・退職金代わりに古巣から本を盗もう 2/2
周囲には民家も人影もなく――
「よう、バカ弟子」
「ア、アルヴィンスッ?!」
「てめぇ、師匠を呼び捨てすんなって言ってんだろが、ボケッ! アルヴィンスお師匠様と呼べや!」
「どうでもいいです」
「よくねーよっ!」
「そっちこそなんのつもりですか……? 師匠、俺の転送先を書き換えましたね?」
今の俺は裏切り者で、師匠は敵対陣営の責任者だ。
戦いは避けられないと悟り、短剣を引き抜く。師匠もそれに合わせて、歴代の魔術師長に与えられる魔法剣を抜いた。
「やんのかよ?」
「そのつもりで俺をここに呼んだんでしょう」
「ははは、回答次第じゃ見逃してやってもいいぜ? ごめんなしゃい、お師匠たま、魔が差したんですぅー。とかよぉー?」
「生憎、もう国に戻る気はありません。これは退職金代わりにいただいていきます」
「だったら……」
やり合うしかない。師匠が炎の力を剣に与え、一薙ぎすると草原が燃え上がった。
こっちはいつもの手口で敵の背後に飛んでみたが、向こうは俺をよく知っている。
背中に目が生えてんのかってくらいの心眼で、師匠はこちらのナイフをかわしやがった。
師匠が魔法の剣を薙ぎ、俺が消え、どの不意打ちもヤツは軽々とかわし、受け流す。
戦闘は膠着状態に陥りながらも止まらなかった。
俺たちは互いに突破口を探り合い、幾度も幾度も激突した。
俺は今、師匠と対等に渡り合っている。その事実に高揚感を覚えた。
「そういう使い方すんなって言ってんだろ……」
「これが俺の取り柄です」
「クソ、やりにきぃ……。魔術師なら生々堂々とやりやがれっ!!」
「魔術師は辞めました。今は新米錬金術師です」
「アホ抜かすんじゃねーっ! だったら師匠直々にお仕置きだ! まとめて燃えやがれ、エクスプロージョンッ!!」
その術は詠唱者を中心にして、溶岩の海に飲み込む師匠の禁じ手だ。
ところが術は発動しなかった。
「……まだやります?」
「コイツ……ナイフに沈黙魔法をかけてやがってたか。クソッ、セコい手ばっか覚えやがって……」
「最近こういう術が得意な子と出会いまして。……出会い頭に俺にパラライズをかけて、拉致りにきたやつなんですけどね」
師匠は魔法剣を腰に戻して、延焼していた炎を居合いで吹き消した。
続いて剣を焼け野原に投げ捨てて、バカ弟子の目の前に立った。……酒臭い。
「お師匠たまからのご褒美だ、受け取りやがれ」
師匠が俺に1冊の本を差し出した。
それは俺が最も欲していた、錬金術の初歩を記した教本だ。
師匠からの思わぬ餞別に、俺は驚いて受け取り損なっていた。
「ちゃんと受け取れや!」
「すみません……。あまりの展開に、驚いてしまって……。貴方がこんなことするなんて、意外です……」
師匠は本を拾い直して、渡して、励ますように肩へと手を置いてくれた。
おかしいな……。こういうことする人だったっけ、この人……。
「すまん……」
「え……?」
「だからっ、守ってやれなくてすまん……って言ってんだよ! わかったらどこにでも消えやがれ、このバカ弟子が!!」
「師匠……ありがとうございます、恩に着ます」
「ふんっ……。そっちこそ、そんなたまじゃねーだろが……」
師匠に迷惑をかけてしまった。
きっとこの後、図書館に1人残っていた師匠は上に文句を言われる。
どうして盗難に気づかなかったのだと、疑われることになる。
これからかける迷惑を帳消しにしたい。
「師匠。師匠は確か、個人投資もやっていましたよね?」
「おう、商売柄、情報を手に入れやすいからな」
インサイダー取引は、異国では禁止されている。
「ポーションと迷宮関連の銘柄は今のうちに売り払った方がいいですよ」
「へー、なんでだよ?」
「俺たちがこの国の事業を、大混乱に陥れるからです。これを……」
ぷにぷにとしたあの緑の玉、携行していたエリクサーを師匠に手渡した。
師匠は最初こそいぶかしんでいたが、正体を見抜くなり固まり、相次いで乾いた笑いを浮かべる。
「やべぇな……。こんな物を流されたら、この国の経済はあっという間に傾いちまうだろな。……クカカッ、面白れぇっ、がんばりな、ユーリ。やつらがお前にしたことを考えりゃ、文句は言えねぇ。せめて絶好の舞台から、やつらの醜態を見物させてもらうわ」
遠い昔、この師匠が俺に魔術師の道をくれた。
俺の選んだ道は、国の恩人たちに仇なす行為だ。
だからこそ、師匠からの励ましと、餞別にくれたこの本が嬉しかった。
「ありがとうございます。名残惜しいですが、シャンバラに帰ります」
「シャンバラか……。あそこは良い国だな。美人のエルフちゃんがいっぱいで、暖かくて、飯が美味い。あばよ、ユーリ。また顔を見れて良かった」
「師匠も酒はほどほどに……。またお会いしましょう」
俺は師匠に笑い返して、世界の裏側に潜り込んだ。
追跡されないように転移を中距離に止めて、何度も小刻みに飛んで、あの暖かくて美しいシャンバラの姿を追い求めた。
不思議だ。あの姉妹と、オアシスと、乾いた砂漠のことばかり頭に浮かぶ。
早く帰って元の生活に戻りたかった。
シェラハゾは朝の水浴びの習慣を続けてくれるだろうか。
それだけが不安だ。光り輝くオアシスで、美しく踊り回るエルフの姿が今はただただ恋しい。
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