・豚野郎の才能、あるよ……
怒られやしないかと恐る恐るシャムシエル都市長の政務室を訪れると、説教よりも先に抱擁による歓迎を受けた。
といっても娘の無事の方が気になるに決まっている。その抱擁はすぐに解かれた。
「貴方が無事ということは、シェラハゾの石化は……!?」
「治した」
「おお……そうですか、そうでしたか、それは良かった……。私はもう、寿命が縮まりそうなほどに心配をしましたよ……」
「俺が勝手なことをしたせいで迷惑をかけた。こればかりは正式に謝罪するよ。悪かった……」
「いいえ、あの子が無事ならそれでいいのです……。あの子を助けて下さりありがとうございます……」
「だから、全部俺のせいだから気にするな」
軽くそのことで言い合ってから、都市長をうちの家に――シェラハゾのベッドの前に連れて行った。
無事を喜ぶ彼の姿を見届けた頃には、西の空が群青色に変わっていた。
「ところでメープル、大地の結晶は回収したか?」
「倉庫……」
「わかった」
「ちょいまち……チクリ」
「痛ァッッ?!」
必要な情報を聞き出せたので部屋を出ようとすると、メープルがいきなり背中にしがみ付いて来て、まるでノミみたいに人の腹をつねった。
「ムフフ……やっぱりユリウスは、良い悲鳴してる……。豚野郎の、才能、あるよ……」
「都市長の前だぞ、離れろ……」
「私は別に構いませんが?」
「ほら?」
「ほらじゃねーよ。痛っっ?!」
「調合は、明日にして……?」
「今やりたい気分なんだ。いてててっっ、変なところに手を突っ込むなっ、お前はノミかっ!」
力ずくでメープルをふりほどいて、俺は階段を駆け下りた。
併設されている工房へと入ると、要所に照明魔法を浮かばせて倉庫を漁った。
メープルは追ってこない。
大地の結晶、石灰岩、砂。必要素材を錬金釜の前に集めて、紅と群青色に輝くオアシスに出た。
3往復ほどして釜の半分ほどまで水を貯めると、作業テーブルを整理して、本から補修剤コンクルのページを開いて猛禽類の羽根を挿した。
そこから先は淡々とした教本通りの作業だ。
まずはじっくりと時間をかけて多量の砂を水に溶かし、液体が薄黄色に澄んだところで、石灰岩と大地の結晶の塊をハンマーで砕き、天秤で量ってから教本通りのバランスで混ぜ合わせた。
教本によると、この調合では比率がとても大事だと記されている。
なんでもレシピのバランスが崩れると強度が落ちるそうだ。
「よし、こんなものか」
補修剤が粗悪品になっては目も当てられないので、5分ほど丁寧に混ぜ合わせてから、反応のトリガーとなる白魔法系の魔力を加えた。
完成だ。釜から灰色の煙が上がり、それが粉塵のようにしばらく工房の中を漂った。
「教本通りに作ったら、教本通りになったな。たぶん成功だろう」
釜の中には手のひらほどの灰色のキューブがゴロゴロと積み重なっていた。
これに水を加えて、砂と混ぜ合わせることによって、硬く固まる白い泥になると記されている。
「ユリウス……姉さん、起きたよ……」
「起きたか。意識が戻ったならもう安心だな……」
「ん……」
「お、おい……っ」
これは感謝の感情表現か何かなのだろうか。
メープルは泰然と俺の目の前に立つと、なんのためらいもなく人の腰に両手を回した。
「今は、つねらない……」
「そこはずっとつねらないでいてくれ……」
「ユリウス、冷たい……暖炉に当たろ? 姉さんも、降りて来てるから……」
「そういうメープルは温かいな」
「今日は、都市長が……ご飯担当……」
「あの人が……? あの爺さん、やさしいよな。俺も選べるならああいう親がよかったよ」
くっついて離れないメープルを担ぎ上げて、俺は薪がくべられた暖かい居間へと戻った。
「ぁ……っ」
「ど、どうした……?」
シェラハゾが俺の姿を見るなり、気の弱い少女みたいにか細い声を上げて俺から視線を外した。
こっちだって、とんでもないことをした反動が今さら返って来て、彼女を上手く直視出来なくなっていた。
「あの2人はなんともかわいらしいものですね」
「わかる……。姉さんも萌えるけど、ユリウスも……ああいうの見ると、私、いじめたくなる……ハァハァ」
「1つお聞きしますが、メープルはユリウスさんを取られたような気分になったりは、しませんかな?」
「笑止……。姉さんも、ユリウスも、私が好き……」
都市長が作ってくれたポトフは温かく、少し塩辛かったがパンに合って美味かった。
シャンバラはいいところだ。
昼は灼熱で、夜は暖炉を囲むほど冷え込むけれど、そこには人の温かみがあった。
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