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・森の園ミズガルズ - スクールラブですよ、姉さん…… -

 それからしばらくして俺は都市長への報告に戻った。


「おお、ユリウスさん……」

「遅くなってすまん。……気分はどうだ?」


「最悪です……。貴方の報告を聞くのも怖ろしい……」

「そんなに状況は悪くない――と言いたいのだが、痛いところを突かれてしまった」


 都市長はうちのソファーに寝そべっていた。

 付きっきりでシェラハとメープルが彼を見ていてくれて、俺の姿を見ると一緒に駆けてきた。


 容疑者はアルデバラン。

 火元は彼のロッカーの中に入れられたランプ。


 彼の寮から大量の油が出てきて、生徒たちがヒステリーを起こしていると伝えた。


「破壊工作ですか……」

「ああ、その疑いが最も強い。しばらくは授業どころではないだろう」


「可哀想に……」

「ああ。特にアデルのように希望を胸にやってきた生徒からすれば、出鼻をくじかれた形になるな」


 都市長は胸を痛めていた。

 だがその男はシャンバラを今日まで導いてきた偉大な男だ。


 しばらくすると私情を己から切り離し、為政者の顔に戻った。


「許せない……。犯人は、火炙り……」

「それはやり過ぎだけど、どうにかして真犯人を見つけ出したいわ」


 シェラハとメープルも怒っていた。

 都市長に心労をかける敵に、シェラハまでいつになく鋭い顔で怒っていた。


「あて……っ」

「きゃ……っ!?」


 だがそんな顔をしても怒りが怒りを呼ぶだけだ。

 都市長だって2人のそんな顔は見たくはないだろう。


 だから俺は、2人のおでこを小突いて怒りをこちらに向けさせた。


「怒りに身を任せれば、破壊工作をした犯人の思う壺。と彼は言いたいのでしょう」

「ああ、学校を崩壊させることが敵の狙いだとすれば、平静こそが何よりもの反撃だ」


 シェラハは片手でおでこを抱えて、同じ仕草をしていたメープルに微笑んだ。

 だがメープルはまだ怒りがおさまらないようだ。


「お茶を入れてくるわ。メープル、一緒に行きましょ」

「うん……姉さんが言うなら、わかった……。ユリウス……爪くらいは、剥がさせて……」

「怖い冗談を言うな」


 姉は妹の背中を押して、厨房へと去っていった。

 都市長と俺はいつお茶がきてもいいように、テーブルへと座り直すことにした。


「策はございますか?」

「ああ、案だけはある」


「うかがいましょう。どうやってこの事態を解決して下さりますか?」

「……通常の手段では犯人にたどり着くのは不可能だ。炎が証拠を焼き払ってしまい、アルデバランが犯人だという状況証拠だけが残された」


「彼はやっていませんか」

「動機がない。あんなに熱心に授業を受ける若者が、己の教室を焼くはずがない」


 怒りに飲まれそうになると、都市長は俺に微笑んでくれた。


 一番頭にきているのは都市長だろう。

 この計画のために彼は長い時間をかけてきた。


「犯人へと繋がる遺留品があれば、ウルドにあのヤジロベエを作らせたのだが、それもない」

「では、どういたしますか?」


「注意深く観察する。出来るだけ近いところからだ」

「魔法科の担任でも受け持ちますか?」


「いや、もっと近い場所がいい」


 都市長は腕を組み、降参するように白髪頭へと手を置いた。

 生徒と教師以上に近い位置から、観察をする方法が俺たちの手元にある。


「ふふっ、あたしたちにはわかったわ!」

「お待たせ……」


 厨房から聞き耳を立てていたようだ。

 2人はお茶とクッキーとトレイに乗せて、さっきとは一変した楽しげな笑顔を浮かべていた。


「もちろん、ユリウスも手伝ってくれるのよね?」

「グフフ……。ついにアレを使う日がきたのですね、アレを……」


 メープルは平常運行だからいいとして、シェラハの期待の目が大きな違和感だ。

 彼女はそんなに気に入ったのだろうか……ユーリ少年のことが。


「子供に戻るあの失敗作の薬を薄めて使おう。転入生の立場から学校全体を観察すれば、何か見つかる可能性がある」


 要するに内偵だな。

 ちょうどここには生徒の面接を受け持ったメープルもいる。


「やっぱり! ふふふっ、ぜひやってみるべきだとあたしは思うわ!」

「犯人捜しのついでに……スクールラブ、スクールラブですよ、姉さん……」


 2人は捜査の傍らに学校生活をエンジョイする気で満々だった。

 期待の目が俺を見ていて、少し怖かった……。


「楽しむ分には構わないが、趣旨が内偵なのを忘れるなよ?」


 都市長から特に反論はなかった。

 優雅にお茶を口にして、やさしそうにはしゃぐ娘たちに微笑んでいた。


「そうなると生徒の中に協力者が必要になりますね」

「協力者か。いれば動きやすいな」


 候補といえば、素性が確実な――イェンとモゲミアあたりか?

 イェンは切れ者で、モゲミアはああ見えて社交力が飛び抜けて高い。


「アデルくんがいいんじゃないかしら」

「私は、イェンちゃんが面白いと思う……」

「イェン姫ならば機転が利きますね。ですが問題は、彼女がゲフェンの王族という一点でしょう」


 怪我をさせれば外交問題だ。

 そうなるとモゲミアもまずいか。一応あれも王族――


「その役、俺にやらせてくれ」


 そこまでやり取りして、彼をうちで預かることにしていたことを、今さらになって思い出すことになった。

 2階から階段を鳴らしてアルデバランが降りてきた。


 彼は人に涙を見せられない人種なのだろう。

 目元が赤くなっていたが、男のプライドか気丈に振る舞っていた。


「上にいるならいると先に言ってくれ……」

「ごめん、忘れてた……。てっきり、泣き疲れてるのかと……」

「俺は泣いてなどいないっ!!」


「ベッドの上で膝を抱いて、悔し涙にメソメソと鼻を鳴らしてたのに……?」

「ッッ……?!!」


 ハイドの術を使ってのぞいたな……。

 事実だったようで、可哀想にアルデバランは絶句したまま固まってしまった。


「聞かれてしまった以上は他にありませんね。彼に助力を願いましょう」

「それもそうだ。アルデバラン、潜入のバックアップを頼めるか?」


 大柄なアルデバラン青年が素直にうなづいた。

 悔しさか、感動か、どちらかはわからなかったが彼は激情に胸を熱くしているようだった。


「俺たちの教室をメチャクチャにしたやつを見つけてくれ、先生……! 俺は許せないんだ! 疑われたことよりも、教室を焼かれてしまったことが!」


 涙を流し、鼻水をすすろうとも、彼を笑う者はどこにもいなかった。


「よしよし……。サンディたちには、ここで大泣きしたこと、秘密にしてあげるからね……あてっ」


 いや、1人だけ鬼がいた。

 鬼のおでこを小突いて黙らせると、鬼は背伸びをして大きな青年の頭を撫でて慰めていた。

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