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・金貨11枚の買い物

 オアシスを離れたのに、砂漠を進むと別のオアシスが現れて、その周囲にバザー街がひしめいているのが見えた。


「オアシスって1つじゃないんだな……」

「いくつもあるよ……」


「具体的にいくつだ?」

「ん……いっぱい」


「そうか、いっぱいか」

「うん、いっぱい……。これからは、いっぱい、苦しい顔、見せてね……?」


 コイツには会話の脈絡ってものがないらしい。

 後ろ歩きになって、彼女は天使の笑顔を浮かべながら甘えるように首をかしげた。


「お前さ、歳いくつ?」

「17……だっけ?」


 そうは見えない。てっきり14歳くらいかと思っていた。


「自分の年齢だろがっ! あー、俺は23だ」

「あ……。つまり、客観的に見て……ユリウスは、正真正銘の、ロリコン……?」


「それよか早く服屋に案内してくれ……。マジで死んじまう……」

「死んだら困る……」


 しばらく飛びがちな会話をラリーさせると、バザー街に到着した。

 ゴミゴミとしているが、明るく陽気で活気のあるバザーだ。


 奥を見やればどこまでも店が続いて、それは交易都市と名乗るだけはある光景だった。


「いつもこんなに人が集まるのか?」

「へへ……凄い……?」


「ああ、凄い。それに面白そうな街だ」

「えへへへ……そう言われると、嬉しい、かも……」


 地元に誇りを持てるのは良いことだ。

 素直にメープルへと笑い返して、俺は往来を歩きながら露店を見て回った。


「あんた、ヒューマンか?」

「へー、珍しい。どこから来たんだよ?」


 すると露店の店主2人から声をかけられた。

 周囲の連中も俺が気になっていたようで、注目が集まった。


「ツワイク王国だ」

「おおっ、あのポーションと迷宮素材の国か!」

「あんな遠くからよく来たなぁ……。そうだ、これ持ってけ、これから贔屓にしてくれな!」


「あ、ああ……落ち着いたらまた来るよ」


 見たこともない真っ赤な果実を貰った。

 リンゴよりやわらかく熟していて、爽やかな甘い匂いがする。


 かじってみると、酸味が強かったが、それが気にならなくなるほどに甘かった。

 店を見回せば見たことのない果実ばかりだ。


「半分食うか?」

「ぇ……?」


「いらないならいいぞ」

「ぁ……えと、でも……。いる……食べる……」


 食べかけの実を渡すと、メープルはしばらくおとなしくなった。

 感激に言葉を失うほどだったようだ。


「何見てるニャ?」

「何って、猫……?」


「猫じゃないニャ。僕たちはネコヒト(・・・・)ニャ、ヒューマンさん」


 砂漠エルフの中に、直立歩行をするでかい猫がいた。

 彼らはやわらかな体毛に覆われていて、背丈は俺の胸くらいまでしかない。


「へー……初めて見た。あ、それ買うよ。ツワイクの銀貨って使えるか?」

「ほんとは困るけど、しょうがないニャ。それで勘弁してやるニャ」


「悪いな」

「ツワイクのヒューマンと会ったって、自慢に使わせてもらうニャ」


 ツワイク銀貨と引き替えで、豚串を2本受け取って店を離れる。

 ところがメープルはまだあの果実に口を付けていなかった。


「嫌いなのか?」

「ぇ……ぁ……違う……。まだ、勇気が、出なくて……」


「だったらこの肉と交換するか?」

「貰うけど、絶対返さない……。んっ……」


 メープルの小さな口が果実をがっついた。

 酸っぱいのによくあんな勢いで食べられるものだ。


 最後に彼女は種を吐き出して、俺と一緒に豚串をほおばった。

 美味い。香ばしい肉にがっつくと元気が出てくる。


「なあ、アレなんだ?」

「有角種。とても賢い……あむあむ……」


 エルフが8割、獣人ネコヒトが2割、額に角のある種族も今一人見つけた。

 ますます別世界に迷い込んだような気分になっていた。


「あ、そこ曲がって、すぐ……」

「やっとか……」


 案内通りに道を曲がると、バザーではなく土壁で作られた店舗があった。

 扱う物の性質上、屋根や保管場所が必要なのだろう。


「わかっちゃいたが、だいぶ異国風(オリエンタル)だな……」

「男なら、トーガとマントが無難……。ちなみに、トーガは、パンツをはかない……」


「マ、マジか……」

「うん、ウソぴょん……」


「外国人からかって楽しいかよ、お前っ!?」

「すごく、楽しい……♪」


 幸せの匂いのする笑顔が返ってきたので目をそらして、俺は気になった服に手をかけてゆく。

 トーガはともかく、マントはどれもいい感じだ。


 見てゆくとどうやら、生地が白ければ白いほど高級なようだ。

 染料でオリーブ色や、茜色に染めたものもあり、それは普通のヤツの倍くらいした。


「おっ、見ろよメープル、こんなの誰が着るんだろな」


 店の奥には一際目立つ服があった。

 純白の生地に金糸が縫い込まれたもので、マントが金貨5枚、トーガが金貨6枚という狂った値段設定だった。


「ユリウス」

「……は?」


「あの、すみません……この服、下さい……」

「ちょっ、ちょまっ、お前いい加減にしろよっ!? 金貨11枚だぞ、これっ!?」


「都市長が払ってくれるから、気にしないで、おけ……」

「いや、でも、それなら俺はもうちょっと、普通のやつがいいんだが……」


「ダメ……。服で人を見分ける人種は、ユリウスが思っているより、ずっと多い……」

「そりゃそうだけどっ、こんなの目立つだろっ!?」


「その格好の方が目立つ……」


 言われてみればそうである。

 とっさに反論が喉から出てこなくなると、メープルの店主の間で売買契約が決まっていた。


 あの都市長、とんでもない金持ちの上に信頼まであるみたいだ……。

 なし崩し的に俺は白トーガとマントを抱えて、更衣室にこもることになった。


「お……? これは、なかなか……」


 ローブと下に着込んだチュニックとズボンを脱ぎ捨てて、純白のトーガを身体に巻き付けた。

 いざ着てみるとなかなかこれは捨てがたい。


 金貨11枚というバカみたいな値段相応に、それは涼しく肌触りのいい上等な生地だった。

 マントも身に付けて更衣室を出る。


「あ、似合う……」

「お前、ずっとそこにいたのか……?」


「のぞいて、ないよ……?」

「聞いてもいないのに、なんでわざわざほのめかすんだよ……」


「のぞいたから……?」

「のぞくなよっ!?」


 先ほどまで俺は、蒸れたパンツを脱ぐかどうかの葛藤を強いられていたが、脱がなくてよかった……。

 っていうか、さすがに冗談だよな。


「似合う……」

「いや、何回言うんだよ」


「だって、まるで別人みたいに、見えたから……」

「そ、そうか……?」


「うん……。これで、カラスみたいな人生は、もう終わり……」


 彼女にとっては何気ない一言だったのかもしれない。

 しかし俺の方は言葉の魔術に引き込まれて、男のくせに服を褒められて本気で喜んでいた。


 心機一転という言葉が適当だ。

 装いを黒から白へと変えて、これから新しい人生が始まる予感がした。


 カラスみたいな人生はもう終わりだ。これからは堂々と生きてみよう。


明日から1日1回更新に変更する予定です。

皆様のおかげで日間に上がれました。ありがとう!


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