこちらにやってくる。
顔が赤い。何かを吹き込まれたようだった。
「し、溲瓶……借りてくるわ……。ま、任せて……!」
「それはメープルが吹き込んだデタラメだ……」
「えっ!?」
「ニヤニヤ……。おしっこするの、手伝ってもらえばいいのに……」
長時間の調合中にそういう嘘を吐かれたら、真に受けるかもしれないな。
シェラハはしてやられたとメープルに怒っていたが、そんな怒り方で反省するはずもない。再犯は間違いなかった。
・
それからもう30分じっくりと作業してゆくと、ようやく手応えが返ってきた。
「みんな……やっと、完成するって……」
メープルの声は小さかったが、彼らジジババからすれば待ちに待った瞬間だ。
会話が少しずつ途絶え、こちらに注目が集まって、俺はその注目を浴びながら最後の仕上げをした。
都市長を含むご年輩方が水槽の前に集まっている。
その彼らの前で、爽やかな若葉の香りがする薄緑の蒸気が上がった。
「あの薬とどうも見た目が違うようですが……?」
「ホントだ……」
水槽の中に、エメラルドのように透ける種もみが生まれていた。
「そこはアドリブだ。まくならこっちの方が使いやすいだろうし、薬の状態よりしっくりくるだろ?」
「それもそうですね。しかしこんなに出来るとは……素晴らしい、素晴らしいですよ、貴方は」
ジジババは諸手を上げて大喜びしていた。
水槽にたっぷりと積もった種もみを、元気な連中が袋詰めして、それを行政区とバザーオアシスの双方に近い辺りの砂漠まで運んだ。
・
「さ、砂漠に緑が……」
「おお……これは、夢じゃなかろうか……」
「はぁぁ、ありがたや、ありがたや……」
そこに小さな種もみを一つ蒔くと、2cm四方ほどの草原が生まれた。
夢のような光景にジジババたちは年甲斐もなく大はしゃぎした。
……緑であふれていた昔を思い出したのかもしれん。
「綺麗……。これって凄いわっ、まるで神様の奇跡みたいだわっ!」
「ヤバ……これ、テンション上がる……。面白そう、私も蒔きたい……」
うちの嫁さんたちも大興奮だった。
俺からすると小さな奇跡も、エルフの血でも騒ぐのか、キラキラと目が輝いていた。
追加で同じ場所に種もみを落とすと、草がさらに深くなって若木が生えた。
蒔く密度によって、草原になったり、森になったり、緑の濃さが変わるようだ。
若木は森の復活を意味する。またもやジジババたちが興奮に沸き上がった。
さらにひと摘まみを取って、フライパンに塩でもまぶすようにふりかけると手のひらの下に緑が広がっていった。実験成功だ。
「ユリウスッ、私もやるっ、それやるっ、ちょうだいっ!」
「実験成功だ。後はみんなで好きにしたらいい」
そう答えると、爺さんとシェラハがそろって種もみ袋に飛び付いていた。
俺はヒューマンなのでよくわからんが、彼らにとってこの不思議の種もみは、特別に美しい花火のように見えるのかもしれない。
2人が辺りに緑をまき散らすと、他のご年輩方もそれに加わって、俺たちの四方で緑が次々と蘇っていった。
確かにこれは神の奇跡でも見ているかのような気分だ。
白い砂漠が草原に変わってゆき、木々が大地より生えて林を作り、薄ピンクの小さな花々まで現れた。
誰もが笑顔で、夢中で種もみを握っては不毛の砂漠に蒔き、そこに生まれた緑に目を輝かせた。
そうしているとシェラハが俺の隣にピタリと寄り添ってきたので、普段の彼女らしくない積極性に驚いた。
「シェラハはもういいのか?」
「うん、ちょっとだけ貰ってきたわ。家の前に少しだけ蒔かせてもらおうと思って」
それは国家事業の私物化では?
なんてつまらないことを言うほど俺も愚かではない。
「しかしこれは想定外だ。ここまで強烈な効果になるとは……」
「この一週間、シャンバラのみんなでがんばったんだもの。当然よ」
「そうだな、そこが特に大きいだろうな」
最初は小さな小さな公園のつもりでいた。
だが確保した素材の量に加えて、じっくりと調合したのも幸いしたのか、俺たちの周囲で爆発的に緑が広がっている。
「これはあなたが作った森よ。あなたがこの夢のような光景を作ったの」
「おだてるなよ」
「だってそれが事実だもの! 都市長がずっとあたしたちに見せたかったものを、貴方が実現したの。それって素晴らしいことだわ!」
広がってゆく森を、俺はシェラハと一緒に見つめていった。
何せ出来上がった種もみの量そのものが膨大だ。
全てを使い尽くした頃には、断言は出来ないが目視で直径80mほどの巨大公園に変わっていた。
シャンバラ全体から見ればあまりに小さい。
だが、シャンバラに暮らす民にとってそれは奇跡であり希望だった。
「おお……みんな、集まってきた……」
「そりゃそうだ。砂漠にこんなでっかい緑が生まれたら、暇なヤツは見物にくるに決まってる」
バザーオアシスの方角から、緑に惹かれるように人々が集まってきていた。
蘇った緑の大地に誰もが感嘆の声を上げて、中には舞い上がるお調子者までいた。主にお調子者気質のネコヒト族だったが。
「シャンバラに緑の大地が……」
「信じられない……」
「都市長っ、我々は出資が足りなかったようだっ! これは投資するだけの価値のある事業ですよっ!」
「とんでもないニャ!! 歓楽街で美形エルフはべらすよりずっと有益で面白いニャァッ!」
最後のはネコヒト族にかしずくイケメンを連想させたが、聞かなかったことにした。
希望であふれる彼らの姿は、俺にも金の正しい使い道がなんであるか、指し示してくれたように思う。
「ユリウスさん、私の次のお願いを聞いていただけますかっ!?」
「いいぞ。アンタのそんな笑顔を見せられたら断れるわけがない」
「シャンバラには、もっともっと資金と素材が必要です! でしたら、何も育たない不毛の砂漠に次は耕作地を築きたいのです!」
「耕作地の拡大か。バカ正直でいいじゃないか」
普通なら諦めるしかない夢だ。しかしこの光景を見てしまった今となっては違う。
そしてこのシャンバラ最大の弱点は耕作地の狭さだ。
それを克服したとき、それは革命にも等しい奇跡をこの地に起こすだろう。
「ですがユリウスさん、そろそろ報酬の方を受け取っては下さいませんか……?」
「そこは爺さんたちの笑顔で十分だ。なんなら跡継ぎにしてくれてもいいぞ。俺の方が先にぽっくりと死ぬがな」
都市長が悲しそうな顔をしたので、その言葉は撤回することになった。
だがどうあがいたって俺の方が先に死ぬ。それが俺たちの宿命だ。
せめて死ぬ前に、ありったけの奇跡をこのシャンバラの大地に刻んでから死んでやろうと、この時は思った。
「んもうっ、最高よ坊や! ああっ、アタシのジャングルも隆々になっちゃう……っ!! いでぇっっ?!」
神聖な瞬間を汚されたような気がして、軽く本気のローキックをカマのケツに入れて済まないと思っている。




