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・シャンバラへようこそ

 それからどれだけ果てのない夢を見続けただろうか。

 強制的な眠りは対象の覚醒を許さず、俺は長い長い夢の牢獄に囚われていた。


 メープルとシェラハゾはシャンバラという名前を出していたが、ツワイク王国の近辺にそんな地名はない。


 隣国のそのまた隣国の隣国くらいになると、ほとんど知る必要もない別世界で、砂漠で暮らしているエルフがいることすら俺は今まで知らなかった。

 砂漠は砂で覆われた灼熱の土地で、オアシスはそこに存在する湖を指す。


 俺は夢の中で、実物をこの目で見る日を楽しみにしていた。



 ・



「起きて……起きないと、酷いこと、するよ……? お婿さんに、なれなくなるくらい、酷いことしても、いい……?」


 起きなければならない。

 起きなければ非常に危険だと、俺は覚めるはずのない意識を覚醒させて、目を見開いた。


 すると俺は、とんでもなくかわいい女の子に頬をペチペチと叩かれていた。

 その肌は健康的な小麦色で、耳は長く尖り、表情はどうしてか残念そうだった。


「あれ、ここは……」

「残念……。これから、尊厳の破壊と、蹂躙が始まるところ、だったのに……」


 ふかふかのベッドと枕が俺をやさしく受け止めている。

 寒冷なツワイク王国とは別世界のカラッとした陽気と、必要もないのにマウントポジションを取るメープルさえいなければ、爽やかな目覚めだっただろう。


「お前、夢じゃなかったんだな……」

「残念、これは現実です……。都市長、ユリウス起きた……」


 ベッドから身を起こすと、俺は白い部屋の中にいた。

 しかもこれはとんでもなく上等なベッドだ。


 都市長と呼ばれた男はこれもエルフで、しかしエルフなのに初老の風貌を持っていた。

 姉のシェラハゾと言葉を交わしていた彼が、ベッドサイドに立つ。


「ああそのままで構いません。ようこそ、シャンバラへ。旅は楽しめましたかな?」

「楽しむも何も、ずだ袋の中でずっと寝かされてたっての……」


「それは手荒なことをしてしまい、申し訳ありません。……これ、ダメでしょう、シェラハゾ」

「だってもし逃げられたら困るもの。本気の彼とぶつかったら、あたしたちじゃ手に負えないわ」


 その言葉に自分の腕を確認すると、あの銀のブレスレットが消えていた。

 その気になれば俺は亜空間を開いて、今すぐここから逃亡することが出来る。


 だが、逃げるにしたってどこに行けばいい。

 本国ではきっと、俺が産業スパイと結託して盗みを働いて逃げたと思われている。


「お前らはやってることと、言ってることが矛盾しているような気もするが……。ま、今はまともな待遇にホッとしている」


 俺は手首を撫でて、魔封じからの開放感に息を吐いた。


「私は、あのまま、ユリウスを監禁したかった……。自由と栄光を求めて、苦しむ姿が、見たい……」

「お前は何を言っているんだ……。ほらどけ、人前ではしたないぞ」


 そうしていると、都市長がパンパンと手を叩く。

 すると部屋の扉が開かれて、次から次へとエルフの女性たちがなだれ込んできた。


 そこまではまだよしとして、女性たちがベッドの俺を取り囲んだのがいただけない。

 その全てが美女、美少女、人目を引く魅力を持っていた点もなお悪かった。


「どの子がよろしいですかな?」

「……はっ?」


「おや、聞かされていませんでしたか?」

「話した……ユリウスが、寝ぼけてるだけ……」


 離れようとしないお子ちゃまのパージを諦めて、俺は新たな異常事態に渋い顔を固定させた。


「ユリウスさん」

「あ、はい……?」


 エルフのお爺さんに手を取られて、真摯な目を送られた。


「貴方に錬金術工房と、恵まれた生活と、エルフの中でも取り分け賢く、美しい者を妻として差し上げます。さ、どうぞお好きな娘を選んで下さい」

「真顔で何言ってるんですか、都市長さん。これって、人身売買スレスレの案件じゃないですか……」


「おや、気にされますか?」

「気にするに決まってますよっ!?」


 呼び出されたエルフたちは言葉を発さない。

 中には白い肌のエルフも混じっていて、眺めているだけでついつい浮ついた気分にもなってくる。


 しかしその中には人間との婚姻をマジで嫌がっているような、不快そうな素振りの子もちらほらといたので、俺は正気に戻った。


「……あのさ」

「ッッ……!」


 メープルをひっくり返してベッドサイドに立ち上がり、俺は気まぐれの不意打ちで都市長へと詰め寄った。

 その途端にメープルとシェラハゾが間に飛び込んで来て、自分たちのリーダーに何をするんだと必死の形相で俺を睨んだ。


 これで向こうのペースを少しはかき乱せただろう。


「悪いですが都市長、俺は錬金術師じゃない、宮廷魔術師です。確かにあの工場で仕込みは手伝っていましたが、ポーションなんて1本も作ったことがない」

「存じております。ですがこの姉妹がしくじるはずがありません」


「それはまた、ずいぶんとこの2人を信頼しているようですね」

「へへ……」


 都市長はメープルにまるで父親のようにやさしく微笑んだ。

 しかしすぐにその顔色からやわらかさが消え、鋭く真剣な面持ちがこちらに振り返る。


「私たちは今、優秀な錬金術師を欲しております」

「そうみたいだな」


「ユリウスさん、私はこれからとても大切なことを伝えます。実は、ここシャンバラの、地下に――新たな巨大迷宮群(・・・・・・・・)が発見されました」


 その一言が彼の切り札であり本題だった。

 否応なしに俺は絶句させられて、その言葉がもしも真実だった場合の可能性を想像した。


「へぇ、それが本当なら、巨大金山を掘り当てたようなものですね……。いや金山どころじゃない、とんでもないことです。事実上これは、ツワイク王国の独占事業に、殴り込みをかけるようなものですね」

「おお……さすがはユリウスさん、わかって下さいますか」


 俺が失脚するきっかけになったあの戦争も、元はといえば東西の隣国同士が手を結んで、俺たちから迷宮を奪い取ろうとしたのが始まりだった。

 国家が戦争を辞さないほどの、とてつもない価値が迷宮にはある。


 ……まあ、そこは迷宮群の質と規模にもよるが。


「わかります。それが事実ならば、シャンバラには適切な対処が必要です。俺の祖国は3年前に戦争をふっかけられましたが、原因は迷宮がもたらす富でした」


 姉妹が緊張に口を横に引き結んだ。

 産業スパイを放ってでも、ポーションの技術を盗もうとした彼らの内情がそれだけでわかった。


「はい……。そこで私たちは、貴方にお願いがあるのです。ユリウスさん、どうか貴方のお力で、ポーションを極秘裏に製造してはくれないでしょうか?」


 迷宮にはポーションが必須だ。回復魔法を頼るという手段もあるが、それだけでは長期の探索は不可能だ。

 より深い階層に眠る、黄金にも等しい財宝を得るには、ポーションという消耗品が要る。


 死傷者が大量に出るようでは採算が合わない。

 幸い、ポーションは迷宮からドロップした素材から作ることが出来る。


 だからこいつらは錬金術師を手に入れようとした。

 この地に迷宮があるとツワイク王国がもしも知れば、ポーションの輸出を制限するに決まっているからだ。


「お願い、ユリウス……。私たちは……もっと、力が必要なの……」

「乱暴な方法に出たことは謝るわ。だけどお願い、あたしたちに、どうかユリウスの力を貸して……。お願い……」

「私からもお願いします。我らデザート・ウォーカーにチャンスを下さい。この中から、何人選んでも構いませんので」


 それは将来への希望に満ちた、大事業への誘いだった。

 これからこの国にゴールドラッシュならぬ、ラビリンスラッシュが訪れる。大きな変革の始まりだ。


「ポーションを一本も作ったことのない男に、お前たちは未来を託すのか?」


 頼る相手を間違えている、という一点はやはり揺るがなかったが……。


「はい。私の目から見ても、貴方は極めて高い魔力を持った優秀な男です。報告通りならば頭も良い。それに善良で、とても仕事に対して誠実です。貴方は目先の富よりも大切な物があることを、よく知っておられます」


 メープルとシェラハゾに流し目を向けると、小さい方は微笑んで、大きい方は信頼するようにお堅くうなずいた。

 俺がたびたび工場長や錬金術師ともめていたのを、彼女たちはどこからか見ていたのかもしれない。


 俺はたまたま選ばれたのではなく、彼女たちに信頼されたからこそ、今ここにいるようだった。


「……だったら嫁はいらない」

「貰っていただきます。どちらにしろ、貴方を補佐する人間が必要です」


「……そうか、それだったらこの2人をくれ」


 やられっぱなしはムカつくので、俺は彼の貴重な手駒を指さした。

 シェラハゾは目を見開いて驚き、メープルは思春期の少女みたいに声を上げて、恥じらいと動揺に視線をそらした。


「えっ……? え、ええええーっっ?!」

「そ、それは……こま、困る……。超……困りまくりの、超展開、キタコレ……。ぁ、ぁぅぅ……」


 俺に渡せない人材なのはわかっている。

 都市長と彼女たちが深い絆で結ばれているのは、さっき俺の前を塞いだ時点で答えが出ていた。


「そういうことで嫁はいらん。それよりも工房とやらに案内してくれ。俺は錬金術師ではないが、エリートだ。超スーパーエリートに出来ないことはない!」


 気づけば敬語を忘れていたが、まあこの流れならいいだろう。

 すると彼らは3人して俺から距離を取って、ヒソヒソ話を始めたようだった。


 エルフというのは、こういうヒソヒソ話が好きなのか……?


「決心が付いたら、私の元に来なさい」

「お、お姉ちゃんなら、わかる……。でも、私まで、選ぶなんて……信じがたい、ロリコン野郎……」

「し、姉妹ともども、かかか、覚悟が付いたら……かな、必ず……」


 こいつら正気か……?

 自分の人生がかかってるのに、なぜそういう判断になる……?


「ああ、ユリウスさん。この期に及んで発言の撤回には応じられませんよ。もう冗談では済みません。貴方は2人の女性にプロポーズをしたのです。今さらなかっただなんて、言わせません」

「んなのムチャクチャだろ!? こっちは手伝うって言ってんだろっ、いちいち重いわお前らっ!」


「これは必要な手続きです。貴方ほどの実力者を、私たちは逃がす気などありません。最も重い契約が必要なのです」

「ッッ……」

「これは、新感覚……。ぁ……私、今、ドキドキ、してる……」


 目が合うだけで姉妹は別人のように恥じらい、生娘という言葉が脳裏に浮かび上がった。

 2人が魅力的な女性なのは認める。


 夢にまで見たエルフ、しかも姉妹、それがまとめて俺の嫁になるとか、訳の分からんことを言っている。


「その話は後だな。先に工房へと案内してくれ」

「メープル、シェラハゾ。以降の任は解きます。お嫌でなければ、今日からは彼を補佐してやって下さい」


「よ、ロリコン……」

「お前、姉より肝が据わってるな……」


 恥じらいに下がる2対のエルフ耳は、勝手な婚姻に満更でもない感情を抱いてることを代弁していた。

 もちろん、突然のことに戸惑っているだろうし、出会ったばかりの俺に恋愛感情を持つわけもない。


 片方は愛らしく、もう片方は美しい砂漠エルフの姉妹が、そわそわと流し目を送ってくるこの状況は、まるでレモンの砂糖漬けのように甘かった。

明日も2回更新する予定です。

もし気に入って下さったら、評価をいただけると嬉しいです。


またTwitter上で、姉妹のミニキャラを使った宣伝を行っています。

もし興味が出たら見に来て下さい。

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― 新着の感想 ―
[一言] もう戻れぬスーパーエリート魔術師主人公無意識にハーレム起動です!( ̄□ ̄;)!!
[良い点] これまでの話しでキャラに個性が出ていて魅力的。 [気になる点] キャラの言動がむちゃくちゃすぎる。 助けて欲しいって言っているのに、主人公の扱いがむちゃくちゃ。書きたかったシーンなんだろう…
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