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・シャンバラという名の交易国家

 都市長にはやり込められてしまったが、それを抜きにしてもこれは男の胸を熱くさせる大プロジェクトだった。

 戦争の原因は迷宮で、俺を工場に3年も封じ込めたのはポーション産業だ。


 ポーションの量産化と、ツワイク王国の独占事業である迷宮産業を、もしもこの地で興せれば、世界が大きく変わることになる。

 俺がこれからすることは祖国への裏切りそのものだが、しかしその祖国は俺を守ってはくれなかった。


 だったら俺には技術を売る権利がある。

 祖国の利益なんてもう知ったことか。これから俺は、お前らの経済をぶっ壊してやる。と決めた。


「すみません、ユリウスさん。夕方まで工房に行くのは待っていただけますかな?」


 そう密かに歪んだ情熱を燃え上がらせていると、都市長の隣に賢そうな男エルフが報告に現れて、俺のやる気に水を差した。


「なんでだ?」

「その、お恥ずかしい話なのですが……。先ほど、改装工事の手抜きが見つかったと……」


「別にそんなもの気にしないぞ。壁や天井に穴でも空いていない限りな」

「……はい、突貫工事で補修させております」


「ちょっと待ってくれ、本当に空いてたのか……?」


 いや大丈夫か、その工房……?

 嫁さん押し付けるよりも先に、やるべきことがあるだろう。と言うのはさすがに嫌みだろうな。


「先にシャンバラの視察をされてはどうでしょうか」

「……隙を突いて逃げるかもしれないぞ?」


「いいえ、その心配は全くしておりません。……メープル、町案内をお願いします」

「いいけど……お姉ちゃんは……?」


「シェラハゾは工房の方をお願いします」

「了解したわ。メープル、あんまりユリウスをいじめちゃダメよ?」

「ん……」


 イエスでもノーでもない返答に一抹の不安を覚えた。

 なんでこの娘は、俺なんかをチクチクと突っついては反応に喜ぶのだろうか……。

 全くわからん……。


 主導権を握るのもかねて、俺は足早に部屋から廊下に出た。



 ・



「ぇ……何、ここ……」

「シャンバラ。これが、私たちの国……シャンバラだよ」


 市長邸のエントランスを抜けるとそこは異世界だった。

 文化の違いは邸宅の様式で既に感じていたが、外の自然までもがあまりに異質で、俺は驚きに立ち尽くしてしまっていた。


「どうかしたの……?」

「どこ、ここ……」


「シャンバラってもう言った。ユリウスは、ボケ老人……?」

「いちいち毒舌を吐くなよ……」


 祖国では冬に入ると雪が積もる。

 彼方を見れば青い山々が見え、町や開拓地を離れると森と草原に覆われていた。


 しかしシャンバラは暑く乾燥している。

 どの方角を見回しても山が一つも見あたらず、左手には青く輝くオアシスが広がっていた。


 しかもその青色はまるでアクアマリンのように澄んでいて、キラキラと強烈な日差しを受けて輝き、乾いた世界に湿った水の匂いを甘く香らせる。……その世界は美しかった。


「ね、綺麗……? 私たちのシャンバラ、気に入った……?」

「気に入ったというより、驚いた……」


 世界が乾いているせいか、雲が少なく空が高い。

 彼方までクッキリと世界が見えるのは、明るい日差しもあるが水蒸気が少ないせいだろうか。


 いや、というよりも――


「熱っ、なんだよこの日差しっ!?」

「だって、そんな格好してるから……」 


 宮廷魔術師のローブは真っ黒に染められている。

 これは隠密行動にもってこいの色なのだが、このシャンバラではポータブル蒸し風呂装置だった。


「あ、それ……脱がない方がいいよ……。この時間、日差し強いから……」

「すげーところで暮らしてるな、お前ら……」


「もう少ししたら、ちょうどよくなる……。じゃ、まずは服、探す……?」

「頼む。このままじゃ錬金術師に転職する前に、エリートの蒸し焼きになる……」


「……暑い?」

「暑いっていうか熱いよ……!」


「……苦しい? どれくらい、苦しい? ハァハァ……」


 銀色で小麦色のロリエルフが甘く呼吸を乱しながら人の顔を見上げてくるので、こっちは彼女をすり抜けて歩き出した。

 なんでもいいから早く着替えたい。


「ユリウス……やっぱり、バザー行くの、止めて、マラソンしない……?」

「死ぬっての!」


「フフ……。ユリウスって、やっぱり面白いね……」

「いや、お前には負けるよ……」


 2人で並んで、俺たちはオアシスを離れて街の奥へと進んでいった。


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