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・第二部プロローグ 白百合のグライオフェン

 人はボクのことを白百合のグライオフェンと呼ぶ。

 なんだかボクには似合わないような気がして止まないけれど、だけどこれは大好きな女王陛下から賜った大切な呼び名だ。


 ボクは分かたれた12部族のうち1つ、森エルフ(リーフシーカー)の王国リーンハイムで長弓隊の隊長をしていた。


 王宮暮らしの将校として、ある時は天高くそびえる城から黒ずんだ木造の城下町を見下ろした。彼方に広がる穀倉地帯を眺め、そのさらに向こう側に広がる針葉樹林を見やった。


 またある時は剣盾と短弓で揃えた精鋭を連れて、女王陛下の名の下に生態系を破壊するモンスターを狩って回った。

 このリーンハイムは国土の半分を深い森に包まれている上に、なだらかな丘に囲まれてデコボコとしているので見通しが最悪だ。


 そのため戦える者が定期的に各地を巡回して、怪物の痕跡を見つけ出し、追跡して危険を排除する。

 華やかな王宮暮らしの軍人のようで、実は狩人のように泥臭いこの生活をボクはもう50年も続けていた。


 この先の50年後も、さらに100年後も、ボクは大好きな女王陛下と共に1年の半分を王宮で暮らし、残りを戦いに身を置いて生きただろう。


 だけど永遠なんてものはどこにも存在しない。

 ボクはリーンハイムと大好きな女王陛下を捨てて、彼と共に生きるようになった。


 その経緯は一言ではとても説明しがたい。仮に言っても信じてもらえないと思う。

 女神が手繰る運命の糸が絡み合い、誤って彼とボクの運命が繋がってしまったとしか言い難い出来事だった。


 白百合のグライオフェンは、砂漠の国の大錬金術師ユリウス・カサエルと出会い、今でもちょっと認めがたいけれど、彼に強く惹かれていった。


 彼は人間のくせに聡明で、生き急ぐ傭兵のように命知らずで、どんなにボクが邪険な態度で接しても、機嫌を損ねることなく大らかに笑い返してくれた。


 全てを失ったボクにとってそのやさしい笑顔は救いだった。

 彼に奥さんがいなかったらどんなに良かったか……。今ではそう思わずにはいられない。


 あの日、ボクは全てを失った。



 ・



リーンハイム城城壁にて――


「これは、ちとまずいのぅ……」

「陛下、士気に関わる発言はご自重下さい!」


 国中から黒煙が立ち上っていた。

 耳を覆いたくなるような、人々の悲痛な叫び声が聞こえては消えて、そのたびにボクを恐怖と怒りに震わせていた。


「うむ、愛しの家臣に叱られてしもうたわ。しかし、これはいかんともし難いのぅ……。奇策の一つも打たなければとてもひっくり返せんな」

「く……せめて辺境を巡回している軍だけでも戻せれば……」


 気づいた頃にはもう全てが遅かった。

 どこからともなくモンスターの大軍が現れて、リーンハイムの国土を蹂躙した。


 敵は国境に現れるのが常識なのに、それが王都近郊にいきなり現れるなんて……。

 こんなのどんな軍事国家だって対応できない。


 ボクたちはまともな前線すら構築出来ないまま、民を城に避難させて籠城することになった。

 城下から聞こえる悲鳴の数々は、言うなればボクたちの失態であり呪詛と同義だ……。


「わらわのグライオフェンよ、策を思い付くまでそのまま撃ちまくれ。敵に城壁を登らせるな」

「仰せのままに!」


 いつか人間たちは結界を通り抜けて、ボクたちエルフに襲いかかると危惧していた。

 だけどそれがオークやゴブリンの軍勢だなんて、こんな戦いは想定していない。


 兵たちは連戦に次ぐ連戦に疲労困憊で、それでも城壁に近づかせまいと矢を放ち、侵入者を命がけで排除した。

 身軽なゴブリンはハシゴも無しに城壁を登ってくるので、防衛線の絞りようがなく厄介だった。


「うむ、わらわの計算によると、じきにリーフシーカーは滅びるな」

「それをひっくり返すのボクたちの仕事でしょう! ちゃんと考えて下さい、陛下!」


 愛用の長弓は敵の刃を受けて折れた。

 今は仲間の死体から剥いだ短弓で、女王陛下と共に城壁に張り付く怪物たちを射ている。


 陛下は戦略を練りながら、特別な魔法の力で石や木を弓矢に変えていってくれた。

 おかげで球切れはない。しかし敵の増援も無尽蔵だ。


「うむ……ダメだな、何百パターン考えても既にこれは詰んでおる。民のために、少しでもここで戦い抜いて時間を稼ぐくらいしか……何も思い付かぬのぅ……。む、時間稼ぎ……時間稼ぎか……」


 敵もきっとこの思わぬ抵抗に驚いているはずだ。

 根気強く戦えば、士気を失って撤退してくれるかもしれない。

 ところが黒い影が空に現れて、それが城壁のボクたちを強襲した。


「陛下、何か来ます!」

「おお、なんじゃあれは……」


 それは奇妙な個体だった。

 青い肌に長い爪を持っていて、自らの翼で飛行している。


 全身に毛髪がなく、代わりにあちこちに血管が太く浮き上がった醜い怪物だ。


「まるで伝説の悪魔みたいだ……」

「ククク……出会い頭に悪魔とは口を知らない家畜どもだな」


 ボクたちは驚いた。モンスターが喋るなんて今まで聞いたこともない。

 本能的な危険を感じてボクは返事よりも先にヤツへと弓を放った。あっさり命中したけれど――


「ん、今何かしたか?」


 ヤツの手で弓が引き抜かれると、傷口がゆっくりとふさがってゆく。

 常識的ではあり得ない回復力だった。


「いかんのぅ……知能を持った半不死身の飛行タイプか。詰み要素が増えよったわ」

「我が名はアダマス、家畜の言葉言うところの異界からの侵略者だ。察しのいい指導者よ、さっさと降伏しろ。我が軍勢は無限だ、戦いに終わりはないぞ」


 そう言ってアダマスと名乗る悪魔は、白い骨片のようなものを床にまいた。

 たちまちにそれが幻のように透けるスケルトンに変わった。


「降伏の見返りはなんじゃ?」

「殺さずに家畜にしてやるぜ。半永久的に生きる奴隷というのはなかなか理想的だからな、ヒャハハハ!!」


「うむ……ならば、論外じゃ!! 吹き飛べ下郎が!!」

「ッッ?! 全軍待避!!」


 ここがボクたちの最後の砦だ。

 女王陛下は隙だらけの怪物たちに、純粋魔力エネルギーの巨大ビーム魔法[マジックブラスト]を無詠唱でぶちかました。


「ふぅ……。これで、少しは、時間が稼げるかのぅ……」


 アダマスと名乗った悪魔は言葉を発することも叶わず、スケルトンごと城外に吹き飛ばされていった。

 指揮官の敗北に、モンスターたちが動揺を始めている。中には敗走を始める個体もいた。


「さすがは陛下です! まさか交戦前に一撃で倒してしまうとは……!」

「いや、あれは死んではおらぬな……。じきに回復して戻ってくるじゃろぅ……」


 奇襲攻撃により、防衛隊の士気が高まっているというのに陛下は相変わらずだった。

 彼女は片手間に術で矢玉を作りながら、その美しい容姿を歪めて策を考える。


 ボクも短弓を再び構えて、敵軍に矢を放った。

 一時的にではあるけれど戦況が好転している。絶望の中に小さな希望が宿っていた。


「何か思い付かれましたか?」

「うむ。どう逆立ちしても数の差はどうにもならぬ。増援が必要だ」


「なら国境側の軍がこちらに戻って来るまで、それまで耐えしのげば……」

「それも計算の内じゃ。その上でも兵が足りぬ……うむ。ではこうしよう」


 城壁から眼下に矢を撃ちながら、背中で陛下と言葉を交わす。

 すると背中の方から、感じたことのない魔力の高まりを感じた。


「え……な、なんなのですか、その妙な影は!?」

「うむ、これは世界の裏側への入り口じゃ。適性と知識のない者が入ると酷い目に遭ったりもする」


「はぁ、それはいかにも危険そうですね……」

「ああ、危険極まりないよ。一部のヒューマンどもは器用に使いこなすようだが、わらわにもどうもあの連中はわからん。あちら側に渡ってもペナルティを受けない、特殊な身体の構造をしているようだ」


 聞いたことがある。確か西のツワイクの魔法使いは、馬よりも早く空間を移動できる。城壁すら乗り越えて単身忍び込めると。


「入ったらヤバいのでの、もっぱらゴミ箱代わりにしておったのだが……事情が変わった。今回はゴミの代わりに、最も大切で人に渡しがたい、わらわの希望そのものを送り出すとしよう。……グライオフェン、迎撃を止めてちこう寄れ」

「は、ご命令とあらば!」


 振り返ると陛下は寂しそうにボクを見ていた。

 それから大切そうにボクを胸の中に包み込んで、堅く抱き締めてくれた。


「へ、陛下……あ、あの……ボク……」

「その瑠璃のように青い髪、澄んだ瞳、勇敢で勇ましいようで、脆さを秘めた魂……こればかりは失い難いのぅ……。わらわのグライオフェンよ、この50年、わらわの側にいてくれて感謝するぞ。そちに支えられたこれまでの一時は、長いわらわの生涯でも夢のような黄金期であった……」


「陛下……? なぜ別れの言葉めいたことを……」

「グライオフェンよ、これはわらわからの最期の命令じゃ。未来のために、そちはシャンバラへと転移せよ」


「陛下、その役割はボクでもなくても出来ます。他の者を――」

「嫌じゃ」


「いくら嫌と言われましても……」

「わらわはそちが無惨に殺される姿を見たくない。わらわが血をまき散らして倒れる姿も、そちにだけは見せたくない」


 貴き唇が近づいて、陛下はボクに愛の証をくれた。

 喜びに頭がぼやけて、ボクは彼女の胸の中で無防備になった。


「ボクには陛下を置いて逃げるなんて出来ません……」

「これは撤退ではないぞ。過去の実験が正しければ、このゲートは分かたれた12部族のうちの残り1つ――デザートウォーカーの国シャンバラに通じておる。すまんが、援軍を一つ頼む」


「そんなの嫌だ!! 最期の瞬間までボクは貴女と一緒にいたい!! 最期くらい立場も捨てて、貴女と――へ、陛下、止めて、ダメ、ボクは行きたくない!!」


 リーンハイム最高の魔法使いは、得体の知れない穴の中へとボクを少しずつ飲み込ませた。

 剣を杖にして、ボクはそれに抵抗した。


「ああ、わらわもずっと一緒にいたかった。残念じゃ、白百合のグライオフェン」

「止めて陛下、仲間と貴女を見捨てるなんてボクには出来ないよ!!」


「うむ、安心しろ、わらわたちは死ぬ気で生き残ってやるぞ。だからさっさと行けっ! 扉よっ、同胞の地へとわらわの白百合を導け! ついでに最期に言っておくぞ、そちなんかわらわは大嫌いじゃ!! まだうら若いそちが城に現れてっ、一目見た時から大嫌いじゃった!! そちなんかどこにでも消えるがよい!!」


 悲鳴めいた陛下の言葉が胸を熱くさせて、死別にも等しい別れに胸がズキズキと痛んだ。

 彼女に送り込まれた扉の向こう側は、足下にマス目があって色のない世界だった。


 そんな世界で、目には見えない不思議な濁流がボクを押し流し、どこかもわからない世界の彼方へと運んでいった。


 助けなければならない。

 シャンバラの民を説得して、仲間と陛下を全滅の運命から救わなければならない。

 薄れゆく意識の中、ボクは必ず仲間を守ると誓いを立てた。


 けれども――




 運命の女神は残酷だった。


※今後の方針について

 投稿ストックが既にカツカツです。そのため1日1話更新に変更していきます。

 もしストックが尽きたらどうか許して下さい。

(来月公開の新作も準備しなくてはいけないので……!)


 それでは、第二部も明るく楽しく、運営に怒られない範囲でエロスになっていますので、どうかこれからも応援して下さい。

 おっさん成分増えますが、そこはおっさんどももかわいいものだと、許して下さい。

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