・蜃気楼の姫君
・蜃気楼の姫君
昔々、砂漠エルフと森エルフが分かたれるよりもずっと古い時代に、世界全てのエルフを束ねるまほろばの王朝がありました。
その王朝はたった1人の女王が1000年の永き安寧に導いた後に、次の王を指名することなく、一代にして崩壊を迎えたと言われています。
いにしえの13の部族のうち、11部族が戦いの果てに姿を消し、デザート・ウォーカーとリーフ・シーカーだけがこの地上に残されました。
そしてお前は、その偉大なる始祖にして千年王シェラハの末だと、お父様とお母様があたしに教えてくれました。
やさしかった両親のその言葉が、狂気にも等しい血筋への執着だと知ったのはずっと後のことです。
あたしは始祖様と同じ名前を与えられ、家人にシェラハ姫、姫様、シェラハ様と呼ばれながら育ってゆきました。
ところが幼きシェラハ姫の幸せは、本人からすればあまりにあっけなく終わりを告げました。
彼女が8歳を迎えて間もないある日――お父様は大切なお姫様の部屋を訪れると、悲しみと覚悟の混じり合った表情でこう言ったのです。
「シェラハ。お父さんとお母さんはこれから、遠くに行くんだよ……」
「遠くに……? それ、シェラハも、一緒に行くの……?」
「いや、お前には後から使いを送ろう。それまではあの男――シャムシエルがお前を守ってくれる。これからは彼と一緒に暮らしなさい」
「それって、あのやさしいお爺さん……? でも、急にそんなこと言われても、シェラハは……」
もちろんそれはあのシャムシエル都市長のことよ。
お父様とお母様はわたしを都市長に預けて、このシャンバラを去ることにしたの。
「消えた11部族――いや、新しいエルフの国が見つかったら迎えに来るよ。それまでの、ほんの少しの我慢だ……」
「でも……。でも、少しって、どれくらい……?」
「5年……いや、10年。はは、100年かかるかもしれないな……」
「そんな……。だったらシェラハも連れてって。お父様とお母様と、そんなに離れ離れなんてイヤよ……」
「ああ許してくれ、シェラハ……。私たちが野心に飲まれなければ、こんなことにはならなかったというのに……」
お父様とお母様はあたしを都市長に預けると、あの美しかったお屋敷から姿を消したわ。
とても辛かったけど、あたしは都市長の――シャムシエルお爺さんのやさしさに救われた。
そして、後から知ってしまったの。
父と母は都市長と対立して、数々の死者をも出す政争の果てに、シャンバラとあたしを捨てて出て行ったと。
ショックだったわ……。
両親もシャムシエルお爺さんも、どっちも同じくらいあたしは大好きだったから……。
こうして甘ったれた砂糖菓子みたいだったお嬢様は、少しずつ都市長とメープルの隣で現実を知ってゆき、それから、やがて――
「ユリウス……脚が重いわ……」
「そりゃ石化してるからな。だが喜べ、もう到着する。お前は必ず俺が治す」
「ありがとう……。ユリウス、あたし……あたしね……。あたしは…………」
「……シェラハゾ? おい、どうしたっ!?」
あたしはあなたを見つけてさらったの。
この人なら衰退してゆくシャンバラを救えると、メープルと一緒に確信したの。
今ではあなたを選んでよかったと思っているわ。
あなたならシャンバラを救えると信じている。
だからユリウス、お願い。
あたしが死んでも、メープルにやさしくしてあげて……。
そしてどうか、あたしの代わりにどうか――お父様とお母様が愛したシャンバラを救って……。
お願い、お願いよ、ユリウス。遺志を継いで。
あたしを少しでも哀れむなら、そのやさしさをどうか、メープルとシャンバラに……。




