・母国ツワイクに迫る貿易の危機 純正ポーションと闇ポーション 2/2
先日は申し訳ありません。
2/2を先に投稿してしまっていました。
差し替えましたので、1話戻って読み返していただければ、問題なく読み進められます。
投稿ミスの常習犯でした。
ヘンリー工場長が謁見の間を訪れると、そこになぜか見慣れた顔があった。
それは小生意気な彼の甥で、なんに付けても自分に反発する一族の厄介者だった。
「……は? 今、な、なんと……?」
「今日よりこの者に工場を任せる。そなたより剥奪された男爵位と、私財の管理もまた彼に一任する」
「お待ち下さい! それはあまりにもあんまりでございますっ! あ、あの……あの闇ポーションさえなければ、建て直しは、出来たはずなのに……!」
「既に決まったことだ。以降、彼に従うように」
王の興味は既にヘンリー元男爵にはなかった。
これでも情けをかけてやった方だと、王は謁見の間から工場長をすぐに退室させた。
こうして元工場長の前に残ったのは、叔父に対して勝ち誇る甥だけだった。
「気分が優れないようですな、叔父上」
「なぜ、なぜお前なのだ……お前は直系ではなく、傍流ではないか……っ」
「その言い方はないでしょう、叔父上。叔父上のせいで我々一族は窮地に陥ったのですよ? 身ぐるみはがされて、皆で路頭に路頭に迷うより、まだマシな結末でしょうに」
「はっ……!? まさか……き、貴様、貴様……っ、王と取引したなぁっ!?」
息子ではなく、最も関係の悪い甥に権力が渡るだなんて。
今日からこの小僧に逆らえないだなんて、工場長からすれば新たな悪夢の始まりでしかない。
「叔父上。叔父上には早速仕事を任せたい」
「お、思い上がるなよ……! お前が私に命令だと!?」
「貴方はもう工場長ではありません。今日からは、ただの倉庫番です。ああそうです、叔父上にトイレ掃除を任せてもいいですね」
「な……んな……?!」
工場長は絶句した。
「ふ、ふざけるなっ! なぜ私がそんな汚らわしい仕事を……!」
「見せしめですよ。僕に逆らったらこうなると、知らしめるのには十分でしょう?」
「私に敬意を払え!! 男爵家を守ってきたのは私なのだっ、この恩知らずが!!」
「いいですよ、嫌なら出て行ってもらいます。男爵家に面倒を見てもらえるだけ、ありがたいと思わなきゃ。そうでしょう、元工場長?」
衝撃のあまりに工場長は地に膝を突いた。
既に男爵の地位は己になく、財産もなく、生き繋ぐためには最低の甥に従わなければならなかった。
「わかった……」
「アッハッハッ、こんなに簡単に家を乗っ取れるなんて思わなかったですよ。悪いねぇ、ヘンリー倉庫番。いや、便所係かなぁ?」
財産と地位が甥の手に渡ることで、男爵家の破滅こそ回避されたが、これから工員たちに見下される毎日が始まる。
明日から始まる絶望に、希望の何もかもが打ち砕かれた。
「ユリウス……、お願いだ、工場に戻ってきてくれ……。お前さえいれば、わたしは、元の地位に……ぅ、ぅぅ……」
「ハハハハッ、地位ある者に媚びると同時に、天才にも媚びるべきだったな」
その言葉は、己の秘書が憎たらしい甥と繋がっていた証拠だった。
既に彼は裏切られていたのだ。
・
「とまあ、こういったわけでして、キャラバン隊は前回の7倍の利益を叩き出しました」
「自業自得とはいえ、あまりに悲惨だな……」
ヘンリー工場長が薄めたポーションで、どれだけの数の冒険者が命を落としたかと思えば、それでも温情のある処罰だろう。
人の生死を分ける薬を薄めた時点で、普通ならば極刑を受けてもおかしくなかった。
「ユリウスさんはおやさしいですね」
「本人の顔を知っていればそりゃ多少はな」
「しかしこの愚かな男のおかげで、闇ポーションは飛ぶように売れていますよ。キャラバン隊が1つ戻るたびに、ツワイク金貨が3000枚も手に入るほどですよ」
「えげつないな……」
俺の力はシャンバラの商人たちと相性が極めて良かった。
彼らが世界中にポーションを流通させて、そこから富や物資をかき集めてこの国に戻る。
彼らの広大で太い販路がなければ、これほどまでに決定的な結果は出なかっただろう。
「どちらのポーションが優れているか。ツワイクの冒険者たちからすれば考えるまでもないでしょう」
「そこは命がかかってるからな。俺だって薄められたポーションを命綱にするなんて、お断りだ」
「ただ……近い将来、闇ポーションは彼の国で規制されてしまうでしょう。その前に売れるだけ売り切ってしまいたいところです。規制が入るという噂をこちらから流して、消費を刺激するとしましょう」
本当にこいつら、商売となるとえげつないな……。
交易商人は品々の物価の差を利用して稼ぐ商売でもあるので、それだけ売り時を見抜く目がシビアなのだろうか……。
「だったら向こうの錬金術師を味方に引き入れたらどうだ?」
「というと?」
「エリクサーを向こうの錬金術師に薄めさせればいい。信頼のおけそうなやつを数人知っている。工場勤務時代のコネだな」
「せっかくキャラバンという形で雇用が生み出せているので、それを変えるのは気が進まないですね。シャンバラのガラス産業からすると、瓶が売れてくれるのがまた都合が良いのです」
「そういえば、アンタは政治家だったな……」
雇用はこの国の課題だ。
一部の事業がバカみたいに儲かっていても、働く場所がないと国民の生活が成り立たない。おかしな話だった。
「しかし情勢が変化したらその方法も試したいところです。念のため、その者たちの弱みを握っておきましょうか」
「弱みって……。今のは聞かなかったことにしておくよ……」
「スパイ活動は綺麗事だけでは済まないのですよ」
まあ、あの工場で過労にあえぐ生活をするよりもずっと幸せだろう。
ところがそうしていると、あまりこの場所では会いたくない男が書斎に現れた。
「よう、邪魔すんぜジジィ」
「ジジィって……。俺の師匠なら言葉くらい選んで下さいよ……」
「構いません、事実ジジィですので。ようこそ、アルヴィンスさん」
最初はどうも信じがたかったが、師匠と都市長はなぜか気が合うようだった。
「借りてきた本返しをにきただけだろ。面白かったぜ、エルフの作家もバカにできねぇわ」
「ツワイクの読書家にそう言われると、エルフの一員として嬉しいものです」
どちらも読書家で、師匠はここに泊まり込んで、ツワイクの本の話を爺さんにすることもあるそうだ。
それはまあいいのだけど、師匠の言葉遣いさえまともならと、どんなに思ったことだろう……。
「じゃあ俺はこれで」
下品なのを承知で皿の残りを一気に平らげて、俺は席を立った。
ところが師匠が俺の前に立ちふさがってきた。
「どこ行くんだよ、バカ弟子」
「家に帰ります」
「奇遇だな、俺もてめーの工房に用があったんだ」
「……それ、嫌な予感しかしないのですけど」
そう答えると、ニタリと不良オヤジがこちらに笑い返してきた。
本当にこれは、ろくなことではないに違いない……。
「あの日、俺はてめーを助けてやったよなぁ?」
「それって、シャンバラに師匠が現れた日のことですか?」
「おう。俺はてめーの人生に、魔導師の道をくれてやっただけではなく、命の恩人でもあるんだ」
「ユリウスさんの駆け出し時代ですか……それは興味深い。後でぜひ教えて下さませんか?」
「いいぜ。あの頃はコイツも素直でかわいかった。おい、待てよ!」
「だったらさっさと本題を言って下さい」
横をすり抜けて去ろうとするとまた道を阻まれた。
「よし言うぞ」
「いいから早く言って下さいよ!」
「いいかユリウス。てめーは、恩返しに、おっぱいのでっけー人型ホムンクルスを俺に作りやがれやっっ!!」
あまりにバカ過ぎて言葉の意味が理解できなかった。
義理の父の前で、己の師匠から『おっぱい』という単語も聞きたくなかった。
「はぁぁ……っ。俺の師匠なら、お師匠様らしい注文して下さいよ……。そうやってなんで……なんで、人前で恥をさらすんですかっ、もうっ……!!」
「うるせぇっ! 俺の注文は俺に都合の良いおっぱいちゃんだっ! そうと決まったら行くぞ、バカ弟子!!」
「バカは師匠の方でしょう!!」
師匠は転移魔法を発動させて、早く工房に行くぞと世界の裏側に俺を引っ張り込んだ。
ああ……素行の悪い人だとは思っていたけれど、ここまでバカでスケベだとは思わなかった……。
振り返り際に見た都市長は、何か面白いのか俺たちに向けて楽しそうに微笑んでいた。




