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・小エピソード アリ王子の無様な流浪生活

 これも都市長が外から仕入れてきた話だ。

 ツワイク王国を追放されたアリ王子は、憎くてたまらない俺の似顔絵を懐に入れて、町から町へと当てもなく渡り歩いていた。


 彼には護衛一人すら与えられなかった。

 あるのは旅装備をまとった青鹿毛の愛馬が一頭と、ツワイク王国の外交官であることを証明する勲章くらいなもので、アリ王子はたった一人でユリウス侯爵の行方をたどらなければならなかった。


「おい、この男を知っているか?」

「しらね。おめぇこそ誰だべ?」


「ちっ……ならいい!」

「おい待つべ、おめぇどこのボンボンだぁ? 命さ惜しかったら、その馬と(べべ)さ置いてけ」


「なんだと? くっ、こ、こいつら……」

「おい待てっ、おめぇら囲め囲め!」


 ある農村で貧相な男に問いかけると、現れたのは尋ね人の行方ではなくピッチフォークや鎌に鍬だ。

 格下の中の格下だと思っていた農民に、ときにアリ王子は身代金目当てに追いかけ回された。


「ぅ、ぅぅ……なんて連中だ……。あれでは蛮族と変わらん……なんて、恐ろしい……」


 この話が都市長の耳に届いたということは、ヤツが無事に逃げおおせたということだ。

 権力に従わない無法者には、王族の地位などなんの意味もないとヤツは思い知ったことだろう。


 その後も町から町へと渡って行けども行けども、ユリウス侯爵の行方は依然とわからなかった。

 それも当然だ。転移術を連発するコウモリ野郎が、己の足跡なんて残すわけがない。


 それでもどこかに定住していれば、見つかる可能性があると信じて、愚かな王子は世界をさまよい続けた。


 ユリウスは生まれ育った孤児院に一度だけ立ち寄った。そこまではわかっていた。

 そのため孤児院に一人、諜報員を張り付かせている。


 もしその網にユリウスがかかれば、国に残した配下が捕らえてくれるかもしれない。

 部下には必要ならば孤児院を人質にしろとアリは命じていた。


「そこの女、この男を知っているか……?」

「あんた誰? 知るわけないでしょ」


「おい、そこの、この男を見たか!?」

「そんな言い方じゃ、知ってても答えるわけねぇだろ、バァーカ」


「貴様ァッッ!!」


 町の中で剣を抜き、馬に乗って民を追いかけますバカ男が、最後は憲兵隊に囲まれて袋叩きにされることもあったとか。

 アリ王子は傲慢さゆえに各地で騒ぎを起こし、自業自得でゴロツキに追いかけ回されたり、先々の留置所のご厄介になった。



 ・



「なぜ俺はこんなみすぼらしい格好で、砂漠でコインを探し回るような生活をしなければならんのだ!! ユリウスゥゥーッ、貴様どこにいるぅぅーっ!! なぜ痕跡がないのだっ、これでは探しようがないだろうがっ!! これだからっ、これだから魔導師どもは……クッ、クソォォォーッッ!!」


 疲れ果てて酒場宿に泊まったときはもっと酷かった。

 寝ようにも外の酒場が騒がしく、繊細な王子様はダニに食われた胸をかきむしりながら発狂した。


 一人でそんなバカみたいな大声を上げたら、頭のおかしいやつだと思われるのが関の山だ。

 そもそも探したところで俺が見つかるわけがない。


 俺はヒューマンが入ることの出来ない閉ざされた聖域、シャンバラにいる。

 お前がたどり着く日は永久にこないので、早く諦めて新しい人生を始めた方がいい。


「火酒を寄越せ!」

「荒れてるね、お客さん」


「ふんっ、貴様に俺の苦労がわかるか! ああ、イライラする……!」

「それ飲んだら部屋に戻った方がいい。奥のあの男、この辺りのギャングのリーダーだ。アンタを睨んでるぜ」


 この先、アリの中では無法者への恐怖が消えることはないだろう。

 火酒を一気飲みして、アリは逃げるように部屋へと早足で歩いた。


「おい、待てよ。狂人のくせにずいぶんと偉そうじゃねぇか」

「ボスが一緒に飲みたいってよ。おら付き合えよ?」

「ヒッ……お、俺に触れるなっっ!!」


 アリはギャングの手下を殴り飛ばした。

 そうなればもうごめんなさいでは済まない。剣を抜く前に手足を拘束され、ギャングリーダーの拳を腹にねじ込まれた。


「ゲハッッ……!? 何を、する……俺は、俺は王子だぞ……っ。アグァッッ?!」


 そんなことを言っても誰も信じるわけがない。

 本物の狂人だとギャングたちに笑い飛ばされ、サンドバッグのように代わる代わる殴り飛ばされた。


「お客さん、災難でしたね。こんなときに済みませんが、お代は結構ですから出て行って下さい。うちもあの人たちに睨まれると、商売立ちゆかないものでして」


 結局、ゴミでも捨てるようにギャングたちはアリを外へと運び、お前にはここがお似合いだと橋の下に投げ捨てて去っていった。


「俺は……俺は自分の身すら、守れないのか……。ぅ、ぅぅ……ちくしょぉぉ……」


 男にとって、暴力への敗北は最高級の屈辱だ。

 この日、さしものアリも理解しただろう。

 いかに自分が王家の権威に守られてきて、それを失った己がいかに弱い存在なのかを。


「ギャングどもに酷くやられたな。飯食ってくか?」

「俺は……乞食の情けなど、受けん……っ」


「けど今のお前、その乞食より下に見えるけどなぁ……」

「消えろ、クソ野郎……」


 それでもそうそう簡単に人が変われるはずもなかった。

 乞食は哀れむように愚か者を見下ろし、『今日は別のところで寝るか』とつぶやいてから、やさしくも寝床を譲ってくれたのだった。


予告通り、ざまぁ回を増やしていきます。

投稿が遅くなってすみません。

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