・美人エルフ姉妹に拉致された
「いいわ、出してあげましょ」
「うん」
心の傷に塩を塗られて我を失っていると、馬車が止まっていて、相次いで俺を覆っていた麻袋が取り外されることになった。
知らないうちに、俺の腕に銀色のブレスレットがはめられている。
知っている。これは魔法を封じる沈黙の腕輪で、囚人が付けるやつだった。
続いて腕から顔を上げると、ホロ馬車の車内にエルフ族が2人いた。
どちらも褐色の肌だ。妹の方はプラチナ、姉の方はブロンドで、一般的に知られる白いエルフとはどうやら別物だった。
姉の方は凛としていて、妹の方はぼんやりとしている雰囲気だ。
「質問、ある……?」
それと姉は腰に細剣を吊している。
その剣には手をかけていなかったが、いつでも抜けるように直立していた。
「お前ら誰? これってまさか拉致? てか、なんで俺なんか攫うんだよっ、狙う相手おかしいだろ!? それにだな! 俺はまだエリートだっ、まだ気持ちの上では落ちぶれてねーからっ!!」
姉妹は少し距離を取ってから、互いに向かい合ってこそこそと密談を始めた。
どちらも全身を覆うマントを身に付けていて、その下はツワイク王国の人間から見るとかなりの薄着だ。
肉感的なふとももがチラチラと見えた……。
「この子はメイプル。あたしはシェラハゾ。ざっくり言えば産業スパイよ」
「これは、拉致です。ユリウスの大正解、パチパチパチ……」
ポーション工場に現れて、そこに勤める人間をさらった時点でそんなことはわかっていた。
しかしこれまで抱いてきたスパイのイメージと、あまりにかけ離れていたので、やはり実感というものに欠けていた。
「あなた信じてないでしょ……。ほら、これが証拠よ」
「証拠? う、うわっ、よりにもよってそれを盗んだのか……。工場長もこりゃ、可哀想に……」
姉のシェラハゾが紙の資料と共に、工場で使うオーブを2つも見せてくれた。
あのオーブ1つで、でかい家が3軒建つと聞いたことがあるぞ……。
「あのね……ユリウスを苛めた、あの悪い同僚さんから……盗んどいた……」
「マジかよ、お前かわいい見た目してやるじゃん」
「お前じゃない、メイプルだよ……?」
「メイプルか。メイプルって割に、口がとんでもなく辛口だな」
「はぁ……。腐るほど、同じこと、言われる……」
普通ならば、身勝手な所行の数々に怒るところなのかもしれない。
けれど俺は笑ってしまった。人の不幸は蜜の味だと、これは認める他にない。
「それにしても産業スパイか……。外見からはそうは見えないな」
「当然よ。スパイとわかる姿で動くスパイがいるわけないでしょ」
しかしそのスパイは詰めが甘い。
「まあとにかくお前らは、ツワイク王国のポーション技術を盗もうとしたと」
「そう……」
「ククク……これはお笑い草だ!」
「なんで……?」
「なんでも何も残念だったな、俺は錬金術師じゃない! ただの超スーパーエリート宮廷魔術師様だっ!」
こっちが勝ち誇ってやったのに、メープルは綺麗な銀髪を揺らして首を傾げるだけだった。
さらに姉の方を見上げても『しまった、間違った人間を拉致してしまった!』みたいな様子は全く見て取れない。
「別に間違えてない、よ……?」
「そうよ。あたしたちは1ヶ月前からみっちりとあの工場に張り付いて、一番優秀な錬金術師が誰か探ったの。それがユリウス・カサエル、あなただったのよ」
「フフフ……♪ これで、あの国のポーション事業は、ジ・エンド……」
想像するだけで愉悦が抑えきれないらしく、メープルは苦しげに己の胸を押さえた。
ホント、変なやつ……。
「いやだから、その判断はおかしいだろ。俺は仕込みしかしてない下っ端だぞ……」
「ええ、私たちも最初はそう思ったわ。ただのミソッカスかと思ってたもの」
「ひ、酷いこと言うなよ……。ミソッカスじゃねーし、エ、エリートだし……」
「フフ……いい顔……」
「よしなさい、メープル」
姉は座り込んでいる妹の肩に、やさしく手のひらを置いた。
そうやって甘やかすから、歪んだ性癖そのままに突っ走るのではないのだろうか……。
「……だけど本当よ。あの工場を支えていたのは本当にあなたなの。あなたのあまりにハイレベル過ぎる力が、あの工場を陰から支えていたの」
「話が噛み合わねーな……。まあ一旦そこはいい。それで、俺はどこに連れて行かれるんだ?」
魔法を封じられた現状では、抵抗は無意味だ。従う他にない。
というよりもだ、こいつらの破壊工作(窃盗)で、あのクソムカつく工場は大打撃を受けるとなると――むしろもっと応援してやりたくなってきた。
「行き先は、砂漠エルフの国、シャンバラ……。オアシスがね、綺麗……。ユリウスに、オアシスのキラキラ、早く見せたい……」
「強引な手を使ったのは謝るわ。でも決して悪いようにはしないから、信じてくれないかしら……?」
俺がちょっと大げさに考える素振りを見せると、2人は緊張した面持ちでこちらをうかがった。
やっぱりスパイらしくない。スパイっていうのは、もっと手段を選ばないだろう。
「さて、どうするかな」
「聞いて。シャンバラの都市長は、あなたのために錬金術の工房と、貴方を補佐するエルフを妻として与えると言っているわ。あたしから言わせると、あんな安月給の工場で働くより、ずっと良い暮らしよ!」
シェラハゾは俺の境遇に憤慨してくれた。
それも計算のうちなのかもしれないが、だとしても悪い気はしない。
「ずっと、見てた……。元エリートとは思えない……悲しき、没落人生……」
妹の方は、その……方向性はともあれ、ずっと注目してくれていたのは間違いない……。
「だから止めろよ、そういうのっ!? 俺は確かに落ちぶれたが、心はまだ超スーパーエリートだっ! あのどん底から、フェニックスの如く這い上がる予定だったんだよっ!」
「フフ……」
「てめっ、笑うなよっ?!」
身体は小さいのに姉より妹の方が妖艶だった。
人間から見ると、砂漠エルフとやらはあまりに美しく、そして笑顔が愛らしかった。
……まあ、コイツに限っては美的感覚がやや歪んでいたが。
「メープルが引っかき回してごめんなさい。詳しい話は都市長がしてくれるわ」
「そして断るにしても……、応じるにしても……、シャンバラまでは、ソレの中……」
メープルの細い腕、細い指が麻袋に向けられた。
和気あいあいと話していたのに、俺は横暴な処遇に固まってしまった。
「ぷ、ぷじゃけるなぁっ! スーパーエリートはあんな物には入らんっ! 全力でお断りしま――ぁ……?」
「おやすみ、ユリウス……」
どうやらこの銀の腕輪は、魔術師の魔法耐性すらも奪うものだった。
俺は美少女産業スパイ(コテコテ感)にスリープの魔法をかけられ、その長く美しい稜線を描く耳を見つめながら、耐え難い誘惑に屈服して、甘き眠りへと落ちていった。
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ハイファンタジージャンルは、支援がないとなかなか浮上できないので、切実です!