・禁忌と代償 2/2
たかがザコモンスターと油断していた。
進行速度を考えれば、脚を切り落とすか、今すぐ石化毒を解かなければ、これは死に至る。
「ユリウスッ、お願い……! 私、ユリウスが欲しいもの、なんでもあげるから……お願い、姉さんを助けて……。イヤ……こんなの、イヤだよ、イヤ、イヤァ……」
徐々に徐々にと、シェラハゾの美しい脚が灰色の石へと変わっていっている。
メープルの悲痛な叫びが、痺れるように俺の思考能力を奪うのを感じた。
「いいのよ、メープル……。あたし、ついてなかったわ……。ただ、ついてなかっただけ……」
「そんな……っ」
「ふふふ、こんなの、困っちゃうわね……。やっと、こんなあたしにも、好きな人が出来たかと思ったのに……。ふふふっ、本当に残念……」
「ど、どうするミャッ、どうすれば助けられるミャッ?!」
石化毒の治療法なら盗んで来た本に載っていた。
材料も俺たちの工房にある。そこへと転移する方法も俺は持ち合わせている。
ただし、人を連れての亜空間転移は禁止されている。
やれば何が起きるかわからない。
ノーリスクで済む可能性もあれば、100年後に飛ばされたり、別世界に閉じ込められる可能性もある。
だがこうなれば、やる他になさそうだ。
リスクを支払ってでも、俺はこの2人との生活を守りたい。
メープルとシェラハゾのいない生活など、今となっては考えられないからだ。
ここで終わりだなんて、そんな理不尽な結末にはさせない。
「俺がシェラハゾを工房に連れて行く。ただし、人を連れての転移は禁じ手だ。最悪は100年後になったり、もっと酷いと、こちらの世界に帰ってこれない可能性もあるが、それでもいいか……?」
「ッッ……ね、姉さんが、死ぬより、そっちの方がいい! 姉さんがいない世界なんて、私には考えられない! お願い、ユリウスッ、姉さんを連れて……飛んでっ!」
「わかった、俺なりに悪足がきをしてみる。すまんが魔法盾の維持を頼む」
俺は倒れたシェラハゾを抱き支えると、どうにか踏ん張って抱き抱えた。
時間の猶予はない、すぐに飛ぼう。
「俺たちの工房で会おう。お前の姉は必ず守る、約束する」
俺は亜空間の扉を開くと、ここではない別の世界へと身を投じた。
願わくば禁忌の代償が、メープルの愛するシェラハゾにだけでも降りかからないことを願う。
俺もシェラハゾのいない未来など嫌だ。
俺はもう2度と、彼女以上に美しい女性と出会うことはないと、今さらになって確信した。
シェラハゾを抱いて、世界の裏側を歩く。
迷宮という螺旋階段を上り、地上に出ると俺たちの工房を目指して歩いた。
今のところ周囲に異常はない。
両手の中の彼女は苦しげに目を細めて、未知の世界ではなく俺だけを見つめていた。
「ユリウス……」
「なんだ。あまり喋るな、死なれると本気で困る」
「あなた……孤児、だったのね……」
「そこまで俺を調べていたのか……。まあ、ツワイクでは別に珍しいことではない。富があるところに、戦争が生まれるものだ」
走りたいが走ると座標が狂う。
俺は彼女の病状に何度も目を送りながら、ただ慎重に歩いた。
危険な転移ゆえに、少しのミスも許されない。
「違うの……。あなたの過去が、見えたのよ……」
「急ぎたいが我慢してくれ、必ず守る。お前のいないシャンバラの生活なんて、絶対にあり得ない。絶対にだ」
俺の責任だ。俺がまともな準備をしないで迷宮を下ろうとしたから、こうなった。
もしも彼女が死ねば、メープルは心の痛みに堪えきれずに俺を憎むだろう。
「メープルは、そんな子じゃない……」
「苦境に追い込まれた人間は変わる。必ずそうなる」
「そうなったら……あたしの代わりに、あの子を救って……」
「わかった。必ずそうしよう」
いや……待て、これは変だ。なぜ彼女は俺の考えていることがわかるのだろう。
まるで頭の中を直接見られているような……これは、まさか禁忌を犯したことによる異変なのか?
「なんだ、これは……」
「わからない……。あたしには、あなたの全てが見えるわ……。あなた、ユーリと呼ばれてたのね……ふふ、かわいいわ……」
「馬鹿な」
工房への道すがら、俺はとても奇妙なものを見た。
それは俺がシェラハゾとなり、幼少時代の彼女の幸福と、悲しい転機を見る白昼夢だ。
この白昼夢が真実だとすれば、メープルとシェラハゾの間に血縁関係はない。
心の中で美姫と呼んでいた世にも美しい女性は、シャンバラの本当のお姫様だった。
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