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・シャンバラ滅亡の危機を桁違いのマジックアイテムで覆す - 伝令・俺一人 -

 これはシャンバラを滅亡へと導きかねない大危機だ。

 闇の迷宮から外の砂漠に転移すると、遥か後方に大地を暗色に埋め尽くす大軍勢があった。


 その半数がゾーナカーナ邸を取り囲み、もう半数がどうやら別行動を始めて、都市長の予想通りにオアシスへの進軍を始めている。

 方角と距離からして、やつらの狙いは交易商人たちが集まるあのバザー・オアシスのようだ。


 これは非常にまずい展開だ。

 オアシスのバザー街とそこにある商館の数々は、シャンバラの経済を支える大動脈と比喩したって差し支えのない最重要拠点だ。


 それに隣接する行政区やスラム街も無事では済まないだろう。

 数にしてざっと1000体のモンスターたちが、統率も陣形もないバラバラの布陣で、一歩また一歩とオアシスを目指して進んでいる。


「亜種族系混成が1000体か……厄介だな」


 この国は各地に点在するオアシスや氾濫川ごとに町がある。

 そのため兵力が各地に分散しており、あの大軍勢を迎え撃つには、近隣のオアシスから性急に兵をかき集める必要があった。


 あの軍勢がバザー・オアシスを襲うのはもはや時間の問題だ。これが風雲急を告げる事態である以上、俺が近隣全ての兵舎に、亜空間転移して伝えて回るしかない。

 恐ろしい大軍勢を注視しながら方針をまとまると、まずは行政区の市長邸に飛んだ。



 ・



「え、ユリウスさん……?」


 あの物静かな秘書は、都市長の書斎机に腰掛けて仕事を代行していた。


「聞け、非常事態だ!! モンスターの軍勢約1000体がバザー・オアシスに来る!! 行政区の兵員をかき集めて、現地に部隊を展開させてくれ!!」

「本当ですか?」


「疑うなら窓の外を見ろ、まだ遠いが、どうにか見えなくもないはずだ!」


 彼はペンを投げ捨てて書斎を飛び出し、2階廊下の窓から北部の砂漠を睨んだ。

 再びこちらに振り返った頃には、鋭い眼差しに変わっていた。


「父――都市長はっ!? メープルとシェラハゾは無事ですか!?」

「無事だ。実はゾーナカーナ邸地下に迷宮を発見してな。今はそこを防波堤にして敵の一部を引き付けてくれている」


「そうですか、良かった……。いえ、よくありませんね、あれがこちらに来るとなると……」

「数は約1000、ゴブリンを主にした亜種族による混成だ。ゾーナカーナ邸を囲んでいる軍勢も足すと、約1500体はいると見た方がいい」


「ユリウスさん、ではお願いが――」

「わかっている。俺は元宮廷魔術師だ、伝令には慣れている」


 彼の張りつめた表情に、希望が輝きが灯るのを見た。

 かと思えば全速力で書斎へと引き返していった。


「待って下さい、急ぎ伝令書を作ります!」

「わかった。あんたがすぐに信じてくれて助かったよ……」


 俺の方は応接用のソファーに深々と横たわって、書類の完成まで体力と魔力の回復に努めた。

 シャンバラに被害を出すわけにはいかない。


 戦いで兵員が減れば、それだけ迷宮に向けられる人的資源が失われることになる。

 これからの計画を下方修正させないためにも、被害を必要最小限に抑えたい。


「ところで結婚式は、どうなりましたか……?」

「あんたもグルなのか……。爺さんのその策略なら、一番いいところで中断になったよ」


「……許してやって下さい。シャムシエル様はああいう方なのです。齢を重ねてゆくと、過去の失敗から多くを学びすぎて、必要以上に慎重になるものです」

「わかってるよ。しかし、やっぱ付き合い長いのか?」


「……彼とは30年前からの付き合いです。私も、あの子たちと同じ立場だったのですよ」

「ああ……。そういうことか」


 少し似た境遇のせいか、彼にさらなる親近感が湧いた。

 言うなればこの物静かな秘書は、俺の未来の義兄さんだった。


「出来ました」

「よし来た、防衛線の構築は任せたぞ!」


「お任せを。貴方に感謝を――」


 全てを聞き遂げる前に俺は世界の裏側に潜り込んだ。

 伝令書は合計8枚。これを近隣全てのオアシスに届ける。


 普段は世界の裏側を走ることはないが、魔力の消耗を覚悟で実体なき大地を蹴った。



 ・



 兵舎の司令室に真正面から乗り込んでくる人間に、軍人たちは多種多様な反応をくれた。


「ブッッ……?! ゲホッゲホッ、な、何者だ!?」

「都市長お抱えの錬金術師ユリウス、今回は伝令役だ。バザー・オアシスに援軍を出してくれ」


 茶を吹いて目を白黒させるやつ。

 窓から遙か遠い敵影が見えたので、すぐに彼は信じてくれた。



 ・



「ち、痴漢にゃっっ!!」

「安心しろ、ネコヒト族には興奮しない。それより援軍をくれ、すぐそこまで敵が迫っている」


 着替え中のネコヒトはバインダーを投げつけて来た。

 それをかわして伝令書を机に置き、わけを伝えるとすぐに動いてくれた。



 ・



「つまり事実上の戦争ということですな!? そうなんですなっ、やったっ!!」

「……戦に血沸き肉踊る気持ちはわかるが、それよりも急いでくれ」


「ありがとうっ、ありがとうっ、待ちに待った戦だぞお前たち!!」

「だから急げって……」


 不謹慎なやつらも割と多かった。

 いつの日か実戦の日が来ると信じて、今日まで練兵を続けて来た連中だ。反応としては正常の範囲だろう。


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