・轟音 蘇った姫君
翌朝、消えていた暖炉に、眠気に開かない目で薪をくべようとすると、轟音と共に大地が揺れた。
「な、なんだ……!?」
もう朝だった。俺は姉妹のことが心配になり、毛布を脱ぎ捨てて階段を駆け上がる。
「え……っ、えええええええーーっっ?!!」
「どうしたっ、何があったっ!?」
2階の寝室に飛び込むと、予想の斜め上どころではない超展開が待っていた。
どうもわけがわからないのだが――寝室の壁に大穴が空いて、その前にシェラハゾが立ち尽くしている。
大穴の向こうにはオアシスが広がっていて、冷たい外気がそこから流れ込んでしまっていた。
「むにゅ……あ、おはよ、ユリウス……。ぁ……これ、夜ばい……?」
「さあな、何事かは俺が聞きたい。いったい何があったんだ、襲撃か何かか?」
「違うの……」
ベビードール姿のシェラハゾが、どういう意図なのか石材の破片を拾い上げながらこちらに振り返った。
続いて俺がその姿に見惚れる間もなく、彼女の長く細い手のひらが石材を握りしめ――まるで砂岩のように握力が石を粉々にしていった……。
「わお……姉さん、すご……」
「や、やっぱり……。ユリウスッ、これ、これ何っ!? なんなのよっ、これぇっ!?」
恐ろしいな。あんな力でもし平手打ちでもされたら、こっちの首が折れてしまいそうだ。
俺は彼女の前に歩み寄り、一晩にしてトロールを超える怪力となった手のひらに触れた。
「いいこと、思い付いた……。今から、姉さんとユリウスが、指相撲……」
「殺す気かバカ」
「だ、大丈夫よっ、加減出来そうよ」
「だったらこの壁は?」
「寝ぼけて壁に手でもたれかかったら……吹っ飛んだの……」
「すっげーな……」
「姉さん、かっこいい……」
「他人事みたいに言わないで! 困るわよっ、こんなのっ!」
しかし困ったな。しばらくこの部屋を使えそうもない。
そうなると今夜の寝床が自動的に、下の階の暖炉になってしまう。
3人一緒に暖炉の前で毛布にくるまるというのは、少し楽しそうではあるが、間違いなく楽しいだけでは済まない。
「ねね、ちょと、私思ったんだけど……これ、ユリウスのせい……?」
「なんでだよ」
「だって、姉さんに、特別な薬、飲ませた……。口移しで」
「ちょ、ちょっとメープルッ、そのことは秘密って言ったでしょっ! どうしてあなたはそんなに口が軽いのよっ!」
「あ……ごめ、うっかり……」
それは俺にとっても衝撃的な発言だった。
医療のために行ったこととはいえ、あのことは人に知られていいことではない。
あの時、俺はいくつかの行動をリビドーに身を任せた。特に2回目のアレは言い訳不能だ。
「あっ……あの薬が原因ってことっ!? あ、あり得るわっ、ユリウスの調合薬だもの!」
「酷い言いがかりだな……。だが、ま、確かにそれが臭いか」
完成した薬はどうしてかたった1錠だけだった。
さらに俺の術はポーションをエリクサーに変える増幅力を持っているため、あれに想定外の二次作用があってもなんらおかしくはない。
全身全霊で、彼女を救うために、あの薬に魔力を叩き込んだのだから。
「気にしないで、あたし前向きに考えてみるわ。ユリウスがあそこまでして、あたしを救ってくれたんだもの……。だったらこれは、神様からの祝福よ」
「す、すまん……。あれは、あの時はああするしなくて、しょうがなかったんだ……」
「ニヤニヤ……」
いい性格してるよ、お前……。
メープルは布団から立ち上がって、寒そうな姉に毛布を投げ渡した。
「あのね……あたしね、ユリウス……あのとき、微かだけど……意識があったのよ……。あなたの言葉とか、二回目の、あの、く、口……」
「朝飯を食ったら壁の修繕を始めよう。今日は俺が作るから、2人は暖炉の前で休んでてくれ」
くっ……意識があったなんて想定にない……!!
待て待て待て待てっ、だったらあの言葉全部聞こえてたってことか!? 生き恥じゃねーかっ!!
お、おまけに、衝動に負けて2回目の唇を奪ったことまで……。
は、ははは……ははははは……。
誰か俺を錬金釜に詰めて、上からふたをしてくれ……。どこかに穴があったら入りたい……。
「ユリウスは、色白だから……照れると、すぐわかる……むふふ♪」
嬉しいと、あの時シェラハゾはうわごとのように言っていた。
つまりそれは、俺の衝動任せの行動と言葉に対する返事だったのだろうか。
俺の背中側には、ニコニコとご満悦のメープルと、モジモジと身を揺するエルフの美姫が立っていた……。




