・せっかくだから無許可で迷宮も視察しよう
黒いローブは売ってしまえとメープルは言うが、ちょっとそういう気にはなれなかった。
未練がましいと言われても、こればかりは捨てられない。
そこで邪魔なローブその他を預かってもらおうと、市長邸に1度引き返すことになった。
ところがメープルが案内してくれた最短ルートは、スラム街のド真ん中を横断するものだった。
「お前は自由だな……。ああ、どこまでも自由だ……」
やさしく彼女の頭を叩いて、きっと悪気はないのだろうと一人で納得した。
「よくわかんないけど、ポンポンは、大歓迎……」
「一応聞くが、ここって通っても安全なんだよな?」
「え、全然?」
「んな道に客人を案内すんじゃねーよっ!?」
俺たちの陽気なやり取りに、スラム街の連中の暗い目線が集まっていた。
バザー街とは一変して、全く歓迎されていない感じがひしひしとする。
「いいキャラ、してるね、ユリウス……」
「お前にだけは言われたくねーよ……。いやしかし、エルフの国にもスラム街ってあるんだな……」
「うん……」
スラム街は行けども行けどもスラム街だった。
俺が思っていた以上に大きく、じわじわとシャンバラの問題を実感させられた。
「なぁ、もしかしてこの国、不景気なのか……?」
そう問いかけても返事は返ってこなかった。
なぜ俺がこの地に招かれたのか。その疑問の1つが氷解してゆくのを感じた。
・
服を市長邸に預けて、俺たちは再び外に出た。
オレンジの香り付けをした冷たい水を貰って、それをテラスですすりながら町並みを眺める。
「なあ、迷宮ってどこにあるんだ?」
「あちこち……」
「近場にあるなら案内してくれないか?」
「わかった……。じゃあ、お姉ちゃんか、都市長に……」
「それは無しで頼む。実物を見るならアポ無しが最適だ。連れて行ってくれ」
「え……。でも、そういうのは、困る……」
この変わり者にも攻められると困るラインがあるようだ。
しかしこっちだって、活動を始める前に実物を見たい。それはモチベーションにも直結するからだ。
「秘密にするだけだ。命令違反じゃない。……それに任を解くと、あのとき都市長に言われただろ?」
「でも、絶対、怒られるよ……?」
「そのときは俺がかばうから頼むよ」
「はぁ……。わかった……」
そういうことになったので、俺たちは市長邸の敷地を出ると今度は砂漠の方角に進んだ。
砂漠に出てみると、ずっと向こうに川と広い畑があるのを見つけた。
砂漠と一概に言っても、全てが砂で埋まっているわけではないようだった。
・
オアシスを離れて熱い砂の上をしばらく歩くと、そこに記念すべきシャンバラ第1号迷宮が隠されていた。
表向きは軍の詰め所だ。だがその建物の中には、地下へと続く石の道があり、その先には淡い光を放つ扉があった。
「本当に2人だけで行くつもりミャ?」
「私は3人が――」
「単なる様子見だから十分だ」
ネコヒト族の女戦士が同行を志願してくれたが、気を使いそうなので突っぱねた。
メープルの反応が面白かったのもある。
「でも、強い敵が出るけど、平気かミャ……?」
「平気じゃ――」
「余裕だ。行くぞ、メープル」
「えぇぇ……っ!?」
彼女を引きずって、俺は迷宮へと進入した。
少し意外なことに、入ってみるとここはツワイク王国の迷宮に似ている。
曲がりくねった広い道が奥へ奥へと続き、そして俺の隣で少女がこちらにジト目を向けていた。
「まさか、このまま進むの……?」
「当然だ。実際に戦わないと視察にならないだろ」
「でも……私は弱体系で、こういうのは、苦手だから……」
「そういや、出会って一言目がパラライズだったな……」
「違う……。ちゅーちゅーって、言った覚えある……」
「まさかそのでかいネズミに拉致られるとか、予想してなかったぞ」
ここに来るまでに聞き取った限りでは、彼女は状態異常魔法を得意としている。
攻撃魔法もそれなりに使えるが、回復魔法は苦手だそうだ。適性がメープルの性格そのまんまで少し笑えた。
「じゃ、後ろは頼む」
「え、前に立つの……? 一応、私たちの未来が、あなたに……」
「見くびるな。これでも3年前までは軍にいたんだ」
「そんなの知ってる……。あ、待って……」
前衛としてパーティを引っ張って前進した。
道は緩やかな下りを描きながら、やがて1つ目のフロアへと行き着く。
目前の扉を開くと、定番のゴブリンたちが8体ほどひしめいていて、こちらに敵意の目を向けた。
「標的にサインを刻むから、メープルは印のないヤツを狙ってくれ」
「そういうことっ、先に言って……っ! あっ……!?」
エルフの魔法と、人間が生み出した魔法は、同じようで系統が異なる。
ツワイク王国・宮廷魔術師が得意とする亜空間転移の力で、俺が姿を消し、ほんの少しの後にゴブリンの背にナイフを突き刺す光景を見ると、メープルは二重に驚愕することになった。
「ぇ……っ、ぇ……ええっ……!?」
メープルがアイスボルトで倒したのは、最後の1体だけだ。
残りの全てを、俺は転移と強襲だけで全滅させた。
一通り片付けると、敵が光と共に消えてドロップが生じた。
ゴブリンの牙に、爪に、魔石に、小さな鉄鉱石も混じっている。
鉄鉱石をのぞけば、これは錬金術で使う魔物素材だ。
「い、今の……何……?」
「亜空間転移だが、見たことないのか?」
この力は瞬間移動ではない。ただ亜空間という裏道を通って、通常より素早く移動する力だ。
戦闘に応用すれば、神出鬼没のアサシンにもなれる。
「それは、知ってる……。でも、そんな連発出来る人なんて……見たことも、聞いたこともない……」
「外では常識だ」
「ウ、ウソ……」
「ウソだ。師匠には、そういう使い方をするなとよく怒られた」
彼女と話しながら、ドロップを袋詰めして前進した。
そこから先はまあ、さっきまでとだいたい同じだ。
道を阻むモンスターがあれば片付けて、瞬く間に地下2階にやって来た。
「待って……! それ以上は、ダメ……!」
「いや、まだ始まったばかりだ」
「ダメったらダメ! これ以上先は、進んじゃいけないって、決まってる……」
「なぜ?」
「凄く、強いボスモンスターが現れたから……。だからユリウスの、ポーションを、待つことになったの……」
「だったら小手調べといこう」
「ええっ、なんでそうなるの……っ!? 待ってっ、ダメったらダメだよっ、お姉ちゃんに、怒られる……っ!」
「大丈夫だ、言わなきゃバレない」
彼女は背中から腰にしがみついて止めようとした。
しかし小柄なのもあってなんのことはない。
ズルズルと俺は砂漠エルフを引きずって進んだ。
やがて俺はしばらく進んだ先の大部屋で、巨大なキマイラを発見することになった。
蛇の尾、鷹の翼、ライオンとヤギの双顔を持った強敵だ。
「これならいけるだろ」
「何言ってるのっ、無理だよっ!?」
「弱体は任せた」
「私たちだけでは決定打不足――ええっ、こ、こらぁーっ!?」
抜いていたナイフを腰に戻して、俺はキマイラに突っ込んだ。
転移を使って敵の爪を寸前でかわし、ナイフではらちが明かないのでファイアボールを投げ付けた。
「毒、猛毒、麻痺、筋力低下、守備低下、敏捷性低下っ!!」
さらには後方から、状態異常と弱体魔法の雨あられがキマイラを襲う。
一方で俺は回避困難な攻撃をナイフで受け流し、とにかく避けて避けて避けまくって、炎の弾幕を張った。
キマイラが怒りの咆哮を上げた。
どんなに暴れても倒せない蠅のような魔術師に、炎に巻かれながら執拗な攻撃を仕掛ける。
だがムダだ。転移中の俺は世界に存在しないので、転移先を先読みする知能がない者に、俺を倒すことは出来ない。理論上は。
「ぁ……や、やっつけちゃった……」
「やっとか……。はぁっ、なんてタフなやつだ……討伐を諦めたのも納得だな」
「だから言ったのに……」
数分間の長期戦の末にキマイラが消え、光の中からドロップが現れた。
あまりに小さいので近づくまで見えなかったのだが、黄金色のトパーズと、色のないコランダムに、深い暗色の黒曜石だった。
「ボスドロップにしてはしょっぱいな……。ま、攻略を阻む壁を駆除できたと思うか」
小さな宝石を拾い、俺は疲労にしゃがみ込んでいたメープルに手渡した。
「ぁ……これ……」
それは財宝としてはあまりに小さい。
しかし彼女は食い入るようにそれを見て、視線を上げなかった。
「そういうのが好きなのか?」
「別に、それほどでもない……」
「そうは見えないぞ」
「…………え、なに?」
「なんでもない。そろそろ夕方だろう、帰ろうか」
「うん……」
「それはお前にやる」
「いいの……? やった……とっても、嬉しい……っ」
実際に探索してみてよかった。
やはりこの国の新事業にポーションは必要不可欠だ。
2層目にして、あんな頑丈な怪物が現れるのでは、回復薬の存在は必須と言っていいだろう。
俺たちは市長邸へと引き返した。
「危ない……。ほら、前見て歩け」
「ぁ……ごめん」
「どこでも手に入るような、ただの宝石だぞ。前を見て歩け」
「うん……」
帰り道、宝石に夢中で転びそうになったメープルを何度も抱き支えた。
それでも彼女は、白と、金と、黒の輝石を見つめて、それを砂漠の美しい西日にかざしていた。
「綺麗……」
「そうかもな」
彼女の心の機微まではわからないが、彼女にとってそれはカスドロップではなく、幸せな気持ちをもたらす宝物だったようだった。
予定を変えて本日も2回更新いたします。
皆様のおかげで、ハイファンタジー日間23位に入れました。ありがとうございます。
面白さが長く続くお話を意識してますので、これからもゆっくりと追っていただけると嬉しいです。