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・半月後、ツワイク王国にて―― 1/2

 シャンバラという都市国家は、言い換えれば砂上に存在する魔法の国だ。

 マク湖のあの老婆が言うには、遙か遠い過去のシャンバラは美しい水里で、深い迷いの森がこの地を覆っていたという。


 その迷いの森は、今では迷いの砂漠となって外部の人間を阻んでいる。

 少し言い方を変えれば、それはシャンバラの民だけがこの大砂漠を横断することが可能ということであり、大砂漠と化したこの地が交易都市となるのは必然だった。


 水涸れからマク湖を救ったその翌日、俺はポーションの量産に成功した。

 1度の製造で50粒ほど作れるエリクサーを、工房の水槽とオーブを使って薄め直すと、約500本のポーションが作り出せる。


 それを俺たちは国外に輸出した。

 1日に1000本ずつ、シャンバラの特別な交易路から信頼出来る闇ルートに流し、その利鞘を国内の投資に回した。


 主要な輸出先はツワイク王国だ。

 世界で最もポーションが消費される国に、出所の不明の闇ポーションが流れ着き、瞬く間に冒険者たちの間に広まっていった。



 ・



 その日ツワイク王宮に、ヘンリー工場長の姿があった。

 国王の前に膝を突いて彼はこうべをたれ、その顔を真っ白に青ざめさせていた。


「ち、違うのです、陛下! これは、ユリウス・カサエルの仕業なのです!」


 彼は今、国王からの事実上の尋問を受けていた。

 王と閣僚、それに目立つところではアリ王子に囲まれながら、命惜しさに言い訳を繰り返していた。


「ヘンリー男爵、なぜそのことを報告しなかった? 宮廷魔術師ユリウスの裏切りは理解した。だが、なぜユリウスが産業スパイと共に、設備を盗んで逃げたことを、余に報告しなかったのだ?」

「ぅ……そ、それは……。それは、まだ報告する段階でないと――私は近々陛下に、ご報告するつもりだったのですよっ!?」


 宮廷というのは怖ろしい世界だ。

 ヘンリー工場長の味方は謁見の間のどこにもなく、むしろ閣僚たちは彼を追い落として利益を得ようと、口々に彼を蔑む言葉を吐き出した。


「余が聞きたいのはスパイのことだけではないぞ。そなたに任せたあのポーション工場だが、最近よからぬ噂を聞く」

「う、噂でございますか……!?」


「工場長であるそなたが知らないわけがなかろう。そなたの工場が、ポーションを薄めて売っていると、冒険者どもが口々に文句を言っているぞ」

「いえっ、それは何かの間違いでございます……っ! そんなことをしても、私に利益などありません!」


 俺の古巣――ツワイクのポーション工場では今、薬の回復効果が半分にまで落ちていた。

 そこまで効果が落ちては、噂や勘違いではもう済まない。


 彼の誤算はこき使っていたユリウスが、ポーションの効果を高めていたと知らなかったことだ。

 製品の粗悪化は、彼の想定を遙かに超えてしまっていた。


 そこに追い打ちとなって、正体不明の闇ポーションが国内に現れた。


「利益か。そう言う割に、最近の売り上げが鈍っているようだが?」

「そ、それは……それは、実は……ユリウスが! ユリウスのやつが、破壊したのはオーブ2つだけではなく、他の中核設備にも……! ヤツめ、倉庫に火を放って逃げたのでございます!!」


 ユリウス。その名が上がるたびに、同席していたアリ王子の頬がひきつった。

 王に糾弾を受けるヘンリー工場長が自分に重なって見えたためだろう。明日は我が身だと。


「ユリウス・カサエル、恐るべき男だな。アリ、そなたはどう思う?」

「――ッッ?!」


「ユリウスについて、忌憚なき意見を述べよ」

「あ、あの男は……あの男は、ユリウスは戦犯です、父上……! アイツが敵前逃亡しなければ、俺も任された軍を壊滅させることもなかった……! アイツが悪いのです、父上、アイツなら放火だってやりかねない!!」


 酷い言われようだ。俺はお前をいさめた側だ。

 お前のせいで俺は多くの戦友を失った。お前は嘘ばかりだ。


「魔術師長アルヴィンス」

「はっ!」


「ユリウス・カサエルについて、そちの方はどう思う?」

「彼ですか。彼は――彼は恐るべき天才ですな。ただ……」


「ただ?」

「宮廷での処世術にはあまり富んではおりませんでした。良くも悪くも正直で、世俗的。出自は不明ですが、断じて悪事を働く男ではありません」


 実はこの話は師匠が――アルヴィンスのやつが俺に教えてくれたものだ。

 やっと言いたいことを言えるチャンスがやって来たので、言える範囲でぶっちゃけたと師匠は笑っていた。


「ふむ……ヘンリーとアリとは、正反対の評価であるな」

「では陛下、せっかくの機会なので、ぶっちゃけてしまいますが、よろしいでしょうか?」

「ま、待てっ、何を言うつもりだ、アルヴィンスッ!?」

「陛下っ、この男の言うことを信じてはなりません! ひ、昼間から酒を飲むような不良魔導師でございます!」


 職務態度の悪い酔っ払いなのは事実だ。

 だが師匠は俺と同じように、政争の類に嫌気がさしている。文句を言うチャンスだった。

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投稿が遅くなってしまってすみません。

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