・シャンバラの未来のために
その事件はユリウス・カサエルの始まりを意味していた。
この後に起こった出来事は、俺の人生において大きなターニングポイントになった。
いったい誰に想像が出来るだろうか。
迷宮の扉をくぐり、地上へと戻ってくると、己を呼ぶ大歓声が塔の外側から轟いていたなど、常人に予想など出来るはずがない。
姉妹と俺は顔を見合わせ、白いネコヒトと冒険者たちはさあ行けと道を譲ってくれた。
呼ばれているのだから、俺たちは姿を現さなければならない。
螺旋階段を一歩一歩上って、光あふれる世界へと進んでいった。
「凄い歓声ね」
「みんな、ユリウスに感謝してる……」
「なんで俺なんだ」
「貴方が救ったからに決まってるでしょ!」
「もしかしたら、もしかするよ……これ……」
外はもう夕暮れだった。
塔の最上部へと至ると、歓声は割れんばかりの最高潮に達することになった。
いつの間にこんなに増えていたのか、300をも超える数え切れないほどの人々が俺たちを見上げていた。
それもそのはずだ。塔から真下を見下ろすと、枯れたはずのオアシスがそこに蘇っていたのだから。
まだ十分な水かさに達してはいなかったが、それは少しずつ増水していて、澄んだ湖面には、紅く燃えるような夕空の輝きが水鏡となって映し出されていた。
ユリウス、ユリウス、ユリウスと人々が俺の名を叫ぶ。
俺はエリートだが、決して王者ではない。王者とはほど遠い孤児の出だ。
だというのに彼らは熱狂的に、まるで英雄でも崇めるかのように俺の名を繰り返し呼ぶ。
今日1日で奇跡的に生み出された白い塔の上で、紅く燃える湖水に囲まれながら、彼らの歓声を聞いた。
「凄いわ……あなた、まるで王様みたいに呼ばれてるわ!」
「むふ……姉さんと、私が選んだだけ、あるね……」
「それだけ彼らにとって、オアシスの復活は神に願ってやまない悲願だったのだろうな」
しかし、ずいぶんと気の早いオアシスだな………。
俺は静かに右手を挙げて、大歓声が静粛するのを待った。
それから大きく息を吸い込み、声を張り上げる。
「もう大丈夫だ、地下の穴は俺たちが塞いだ!! マク湖の底が抜けることはもうない!!」
歓声とはこれほどまでに気持ちいいものだったのか。
普通ならば臆するところだが、俺はエリートだ。エリートは歓声ごときどうということはない。
「俺はヒューマンだ!! お前たちからすれば部外者かもしれないが……俺はこのシャンバラが好きだ!! 俺はこの地で、太陽の沈まぬ国シャンバラが過去の栄光を取り戻し、さらなる発展を迎えるように努めよう!! 俺は盟友であるシャムシエル都市長とともに、シャンバラを支えることをここに誓う!!」
思わぬ俺の演説に姉妹は驚いたようだった。
しかしなんのことはない。これはリップサービスであり、人望を得る絶好のチャンスだ。それに言うわけならタダだ。
ユリウス、ユリウス、ユリウスと、興奮した人々の絶叫が天を突く。
あまり人が多すぎて都市長の姿はいまだ見つからなかったが、きっとどこかで俺の行動に笑っているはずだ。
「シャンバラの未来のために!!」
俺が締めの一言を叫ぶと、人々の歓声は最高潮を迎えた。
もはや疑いようもない大成功だ。これでマク湖オアシスの連中全てが俺の支持者だ。
実績を上げればさらにビッグな仕事が回ってくる。
すなわちそれは、エリートの上をゆく超エリートの道が拓けたことを意味する。
俺は人々の歓声に包まれながら、少しずつ増水してゆくオアシスを見下ろした。
枯れたオアシスが熱狂とともに蘇る光景なんて、この先2度と見ることはないだろう。歴史的瞬間に、自分が立っているのを感じた。
夕日に輝く湖水はまるで燃えるように美しかった。
メープルとシェラハゾ、美しい金と銀の姉妹が左右から俺の手を握ると、俺はプレッシャーに負けずに胸を張れた。
「あなたって人は……メープル以上に、何をするかわからない人ね……」
「ユリウス、やっぱおもろい……。これからも、シャンバラをもっと、面白くして……?」
良くしろではなく、面白くしろか。いい方針だ。俺はメープルの小さな手をキュッと握り返していた。
この依頼、受けてみて良かった。
権力にはあまり興味はない。
だが一生懸命生きている連中の助けになることは、それ自体が大きな興奮がともなって、非常に面白いことだと俺は知った。
次はもっとデカいプロジェクトにしよう。
例えば砂漠に草原を作ったり、コンクルで何かを建設するのも面白い。
人々の止まぬ歓声は、野心未満、遊び半分以上の計画を極彩色の輝きで彩っていった。
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