・蜃気楼の国の錬金術師 2/2
薄手の掛け布団をシェラハゾにかけて、慰めるように頬を撫でる。
彼女の穏やかな寝息が耳に届くたびに、俺は何度も何度も安堵のため息を吐いていた。
それから気持ちを落ち着かせるためにオアシスで休もうと我が家を出ると――そこでようやくだった。
ようやく俺は、この世界の違和感の正体に気づいた。
俺たちが土の迷宮の攻略を始めたのは、正午くらいだったはずだ。
そこから地下5階のボスを倒すまでの時間経過は、どう見積もっても1時間にすら達していない。
だとしたら今は昼の13~14時ほどのはずなのだが、オアシスの前でふと西の地平を眺めると、そこに黄金に輝く夕日が浮かんでいた。
つまり、時間が飛んでいる。昼過ぎであるべき世界が黄昏の世界に変わっていた。
まさかとは思うが、俺たちは転移に失敗していたのか……?
目の前に浮かぶこの世界が、師匠の警告にあるような100年後の世界だったとしたら、それは……。
「いや、いや落ち着け……そんなはずはない。家はそのままだ、オアシスも市長邸も変わっていない。なら100年も経っていないはず……。だが、どうやらこれは、時間が飛んだと見て間違いないだろうな……」
師匠は術を連発するなと俺を叱った。その意味がやっとバカ弟子の俺もわかった。
転移魔法がこんなに危険な魔法だとは思わなかった……。
メープルの杖が工房に置かれ、レシピ書と材料がそこに用意されてあったのは、彼女が俺たちより先に家へと帰っていたからだ。
そうだ。メープルはどこだ。帰らぬ俺とシェラハゾに、きっと苦しんで――
「ユリウスッッ!!」
夕焼けの琥珀色の輝きを映すオアシスから、市長邸の方角へと振り返ると、そこに記憶通りの小さなエルフがいた。
美しい銀髪に可憐な素顔、夕方になるとマントを脱いで踊り子みたいな半裸になるその少女が、行方不明の俺に飛び込んで来る。
「メープル! シェラハゾの石化なら解け――」
「金的、食らわすっっ!!」
「ちょ、ちょ止めろよおぃぃっっ?! 止め――あ、あれ……?」
「お帰り……お帰り、お帰りユリウスッッ!! 姉さん、救ってくれて、ありがとう……!!」
襲撃を警戒して内股になっていると、身軽な少女に首根っこに飛び付かれた。
それでも金的の不意打ちが怖かったので、内股のまま俺は彼女の背に両手を回した。
少女は何も言わずに抱擁を受け入れて、しばらく何も言わずに安堵へと浸っていた。
「へーいへーい……ガード解いちゃいなよ、ユリウス……」
「止めとく、お前は油断ならんからな。それより、何日が経過した……?」
「ん……2日待った……。待って待って、待ちこがれた……。100年後だったら、どうしようって……悩みまくった……。ぁぁ……良かった……」
「すまん、脅かし過ぎたみたいだな。帰って来たよ、ただいまメープル」
「お帰り……。あ、姉さんのところ、行ってくる……! ユリウスは、都市長に報告お願い!」
「あ、ああ……。温厚な爺さんだが、今回ばかりは怒られそうだな……」
「かも……。私、都市長に、久しぶりに泣きついたから……」
琥珀色の夕日に照らされながらメープルが家に飛び込んで行くのを、俺は安堵と幸せと共に見送った。
不幸は突然降りかかって来て、俺たちから幸せを奪い取る。
この日、俺は守るべきものと、このシャンバラで生きる目的を見つけたような気がした。
父と母が愛したシャンバラを救って欲しい。
世界で最も美しいと感じる女に、俺はそう願われた。
だったら男として彼女の願いを叶えよう。
俺はシェラハゾという1人の女が好きだ。彼女の幸せのために動きたい。
失いかけてやっとそう気付いた。




