・休日と買い物 シャンバラに帰国してから姉妹の様子がどうもおかしい 3/3
「あの店、入る……」
「え、あの店か……?」
「そうよ。付き合ってくれる約束でしょ……。今さら嫌とか言われても、こっちだって嫌よ……?」
「付き合うよ。あんな店に入る機会なんて、この先2度となさそうだしな」
職人街にやってくると、俺たちはとある高級衣料品店に入った。
時間もあってか客は俺たちだけで、店内には絹のドレスやトーガ、毛皮のコートなどが並んでいる。
やけに着飾った店員は開店準備に慌ただしそうだったが、姉妹を見るなり丁重に出迎えてくれた。
「おお、これはシャムシエル様の……。ようこそおいで下さいました」
「例の物、出来てる……?」
「あちらの方はまだですが、ベールの方は既に。しばしお待ちを」
姉妹は既に何かを注文していた。こんな高級店でだ。
「待て、ベールってなんのことだ?」
「ふふっ……もうすぐわかるわ」
「安心して……ユリウスにはたからない……。これ、都市長のおごり……」
「お待たせしました。こちらをどうぞ」
店の奥から白と薄桃色のベールが運ばれてきた。
シェラハゾはやたらと慣れた様子で書類へとサインを入れて、注文の品を受け取る。
店の人はお辞儀をして、やはり朝は忙しいのか店の奥へと引っ込んだ。
「ユリウス、どう……似合う……? 私、そそる……?」
それからメープルは薄桃色を、シェラハゾは白色のベールを頭にかけて、ひかえめにこちらをうかがった。
エルフの持つ清らかな雰囲気と、透ける生地がよく似合っていた。
長い耳がベールからピョコリとかわいらしくはみ出ていて、そこがヒューマンの花嫁とはまた異なる印象だ。いや、待て、花……嫁……?
「黙ってないで何か言いなさいよ……っ」
「へへへ……。ユリウス、姉さんに、見とれてる……」
「ぁ……そ、そう……っ、ならいいのよ……っ」
「勝手に人の気持ちを代弁するな。しかしまあ、恐ろしく似合うな……」
そう答えただけで、目の前の姉妹が舞い上がるのを見た。
興奮すると耳がつり上がるのか、気持ち角度を上げた長い耳がベールを持ち上げて、俺と視線が合うと恥じらい混じりの無垢な笑顔が浮かび上がった。
「次いってみよー……」
「まだ次があるのか」
「次は3軒先の宝飾店よ」
「嘘だろ……」
「都市長、ふとっぱら……」
大切なベールを折り畳んで袋に詰めると、姉妹が俺を宝飾店へと連行していった。
宝飾店なんて1度も入ったことがない別世界だ。
引っぱられて中に入るとどこもかしこも宝石、貴金属ばかりで、真剣にもう帰りたくなった……。
さっきのやり取り同様に、店主は姉妹の姿を見るなり店の奥に向かい、今度は宝石がふんだんにあしらわれた銀のティアラが姿を現した。
「どやー……」
「う、嘘でもいいから、似合うって言って……」
それが姉妹の額に収まり、再びベールが頭にかけられると、俺はこの買い物の意図を完全に察した。
いや既に察してはいたが、ここまでされたらもはや認めるしかない。
これは、嫁入り道具の買い物だ……。
こいつらはこれを俺に見せるために誘ったんだ……。
「なんか言え……。あてっ……」
メープルの額を小突いて質問をごまかした。
ここで素直に答えたら、見蕩れたと自白するようなものだ。
ベールと銀のティアラを付けた2人の姿は、正気を保てなくなるほどに俺の心臓を鷲掴みにした。
全て、都市長の思う壺ってことだ……。
気持ちをごまかしようないほどに美しかった……。
「ユリウス、こっち見なさいよ……っ」
「無理だ」
「へーいへーい……ユリウスビビってるー? 姉さんかわい過ぎで、顔真っ赤になってるー……? あてっ……」
「年上をあおるなっ! こ、こんな……」
2人を直視すると言葉がそこで止まってしまった。
気の迷いにもほどがあるが、この2人が欲しいと思ってしまった……。
この美姫たちを都市長は俺にくれるという。
事実として、返答1つで本当に彼女たちを独占出来てしまえるのだ……。
「神は初めに、こう言われた……獣欲に身を任せろ、ユリウス……」
「んな神がいるかっ!」
もう一度小突こうとするとメープルにかわされてしまった。
それも小突かれるのが嬉しそうにニコニコとだ。メープルの自由奔放な姿が愛らしかった。
「姉さん、効いてる、超効いてるよ……」
「ふふっそうみたい! それじゃ、次の買い物に行きましょ!」
「まだ、続くのか……」
一体お前らなんのつもりだ……。
そう叫ぼうにも、答えを聞けば後戻りが出来なくなる。
俺は言葉を飲み込んで、次の店へと連行されていった。
職人街での買い物は、その全てが結婚式と嫁入りに関連した物ばかりで、俺は終始困惑と期待との間を行き来することになったのだった……。
・
余話――
その夕方、機械人形のニーアが大きな袋を抱えて戻ってきた。
いや正しくはとても小さな袋で、ニーアの身体よりも大きな袋だ。
「やっと姿を現したな。で、なんだそれ?」
「ジョン(・ ・)」
「ユリウスだっつってんだろ……」
「ニーア、ゴ命令通リ、オ金ヲ、集メテ来マシタ(・へ・)」
姉妹は都市長のところだ。
ヤシの木陰でぼんやりと夕日を眺めていると、ニーアが傍らに袋を置いた。
「……マジで金集めてたのか?」
「ハイ、ゴ命令デシタカラ。早ク、開ケテ下サイ(^_^)」
「あ、ああ……」
まさか黄金や宝石が詰まっていりしないよな……。
一思いに袋を開いて見ると、その中には小銭がギッシリと詰まっていた。
一枚一枚確認してみると、錆び付いた銅貨も混じっていて、その中には見覚えのない銀貨が2枚含まれている。
「ガンバリマシタ(・へ・)」
「これ、どこで手に入れたんだ……?」
「コツコツ、拾イマシタ。放棄サレタ、オ金デス、ゴ安心ヲ(・ ・)」
「お前……まさか俺が命令してからずっと、道ばたの小銭をかき集めてたのか……?」
「ハイ(・_<)」
「ウィンクも出来るのな、お前……。いや、すげぇなお前、すげぇまめだな……」
しかし綺麗な銀貨だった。
銀は黒ずみやすいのに、2枚ともピカピカとしている。
「ありがとうニーア、この2枚が特に気に入った。小さいのにお前は凄いな」
「本当デスカ? ソノオ言葉ダケデ、ニーア、ハ、ガンバレマス……! アア、幸セ……(=_=)」
「お前いいやつだな」
「ジョン、次ノ、ゴ命令ヲ……(・ ・)」
「次……次か? あー……それじゃ、今日は歩きまくって疲れたから背中を揉んでくれ」
「喜ンデ……!(・へ・)」
「ウグェッ?!」
「ア……(=_=)」
ニーアは小さいが見た目以上に重かった。
横たわった俺の背中にニーアが飛び乗ると、鉄球でも落とされたかのような衝撃が走った。とても痛い。
「うっ、くっ……。ニーア、次からはやさしく頼む……」
「ゴメンナサイ、ジョン……(T_T)」
「俺はユリウスだ……」
ニーアを素材採集に活用出来ると気づいたのは、これからもっと先のことだった。
頼んでみたのはいいが、やはり背中に乗せるにはちょっと重いな……。
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