・森の園ミズガルズ - 灰燼 -
結論から言うと、犯人に結びつくような証拠らしい証拠は何も見つからなかった。
まあ当然だろう。
世の中には証拠を隠滅するために、わざわざ放火をするような者がいるくらいだ。
あるのは白い灰と、真っ黒な消し炭と、惨たらしく燃え尽きた私物や教科書ばかりだ。
生徒たちが気持ちよく学習出来るように、都市長が特注で作らせた長机も教壇も何もかもが燃えてしまっていた。
職人たちが込めた意匠の全てが灰燼に帰した姿は、見ているだけで痛ましく、犯人に怒りを覚えずにはいられない。
「ユリウス先生、こちらに」
「アデル? 何か見つけたか?」
「ここが火元ではないかと」
手分けして灰燼の中を探っていると、アデルが教室後方のロッカーを指さした。
鉄そのままでは無骨過ぎると建築家が言うので、わざわざ錫で銀色にメッキをした物だった。
だが今は出火の熱で美しいメッキがはげ落ちて、暗色に煤けてしまっている。
「これは誰のロッカーだ?」
「アルデバランです」
「……アデル、自分のロッカーを火元にする放火魔がいると思うか?」
「いるわけなかろう、父っ!」
「そうだよっ、誰かがアルデバランくんに罪をかぶせようとしてるんだよ!」
スクルズとサンディはいつになくご立腹だった。
しかし結論を出すには早すぎるので、俺とアデルは慎重に火元を観察した。
炎で変形したロッカーはそう簡単には開かない。
だが何度か蹴りを入れてみると、蝶番が弱っていたのかロッカーの扉はヒステリックに外れ落ちた。
真っ黒になった何かが入っている。
取り出してみると、それはランタンに形状がよく似ていた。
「ユリウス先生、自分のロッカーにランタンを入れる放火魔がいますか?」
「そんなバカいるわけがない……。ユリウス先生、アルデバランはハメられたと見るべきです」
アデルとタラは怒り混じりの強い口調でそう主張した。
タラは俺に対する態度こそ敵対的ではあったが、他者を思いやれるいい子だった。
「まあ、そうわたくしたちが深読みするように、裏をかいている可能性もありますけれどね」
「イェンはどっちの味方じゃぁーっ!」
「客観的事実を述べているまでです。私なら……そうですね、こんな面倒な手順を踏まないで、ユリウス先生を刺しますわ」
「ええ、その方が手っ取り早いですね」
アデルはイェンの言葉に賛同した。
家族の恨みを捨てきれないタラも、イェンにわざわざ寄って見せて俺に自己主張をしてきた。
「わざわざ油を使ったのも変だろっ! アルデバランなら教わった魔法を使やいいのによーっ!」
アルデバランは潔白を疑うつもりはない。
大事なのは火元が彼のロッカーで、そこにランプが入れられていた点だ。
床の煤を指ですくって匂いを嗅いでみると、シャンバラでよく使われる鉱物油の匂いがした。
ランプから漏れた油だろうか。
このランプの出所を確かめるべきだろう。
昨晩、誰がランプを持ち歩いていたのか聞き取り調査をすれば、容疑者候補が見つかる可能性もある。
その後も俺たちは痛ましい教室を探ったが、やはり焼かれてしまっては証拠も何も見つかりそうになかった。
「ユリウス様、少しよろしいでしょうか……?」
「どうした?」
ところがそこに一般科の担任教師がやってきた。
あまりいい報告ではなさそうだ。
表情は暗く、生徒たちの前では言えないのか、廊下側から動かなかった。
彼と共に棟を出て、人目のない建物の陰で詳しい話を聞いた。
「アルデバランの寮から、よく燃える油が見つかったと生徒たちが騒いでいます」
「それは……参ったな……」
「生徒たちをなだめてもらえませんか? 我々の話はもう耳に届かないようで……」
放火犯の目的が『学校を台無しにするという』一点にあるとすれば、今回の工作は大成功と言っていいだろう。
「わかった、すぐに行こう」
「教室からは何か、わかりましたか……?」
「まずいことに彼のロッカーからランプが現れた。同じ油だろうな……」
「そんな、なんてことだ……」
後をサンディたちに任せて、俺は学生寮に転移した。
あちらで何が起きたのかは黙っておいた。
長らく更新が滞り申し訳ありません。
新作が期待ほど人気が出なかったりと、個人的な事情で執筆のペースが落ちています。
この先、更新が不定期になるかもしれません。どうかご容赦下さい。




