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・麦酒の夜 1/2

 ある晩、夕食の準備をしていると玄関からノックが鳴り響いた。


「こんな時間に来客なんて珍しいな。すまんが出てやってくれ」

「おけ……」


 実は今夜の夕飯は俺が作ることになっていた。

 そこで皿を並べてくれていたメープルに応対に出てもらった。すると聞こえてきたのは、あの都市長の落ち着いた声だ。


 キッチンから顔だけ出してみると、そこにはビール瓶を両手に抱えた都市長と、包みを持った秘書(義兄さん)が立っている。

 包みの中はどうやら焼き鳥か何かのようだ。炭火で焼かれたいい匂いがした。


「夜分押し掛けてしまい申し訳ありません。やっと時間が作れたものでして」

「つまみをありったけ用意してきました。さあ飲みましょう」


 爺さんの方はさておき、普段あれだけクールな義兄までみやげを手に微笑みを浮かべている。

 この義兄との距離感をまだまだ測りかねていた俺には、彼が自分を認めてくれたような気がして嬉しかった。


「いきなりだな。まあいい、座ってくれ」

「新婚ほやほやの夫婦の家に……ビール瓶を持って押し掛けるなんて……笑える……」

「別にいいわよ……。夫婦らしいことなんてしてくれないんだもの……」


 なぜそこですねる……。

 俺はキッチンに戻って、後は盛り付けるだけの夕飯を皿に移していった。


「お酒は久しぶり……」

「何ちゃっかり飲もうとしているのよ。あなたはまだダメよ」


 少しするとシェラハがキッチンに戻ってきて、今日の夕飯をあちらに配膳してくれた。

 しかし突然だ。こんな夜中にいきなり現れるなんて、これまでにないケースだった。


「おお、これはツワイク料理ですか。これは懐かしい」

「バザーに寄ったらたまたまカボチャが手に入ってな、これを2人に食わせたくなったんだ」


 キッチンの壁越しに声を張り上げてふと思った。

 あのしたたかな爺さんのことだ。この訪問に裏があってもおかしくはないと。


 最後の皿を抱えて俺も居間へと移ると、テーブルの上が宴会ムードになっていた。

 ツワイク料理のパンプキンシチューと、チーズドリアがそれぞれの席に並び、中央には焼き鳥と甘く揚げたパンや、スライスされたチーズが山を作っている。


「これはずいぶんと買い込んできたな……」


 俺も席に着いて、彼らと食卓を囲んだ。

 姉妹との甘ったるい夜もいいが、こういう夜も悪くない。


 我先とメープルが焼き鳥を掴むと、グラスにビールが注がれて晩餐あらため宴会が始まっていた。


「あたし、ユリウスと結婚してよかったわ……」

「うまうま……。ユリウス、主婦の才能あるかも……」

「おお、これは美味しい。私もあちらの料理を食べたのは久しぶりですよ」


 なんの変哲もないツワイク料理を彼らは喜んでくれた。

 義兄の方は相変わらず物静かで上品だったが、パンプキンシチューが気に入ったのか黙々と食べてくれている。


「それだけ長く生きていれば、そりゃツワイクに行ったことがあってもおかしくないか」

「ええ、昔のことですが。それに当時はツワイクではなく別の名前で、私の記憶の中のあの地は、素朴で木々の多い良い国でした」


 だったら今の発展したツワイクを見たら爺さんは驚くだろうな。


「ツワイク人の俺からすれば、シャンバラのビールの美味さにはちょっとした驚きだ」

「ユリウス、ちょっとだけ……それ、ちょうだい……?」


「ダメに決まってるだろ」

「あてっ……。へへへ、残念……」


 それ目当てでわざとやってるんじゃないってくらい、今夜もいい笑顔だ。

 黄金色の液体は本国の黒く濁ったものより澄んでいて、その苦みが香草風味の塩辛い焼き鳥を夢中にさせる。


 俺たちはしばらく他愛のない話と、美味い食事に夢中になった。



 ・



 酒が入って、頭が少しふわふわとしている。

 都市長と義兄さんとの夕飯は存外に楽しくて、ついつい酒が進んでしまったのもあった。


 ところが俺にしだれかかってくるやつがいた。


「おいメープル、都市長の前でそういうのは止めろ」

「それ、私じゃない……」


「お前以外にこんなことするやついるわけないだろ。他に誰が――んなっ、おい大丈夫かっ!?」


 それは隣の席のシェラハだった。

 どうやらかなり酔っぱらってしまっているようだ。


 座っていられないのか、俺が背に腕を回すと体重の全てをかけてきて、人の肩を枕にし始めた。


「え~、なにがぁ……?」


 彼女とは思えない間延びしきった声だった。


「姉さん、お酒弱い……」

「それは見ればわかる。というか、弱いなら先に言うべきだったろう……」


 今にもイスからずり落ちそうで危なっかしいので、やむを得ず俺の方からイスを寄せてしっかりと抱き込んだ。


 義兄さんがそんな俺たちの姿を静かに笑い、爺さんの方はもっとだらしない顔でニヤニヤとしている。

 俺が支えると、シェラハは体重の全てこちらに任せて、まるで甘えるようにくっついてきていた。


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