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・蜃気楼の彼方へ

「では、まずこちらに着替えていただけますかな」

「構わないが、なぜこんなものを……」


 市長邸に着くと、白のタキシードを着るように指示された。

 やはり位の高い人間に俺を会わせるのが魂胆だろうか。


 どうにもキザったらしいそれを身に付けて、再び屋敷の外へと出ると、俺と都市長はラクダに揺られて砂漠へと出た。


「なあ、爺さん」

「はい、なんでしょう?」


「これ、ちょっとそこまでの距離じゃなくないか?」

「さてどうでしょう。そこまで長旅にはならないと思いますが」


「長旅って、アンタな……」


 都市長も髪に櫛を入れて、どことなくキッチリとしていた。

 昼前の砂漠を、俺たちは地平線に浮かぶ陽炎を眺めて進み、どこまでも続く砂漠を体験した。


「もう少し、もう少しですよ」

「食えないな、爺さんは……。ならせめてどこに行くかだけでも教えてくれ」


「大切な場所です。私たちにとっては、とても大切な……」

「へぇ……いいところなのか?」


「はい。かつてはとても美しい場所でした」


 よくわからないが興味が湧いてきた。

 彼は盟友である俺に、見せたい場所があると言っている。ならば喜んで付き合おう。


「わかった。友達として付き合うよ、シャムシエル爺さん」

「フフフ、嬉しいですね。ですが、私をお義父さんと呼んでくれても構いませんよ?」


「バカ抜かせ。俺はアンタが気に入ったんだ、娘を差し出さなくてもずっとアンタの隣にいてやる」

「それは愛の告白でしょうか」


「そうかもな……」


 俺は孤児だ。この爺さんに拾われたメープルとシェラハゾが羨ましい。


「見て下さい、やっと見えてきましたよ。アレです、あの屋敷が目的地です」

「……屋敷? 屋敷って言うよりありゃ、遺跡……いや、廃墟じゃないか……」


 都市長の指先を追うと、砂漠の陽炎の彼方に、蜃気楼のように揺らめく廃墟があった。

 様式はシャンバラの高級邸宅によくある白亜のもので、遠目に見ても恐ろしく巨大な屋敷だった。


「廃墟……廃墟ですね。愚かな私が廃墟に変えたのです」

「アンタが……?」


「はい……。かつてゾーナカーナ・テネスという、偉大なるエルフの始祖の血を守る家がありました。それがあの家でした」

「……まさか、あれがシェラハゾの実家か?」


 俺がそう問いかけると、都市長は罪悪感に心折れたのか、視線を足下の砂に落とした。

 近付けば近付くほどにその廃墟は巨大となり、陽炎がその像を大きく揺らめかせた。


「私たちは元々友人でした……。ですが、彼と私は思想を違えました……最後は彼を倒す他になかったのです……」


 敷地の前までやって来ると、門の片方が崩れた正門があった。

 片方の門は招くように開かれており、敷地の中へと進むと、痛ましくも荒れ果てた庭園と、枯れたオアシス、巨大な屋敷、それに大きな神殿が建っていた。


 その神殿から奇妙な魔力を感じる。

 入り口には砂漠では珍しい白と桃色の花々が飾られ、その瑞々しさからして、数時間前に用意されたものに見えた。


「さ、中へ」

「ちょっと待ってくれ、爺さん……。これはいったい……」


「入ればそこに答えがあります。さあ、中へ」

「わかった……」


 その大きな神殿は、どことなく俺たちの工房の元になった神殿に雰囲気が似ていた。

 俺は都市長に誘われるままに門をくぐり、背中の彼が門を閉じる音を聞いた。


 奥の祭壇に誰かが立っている。

 長身の女と、小柄な女だ。大きい方は白、小さい方は桃色のドレスを身にまとっていて、ゆっくりとそれがこちらへと振り返った。


「んなっ……」


 それは長い耳を持ったエルフの姉妹、メープルとシェラハゾだった。

 美しい絹のウェディングドレスをまとった俺の家族だった。


 額には銀と宝石のティアラ、頭には絹のベールがかけられていて、立ち尽くす俺と同じように、向こうもまたじっと俺だけを見つめていた。


「爺さん……アンタ、謀ったな……」


 そのあまりの美しさに俺は言葉を失った。

 そうだった。シャムシエルという男はこういうやつだった。


「やっと来た……。すっぽかされるかと、マジ冷や汗ものだった……」

「き、来ちゃったのね……。ぁぁ……あたし、まだ、心の準備も出来てないのに……ぅ、ぅぅ……っ」


 何がちょっとそこまで付き合って下さいだ……。

 こんなもの完全に罠じゃないか。


 友情がいつかは終わることを彼は知っていて、だからこそより深い結び付きが必要だと言っているようなものだ。このタヌキジジィめ……。


「さあ始めましょうか。結婚式を」


 爺さんは立ち尽くす俺の背を押して、美しいエルフの姉妹の前に導いていった。

 間抜けな話だが、俺は爺さんの行為に抵抗しなかった。


 近づけば近づくほどに、狂おしいほどに心臓が暴れ狂い、自制のためにメープルとシェラハゾという美姫から視線を外すしかなかった。


 何もかもが強引で突然だ。俺たちは出会ってまだ1月も経っていない。


 メープルは自由奔放で、少し寂しがりなところが庇護欲を誘う。やたらにくっついてくるのは、直情的な性質もあるが、寂しさの現れでもある。

 シェラハゾはあまりに美しく、メープルにそうするように、まるで姉のようにやさしい女性だ。


 しかし本当の彼女はとても純粋で恥じらい深く、高貴な生まれゆえか気負いがちで、そこが弱々しくて守ってやりたくなる。

 そんな2人を好ましく思わないはずがない。


 俺たちは力を合わせて迷宮を探し出し、素材をかき集め、オアシス復興のために同じ目的を共にした。


 欲しい。関係を永遠のものにしたい。

 都市長に謀られるがままに、そう思ってしまうのは弱さだろうか。


 俺の目の前に、光射す廃墟と化したボロボロの祭壇を背に、シャンバラで最も美しい花嫁がいた。

 俺は彼女たちに惹かれている。この情欲(リビドー)に身を任せて、婚姻を結んでしまってもいいと、そう思うくらいに、俺はメープルとシェラハゾが好きだ。


 だからそうだ。もうこのまま流されてしまおう。そう思い、愚かな俺はもう一歩を踏み出した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 筆力が高いですね。安易に式場を西洋風の教会にせず、廃墟にするあたりセンスを感じます。
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